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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

賢者タイム賢者

 2148年、世界は荒廃していた。


 20世紀から存在する環境汚染の問題は、未解決のまま取り返しのつかないところまで進んでしまった。それは、ある日突然世界に牙を剥いたという。水が氷に変わるように、地球環境が相転移を起こすように、ある領域に踏み込んでしまった瞬間に、世界のルールがガラリと変化する。


 世界中で起こる自然災害、異常気象、それによる食糧危機。そこから第三次世界大戦に至るまで、実に簡単に推移したそうだ。大戦で何が起こったのか、それについて詳しく知る者はいない。後世へと伝える知識人は居なくなって久しい。世界大戦から半世紀以上を経た今となっては、生き残った情報記憶媒体も少なく、それを集め分析する人間もいなくなってしまった。


 世界人口がどうなったかも分からない。少なくとも、かつて日本と呼ばれていたこの列島に関しては、百分の一どころか千分の一とか、もしかしたらもっと少なくなっているだろう。今、人々は地下に棲み、瓦礫を漁り生活している。空は常に雲に覆われ、青い空は本の中でしか見ることはできない。外はセ氏マイナス20度を常に下回り、黒い雪に覆われている。耐環境スーツを脱げば、人間は1分たりとも生存できない死の世界が広がっている。


 俺は、目の前にある本を手に取った。


「火星開発特集か……遅すぎたんだ、何もかも。

 いや、もしかしたら火星で生活している人間も居るのかもな。今となっては、調べようもないが」


 大型ショッピングモールの遺構の中、かつての書店と思われる場所に立ち尽くし、俺はため息をついた。 耐環境スーツの腕にある液晶画面を見ながら酸素残量を確認する。


「あと30分も持たないか。ボンベの当ても外れたし、これまでってことか」


 俺は諦めて、柱を背に腰を下ろし、数日前を思い返した。

 俺の生まれ育ったシェルター付近の遺構は捜索され尽くし。今回の遠征では、一か八か軍の食糧倉庫を狙ったのだが。まさか半世紀以上前の自立兵器が生きているとは思わなかった。仲間とは散り散りになり、なんとか自分は逃げ延びた。だが、それと引き換えに予備の酸素ボンベを含めて全ての物資を失ってしまった。

 シェルターまでの帰路にある遺構に潜り、無事な酸素ボンベを回収しながらここまで来たが、どうやら終点らしい。


「次に生まれ変わったら……」


 馬鹿なことだと思いながら、来世はどうなるかなんて考えが浮かんでくる。輪廻転生なんて信じてもいないくせに。そんなことが本当にあるなら、こんな環境になる前は膨大な数だったであろう、人間達や他の生物の魂は何処に行ったというんだ。


 ふとゲーム売り場のポスターが目に付いた。デフォルメされたキャラクターが笑顔で、謎の爬虫類に跨って剣を振り上げている。生まれてからゲームなんてやったことがないから、よく分からないが。


「そうだな、こんな世界に、生まれてみたいな」


 このキャラクターの表情を見るうちに、そんな感情が沸いてきた。どんな世界なんだろうか。想像を働かせながら目を閉じる。だんだんと視界が白くなってきた、そろそろ脳に酸素が足りなくなってきたか。

 いや、これは、何だ……








 目を開いた。光が引いて、視界が開ける。


 足元には、意図の分からない幾何学模様が光っていた。周囲を見渡すと10人ほどに取り囲まれているようだ。皆緊張して、こちらを警戒している。


 どういうことだ。皆、耐環境スーツを着ていない。金属のアーマーを身に着けているようだが、大戦中のパワードスーツには見えないし、頭部の気密もされていないようだ。この辺に生きているシェルターが有るなんて思えないが。いや、それ以前にここはどこだ。俺は気絶していたのか。


 混乱する俺に対して、奥から金髪碧眼で綺麗なドレスを着た女性が近付いてくる。人形のような少女だ。俺はゆっくり立ち上がると、耐環境スーツのヘルメットを外した。


「ここは酸素があるようだが。いったい何処なんだ。俺はなぜここに――」


「勇者様、どうかこの世界をお救いください」


 ゆーしゃ……何だそれは?








 どうやら俺は異世界か他の惑星にテレポーテーションしてしまったらしい。魔法と呼ばれるものが存在し、どう考えても俺の元居た世界の法則に則っていないようなので、外宇宙と呼べばいいのか。そういった所なのだろう。


 そして、どうやらこの世界の人類は、魔物を率いる”魔王”とかいう奴の脅威に曝されているらしい。説明を受けても”魔物”とか”魔王”とかいうものに全然ピンと来ないのだが。一種族を根絶させうるほどの武力を持っているらしいのだ。核弾頭を搭載した大陸間弾道弾を大量保有しているような感じだろうか。


 そして俺には、召喚魔法によって異世界から呼び出された際に”すごいスキル”が備わっているらしい。それを使って魔王を討伐してほしいと言われた。説明を受けながら薄暗い廊下を歩いてゆく。どうやらここは城の地下らしい。前方が明るくなっている、どうやらそろそろ出口のようだ。


「なんだ、これは、空? 本物の空なのか……」


 涙が溢れる。頬をつたい流れるそれを、俺は止める術を知らない。


「ゆ、勇者さま、どうなされたのですか」


 前を向くと、先ほどの少女が驚いたように寄ってきた。


「空は……本当に、青かったんだな」











 こちらへ召喚されてから半月が過ぎようとしていた。俺は騎士達と戦闘訓練をしながら、魔王討伐の旅に出る準備をしていた。


 あれから、こちらの世界について様々な話を聞き、見て回った。図鑑でしか見たことのない植物を見ては驚き、綺麗な川を見て飛び込み、食事の度に涙を流した。


 この世界で最初に見た少女は、どうやらこの国の王女様らしい。俺は少女を交えて、この国の王族に自分の世界について知る限りのことを教えた。シェルターで生まれたこと、世界の環境について、高度な文明があったこと、大きな戦争があったこと。


 そして俺は心に決める、この美しい世界を守りたい。








 「しかし、どうしたものかな」


 戦闘訓練を終えて、与えられた部屋へと戻ってきた俺は、ステータスカードを眺めていた。


 今は王国騎士団の団員達と一緒に訓練をしているのだが、どうやら俺には剣の才能が無いらしい。それもそのはず、生まれた世界では銃やナイフを用いた対人戦闘の経験こそあるが、長剣や弓矢を用いた対猛獣戦闘なんてまるで経験が無い。ましてや、この世界では魔法なんてものまである。


 俺には騎士達が皆所持しているような、接近戦向けのスキルなるものは一切持っていない。どうやらスキルの有無というのは、超えることのできない絶対的な壁であるらしい。例えば、五歳のころから優秀な剣士に師事して、二十年間みっちり修業したスキル無所持者と、近接戦向けスキルを一つか二つ所持している農民が、おおよそ同じ戦力だと言えば分かりやすいか。


 そして俺には、魔法の才能もあるのか怪しい状態だ。この国に存在する、勇者に関連する古文書によると、勇者には接近戦に特化した剣士タイプと、魔法戦に特化した賢者タイプがあるそうだが。どちらにせよ召還された直後は、一般人レベルの能力しかない場合が多く、どちらかのタイプの勇者的スキルを一つ所持しており。その影響で、短期間で異常なほどの成長を遂げるそうだ。


 俺は未知のスキルであるものの、名称から推察するに賢者タイプではないかと思われていた。そこで、魔法使い向けの戦闘訓練をする予定であったのだが。その前段階、体内魔力の測定をしたところ、これが測定不能なレベルで少ないことが判明した。この魔力量では魔法の基礎的な訓練すら困難なため、とりあえず接近戦向けの訓練を行いながら体内魔力の上昇を待っているわけである。


「はぁー……」


 しかし、もう半月も経とうというのに、俺の体内魔力には一切の変化が無い。いや、変化しているのかもしれないが、どちらにせよ測定範囲外のレベルである。


 俺は溜息をつきながら、またステータスカードへ目線を落とした。


「スキル名、”賢者タイム賢者”って、なんだよ」


 どうやらそれが俺の所持する唯一のスキルらしい。賢者は分かる、あらゆる魔法を極め究めた、魔法使いとして頂点の称号である、らしい。


 タイムというのは、元の世界における或る国の言葉で”時間”を示している。なぜこの部分だけ言語が違うのだろうか。”賢者時間賢者”ではダメなのか。いや、どちらにしても意味が分からないのだが。


 賢者で時間を挟む………賢者の隙間時間?


「どんなスキルだよ」


 いや、全て分解するわけじゃないのか? 例えば”賢者タイム、賢者”。賢者の時間は賢者。


「そりゃそうだろ」


 ”賢者、タイム賢者”。賢者は時間賢者。


「なるほど、時を操る魔法に長けた賢者、という意味でタイム賢者……いや、だったら最初の賢者っていらなくね? スキル名、タイム賢者。これでいいじゃん」


 さっぱり分からん。







 散々悩んでいると、いつの間に就寝時間である。そろそろ寝るかと思い立ち、ふと机を見ると小さな水晶が目に入った。勇者と呼ばれながらも、剣も魔法もまともに使えず焦る俺に、騎士団長が貸してくれたマジックアイテムである。


 男女の性交シーンが立体映像として記録された高級マジックアイテム。通称、エロ水晶。


”勇者殿、ずっと悩んでいるばかりでは、いい結果も出せないぞ。ときには発散することも必要だ。城から出る許可がおりるまでは、これでも使ってスッキリしてくれ。

 くれぐれも姫様には内緒だぞ。”


 部下の私生活についても細かい配慮を忘れない。騎士団長は実に優秀な男である。


「はぁ~、そういえばこちらに来てからオナニーもしてないな。試してみるか」


 元の世界では、コンビニや書店といった遺構に潜り、劣化の少ない”オカズ本”を回収したこともあった。しかしながら書物というものは意外と()()張り、あまり多く運ぶことができない。そのため状態の良い”お宝”が陳列された一画を発見すると、どれを持っていくのか厳選する。多くを持てば、その分食糧等を回収できる量が減ってしまうのだ。だからとにかく厳選する。しかし、あまり時間をかけるわけにはいかない。厳選している間も酸素残量が減り続けているのだ。オナニーも命懸けであった。


「オナニーをする時も、命の心配をする必要が無い。本当に良い世界だ……

 えーと、ここを操作するのか……

 おおーーっ! まるで本当に目の前に存在するかのような臨場感!

 オオッッッッ!!

 あ、アメージングッ!! アッメィジーーングッ アンド マーヴェラッス!!」






チュドーーーーンッ!!





「うおっ! ゴホゴホ、い、いったい何が……

 あっ! パンツッ! 俺のパンツどこいった!」


 射精と同時に突然の爆発。


 さすが王城だけあって、壁や天井は無事なようだが。扉や窓、部屋中の家具は吹き飛んでバラバラになっている。


 そして唐突に脳裏へ浮かぶスキル、賢者タイム賢者の秘密。


「そうか、賢者タイムっていうのは、このことだったのか」


 この体中から溢れ出る魔力。あまりに強大な力の奔流に、制御が効かなかったようだ。


「こ、これが賢者の力……」


「勇者殿ーー! 大丈夫でありますかーっ!」


「あ、やべ、パンツどこ行った?! あーっ! エロ水晶まだ再生してるしっ! えっと、どうやって止めるんだ、これ」


「勇者殿ーー!」


「あわわわわわわわ」


「勇者ど、の……ハァッ! なんじゃこりゃ?!」


「あ、騎士団長……」










 そして俺は、旅に出た。









 いやいや、心配無用。追い出されたとか、気まずくなって逃げたとかではない。


 騎士団長とは紳士協定により、あの時の俺の状態に関しては秘密にしてもらえることになった。 あと、パンツも探してきてもらった。騎士団長、できる男である。


 あの時は、俺の魔力が唐突に目覚めたことによる暴走ということになった。まあ、間違ってはいない。部屋に残る魔力の残滓から、魔力の暴走による爆発であり。俺が無傷であることから、俺の魔力によるものであることが明確であったからだ。ただし問題は、後ほど俺の魔力を測定すると、また測定範囲外の少なさであったことだ。そこで王国の魔法使い達は、勇者の力は一定条件下でしか発現しないものなのではないかと結論した。全て正解である。


 だが魔法使い達は、賢者タイム賢者の発動条件について、訓練中にまったく反応が無く、自室待機中に発動したことから、スキルの発動条件は分からず終い。戦闘訓練も、これ以上はあまり大きな効果は期待できないとして。以後はより実戦に近い状況で、スキルの発動条件について探ったほうがいいのではないかと考えた。


 残念、魔法使い諸君。賢者タイム賢者は、実戦でも予行練習でも発動可能なのだよ。


 俺は結局”賢者タイム賢者”の発動条件については、誰にも打ち明けることは無かった。というか打ち明けられなかった。彼らも混乱していたが、自分が最も混乱していたのだ。いったい、どうやって説明したものかと悩んではいたのだが。先の理由に加えて、魔物の活動が活発化してきたこともあり、とりあえず旅に出て実戦経験を積みながら魔王の領地を目指していくことになった。


 旅の供は、お馴染み騎士団長、髭の似合うナイスミドルである。そしてもう一人、数多くのスキルを所持し、若くして剣の腕は騎士団の中でも団長に匹敵するといわれる赤毛の美女、女騎士である。真面目な性格で職務に忠実、沈着冷静で一見クールな印象だが一緒に旅をしてみると、これでなかなか熱い心を持ったお姉さんだ。


 旅は順調に進んだ。


 行く先々で――主に俺以外が――人々を助け、魔物を倒しながら、とうとう魔王の領土との境である魔の森に到着する。


 しかし俺はまだ、スキルについて打ち明けられずにいた。









「魔素が濃い、どうやら魔王の領土に入ったようだぞ。勇者殿、十分気をつけてくれ」


「すまない、騎士団長。俺のスキルが使えればいいんだが」


「勇者様、あせらないで。大丈夫、この辺の魔物だったら、まだ私と団長だけでも何とかなるわ。それに魔王の領土で濃い魔素に晒され続ければ、もしかしたら勇者様のスキルも発揮されるかもしれないわよ」


 俺達三人は、森の中を進んでいた。


 女騎士はそう言ったが、木々が生茂り視界は数メートル程度しか無く、日の光も遮られ昼だというのに随分と暗いし足場も悪い。こんな場所で複数の魔物が現れれば、さすがに王国の精鋭といえど危ないのではなかろうか。


「ん? まずいな、誘い込まれたか」


「団長、どうしたんだ? 何も聞こえないが」


「いや、静かすぎるわ。囲まれた?」


 その時、木々を縫って白い物体が飛来する。気付けば、騎士団長が剣を振りかぶっていた。


「蜘蛛の糸、アラクネか」


 勢いよく迫る蜘蛛の糸に、剣を絡めとられることなく逸らす騎士団長。その表情には緊張が浮かんでいる。


「五匹、いや六匹。囲まれたわ」


 しかし側面から現れたアラクネ、蜘蛛の頭から女性の上半身が生えている怪物が糸を吐き、とうとう騎士団長の剣を絡め捕った。


「オオォォォォォォォォーーッ!!」


 その時、騎士団長が吠える。その手にした剣は炎を纏って糸を断ち。そのまま一足でアラクネへと踏み込んだ。


「キェェェェァァーー!」


 アラクネの断末魔が響き渡り。人と蜘蛛との間を切り裂かれ、分離した亡骸は木の幹に叩きつけられる。俺が呆気にとられている一瞬に終了した攻防。頼れる男、騎士団長の早業である。俺にとっては、旅のなかで度々目にしてきた光景でもある。ここに至ってまだ俺には、事の重大さが分かっていなかったのだ。


 奇襲の失敗を悟り、木々の狭間から次々と姿を現すアラクネを前に、騎士団長の額に汗が浮かぶ。


「まずいな……魔の森、少し舐めていたようだ。

 女騎士よ、勇者殿を連れて退却できるか?」


「やるしかないでしょう。勇者様お一人では、魔の森を抜けられません。

 騎士団長、おさらばです」


 俺がまだ呆けているうちに、二人は覚悟を決めてしまったようだ。いつの間にか、重たい荷物を破棄した女騎士が俺の手を引いて走り出す。


 混乱の中、走り出す俺たちの後ろから、騎士団長の声が聞こえてきた。


「残り五匹……勝てなくとも、ここは死守すると決めた。一匹たりとも後ろには通さんぞ!」








 走り出して間もなく、俺は混乱の最中にあった。


「おいっ! 騎士団長を置いてきてよかったのか? 勝てるんだろ? なあ、だって最初の一匹は楽勝だったじゃないか」


 俺の手を引いて突然走り出した女騎士。走りながら振り返った彼女の目には涙が溢れていた。

 いつも気丈に振舞い、その優れた剣技で如何なる敵をも屠ってきた彼女が初めて見せる涙に、漸く俺は事の重大さを知る。


「勇者様。団長は、我々を逃がすためにその命を散らす覚悟です。最初に使った技は団長の切り札で、日に一度使うことが限界です。魔の森のアラクネは、それだけの強敵なのです。本来ならこんなに浅い領域で現れる魔物ではありません。申し訳ありません、我々の判断が甘かったために勇者様を大変な危険にさらすことになりました。しかし勇者様さえ生きて帰ることができれば、希望を繋ぐことが――」


「待てっ! 待ってくれ!」


 俺は、女騎士の話を途中で遮り、足を止める。


 まさに正念場であった。ここで引くわけにはいかない。彼女らの力に頼りきり、()()()()で済まそうとしてきた自分の優柔不断さが今、騎士団長の危機となっているのだ。


 俺は覚悟を決めた。


「女騎士よ、話がある」


 今まさに友が死のうとしている。

 今しかない、本気(マジ)になるのは今しかないのだ。


「お、俺に…………

 俺にフェラチオをしてくダベシッ!!」


 殴られた。










「ちゃんと説明するから! 俺の話を聞けば分かるから!」


 俺は今までの人生の中で、最大限のマジな顔を作って説明した。

 早くしなければ、騎士団長が……

 早く()かなければ、騎士団長の命が……

 俺は紳士で真摯な態度で女騎士を説得する。俺の得たスキルについて、なぜ今まで隠していたのか、その全てを。


「――だから、必要なんだっ! 今っ! すぐっ! 君のっ! フェ・ラ・チ・オ・がっ!!」


「いや、しかし……そ、そうだ! 私が服を脱ぐから、自分でするというのはどうだろうか」


「ハァ? バッキャロォーッ!! 俺は今、真面目な話をしているんだっ! それなのにオナニィだとぉ? お前、俺を馬鹿にしてるのかっ!?」


「あ、あれっ? え、えぇぇー、うーん……解せん」


「このままでは、騎士団長は間に合わないかもしれない。ほら、早くしないと。もうイくしかない! あなたがパクッといくしかないんだっ!」


「騎士団長……あーー、分かった。私がいくしかないんだなっ! そうなんだなっ!」










「ハァ、ハァ、」


 四方から迫る糸を掻い潜り、体当たりをかわし、さらに一匹のアラクネを屠った。刃は欠け、魔力は尽き、それでも騎士団長の闘志は尽きなかった。

 しかし、蓄積する疲労は如何ともし難く、彼を窮地へと追い込んでいった。


「くっ、しまった――」


 集中力の切れた一瞬に、死角から放たれた糸に剣を絡め取られ体が硬直する。意識が一方へ向いた直後、反対から迫るアラクネに為す術無く吹き飛ばされた。


「ぐぼぉ!」


 状況は更に悪くなった。吹き飛ばされた先にある木に叩きつけられ、腕は歪に折れ曲がり、剣は失われた。

 状況は決した。しかし、彼の表情は不思議と穏やかであった。


「(思ったよりも持った方か……後は頼んだぞ勇者殿)」


 彼の心には”勇者”という希望があった。以前に城で暴走した勇者の魔力を見た彼だからこそ、力が覚醒した暁には、人類の先頭に立ち魔を退ける勇者の姿を確信していた。自らがその礎となるのであれば悪くない人生であったと、彼は心底そう感じているのだ。


 しかし諦めかけていたその時、彼の背後、勇者達を送り出した方から凄まじい魔力の高まりを感じた。瞬間、背後からまるで生き物のように踊る業火が、目前に迫ったアラクネ達を焼き尽くした。


「こ、これは夢か、幻か」






「団長! 無事か!?」


 視界に入ったアラクネを全て焼き尽くし、騎士団長に駆け寄った。彼は、満身創痍だ。すぐに治療を施す必要がある。


「待ってろよ、今治してやるからな」


 俺が手をかざすと時間が巻き戻るかのように、歪に曲がった腕は治り、切り傷は塞がっていった。


「ゆ、勇者殿……今の炎は、勇者殿が?」


「ああ、今まで心配をかけたけど。これからは、俺が戦う番だ」


「ご無事ですか団長。ああ、間に合って本当に良かった」 


「女騎士……お前、口の端に()()()毛が――」


「イヤァーーーーッ! 言わないでーーっ!!」













 その後の旅は、順調に進む。


 敵に遭遇するとまず団長が防ぐ、女騎士がヌく、俺が倒す。この連携プレイによって、魔王の手先どもを尽く退けていった。最初のころは、まだ女騎士に戸惑いがあったため。事前の打ち合わせで団長と結託し、ピンチを演出したりして乗り切っていった。


「うわー、大変だー、凄いピンチだー。 (チラッ) こいつ超強いぞー。 (チラッ) あ、あと五分、あと五分でやられてしまうー。 (チラッ)」


「君しかいない! 団長を救えるのは君しかいないんだっ!」


「ああああああー、分かった、分かったから! やればいいんだろ!」


 そんな感じで旅は進む。そして、本当の窮地に陥ることになった。










 雪の吹き荒れる雪原を行軍中。視界が効かない中、俺たちは背後から敵の奇襲を許してしまう。そして、俺を庇った女騎士が、大きな傷を負ってしまうのだ。


「どうやらスノートロールは、大きすぎて入ってこれないようだな。勇者殿、どうだできそうか?」


「とてもじゃないが無理だ」


 俺たちは、女騎士を担ぎ走った。そして、運よく小さな洞窟に逃げ込むことができたのだ。


「火を起こせばいけるんじゃないか?」


「女騎士の出血が酷い。あまり悠長にしていると彼女が死ぬぞ」


「ああクソ。エロ水晶さえ持ってきていれば……」


「いや、それでも難しい。オカズの問題じゃないんだ。情けないことに、寒すぎて勃たねえんだ。何か温かいものに直接包まれないと、反応しそうにない」


 俺たちのパーティーにおけるヌキの要、女騎士が負傷した。それは即ち賢者になれず、敵を倒せないことに繋がる。この窮地に自慰もやむなしかと思われたが、しかし寒さから俺のオティムティム様が反応することはなかった。団長は、気絶する女騎士を脱がすという修羅の如き作戦を提案したが。大きな負傷により、出血の著しい彼女をチョメチョメすると、さすがに命を失いかねない。


「クソッ! どうすりゃいいんだよ。このままじゃ、全員生き埋めだぞ」


 洞窟もろとも俺たちを殺すつもりなのか、四方から断続的な振動が伝わってくる。どうやら腹を括らねばならないようだ。


「勇者殿、一か八かここは俺が囮になって――」


「団長、全員が助かる方法がある」


 俺は真剣に団長の目を見つめる。そして、気持ちが伝わったのか。団長は、息をのんだ。


「まさか、いや、勇者殿、それはダメだ。俺にはできない」


「団長! 俺だってな、俺だってやりたくない! でも、このままでは彼女は助からないんだ。俺は、彼女を助けたい」


 賢者タイムにさえなれば、俺は魔法で彼女を癒すことができる。


「勇者殿、それほどまでに……分かった、俺も男だ。死ぬ気になれば何だってできる。そうだ、死ぬことに比べれば、こんな程度のこと……」


 団長が泣いている。これほどの武人が涙を見せたのだ。俺のミスで台無しにするわけにはいかない。俺は目を閉じて、自分に暗示をかける。


「目の前にいるのは美女、目の前にいるのは美女、目の前にいるのは美女、目の前にいるのは美女、ヒゲは気のせい、ヒゲは気のせい、ヒゲは気のせい、ヒゲなんて無い! 声はきっと酒焼け、きっとそう……」











「んっ……ここは?」


「気が付いたのか?」


「女騎士! 良かった、本当に間に合って良かった」


「はっ!? と、トロールは、敵はどうなりました!?」


「勇者殿が蹴散らしたぞ」


「そうでしたか、良かった。あれっ? でも私は、その前に気を失って……

 だ、団長……その……口の端の()()()毛は、まさか――」


「ヤメロォーーーーッ! それ以上言うんじゃねえーーっ!!」









 そんなことがあって、ちょっと団長との関係がぎくしゃくしながらも旅は進む。魔王の拠点、魔王城へと近づくほど敵は多く強大になり、俺はパンツを履く暇がないほどに激戦に次ぐ激戦を戦い。その末ついに最終目標、魔王城へと辿りついたのだ。


 攻め込む前に一ヌキし、門前や広場に集まる魔族を蹴散らし、魔王の居ると思われる謁見の間へと、俺たちは進む。


 無人と思われた廊下を進んでいると、謎の人影が立ちふさがった。


「ようこそ勇者諸君、私が魔王だ」


「な、なにぃ!? クソッ! なんでこんな所に。団長、時間を稼いでくれ。女騎士は、あっちの物陰で――」


 その時、魔王の掲げた掌が怪しい光を放った。強烈な爆発が団長と女騎士を包みこむ。


「「うわぁーーーーっ!」」


「だ、団長! 女騎士!」


「ハッハッハッ、なんと他愛無い」


「お、お前、卑怯だぞ! 恥ずかしいと思わないのか!」


「ふん、負け惜しみを言いおる。私は逃げも隠れもしていないぞ。いったい、どこが卑怯なのだ?」


「お前、魔王だろ! なんで廊下に居るんだよ! フットワーク軽すぎだろ、偉い奴がそんなに腰が軽くてどうする! 謁見の間は飾りか!?

 あのな~、頼むから魔王の自覚をちゃんと持って、然るべき場所に居てくれよ~。廊下のど真ん中に一人で突っ立ってて、誰がそれを魔王と考える? そんなの隠れてるのと一緒じゃん。

 今の俺を見てみろ、パンツすら履いて無いんだぞ。どうだ、何に見える?」


「変質者」


「うん、そうだな、それもあるよな。でも、こう、ありえないことを平然と実行する勇気というか。滲み出る勇者感があるだろう?」


「………………まあ、その話はいいとして。前半部分は、確かに分からないでも無い。

 つまりお前は、仕切り直しを希望するということか?」


「いや、今すぐオナニーをさせてください」


「………………………………………………………………死ね、すぐ死ね、今死ね」


ズガーーーン!!


「うわーーーーっ!」


 俺は、魔王の卑劣な罠に嵌り、最大の窮地に陥った。満身創痍でパンツすら履いて無い。


「畜生、魔王め……」


 もうここまでか。俺が諦めかけた時、全身を焼かれて虫の息になっている団長と女騎士が転がっていた。


「団長、女騎士……すまねえ」


 俺がかつての勇者みたいに、常に勇者の力が使えてさえいれば。変な条件下だけでなく常時賢者に……ん? 常時?

 俺の頭に衝撃が走る。閃いた、これならいけるんじゃねえか?

 俺は目の前に転がる、女騎士の使っていた剣を手にすると、ゆっくりと立ち上がった。


「ん? まだ立ち上がるか。寝ていれば楽に死ねたものを」


「俺は、覚悟を決めた。お前だけは絶対に道連れにしてやる…………うおおおぉぉぉーーーっ!!」


 俺は意を決して、剣を股間に突き刺した。

 その瞬間、魔力の奔流が俺の身体を支配する。


「俺は今、本当の賢者になった。さあ、俺が失血死するのが先か、俺がお前を倒すのが先か、勝負だ!」





 熾烈な戦いであった。魔王の城は崩れ去り、大地が抉れ、空は割れた。


 そして、最後に立っていた者は――






「いやー、くっついて良かった」


「勇者殿、魔王を倒した時よりホッとしてるな」


「そりゃそうだよ。もうホント焦った。切ってから結構、時間経っちゃってるし。戦ってる時に治すと、賢者タイムが切れそうだから治せないしさ」


「でも、そういうことなら、もう私がすることないわね」


「ええっ!! ウソッ! ちょ、ちょっと待ってよ。今、しゃぶらずには居られないような理由を考えるから」


「おい勇者殿、それは……ちょっと無理じゃないか」



 俺は、賢者タイムに入るとすぐ団長と女騎士を治療して、避難させた。そして壮絶な戦いの末に魔王を倒すと、すぐに自刃したオティムティム様の治療を行ったのだ。

 迂闊に止血とかすると賢者タイムが終わりかねないので、もう股間から大出血しながら戦わざるをえず、本当にギリギリの戦いだった。最後は俺もフラフラだったし、これでオティムティム様が治らなかったら、俺が第二の魔王になってしまうほど絶望したかもしれない。


 まあ終わり良ければ全て良し。後は団長と女騎士とともに、王都へ凱旋するだけだ。



「わ、分かったぞ! 女騎士、俺と結婚してくれ!」


「うわー、さすが勇者殿。これほど最悪のタイミングでプロポーズする男を、俺は今まで見たことが無い」


「(ポッ) あ、はい。不束者ですが、よろしくお願いします」


「「えっ!! マジでっ!!」」




     おしまい

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