1-3
アルムたちが所属している国シェンメーア王国は、この世界最大の大陸であるアトモス大陸にある二大大国の一である。
この国は人族を含む獣人、エルフ、龍人、魔族の長の協力により建てられた。
その為、人族の王を持つ国において人族至上主義を掲げる“マリア教”を国教に指定していない数少ない国の一つ。
その首都である王都トゥリクルは数多くの種族の人々が見られ、建物も様々な種族の特徴を持った独特の物目立つ。
王国は、“マリア教”の戒律によって食や娯楽に規制などがされていない為、貪欲に多文化の物を取り込む事で独自の進化を遂げさせている。
それらが集まる場所が王都トゥリクルであり、それらを見る為だけに王都に訪れるという者も多く観光地としても非常に有名である。
興味を持った原産国などにも足を運ぶ者も多い為、旅行地の中間地点などにも使われている。
そんな王都には大陸中に名を轟かせている物が幾つかある。
その中の一つが王立シェンメーア学園。
王族が立ち上げに莫大な予算を投じ、現在も国の予算を膨大に投じられ続けている学園である。
王国だけでなく周辺国中から優秀な人材が集められており、初等九年、中等三年、高等部三年と三段階に分けられている。
在学者の中には、天才や化物と言われるBランク冒険者を持つ者も高等部には少なくない。
さらに、人外や到達者と畏怖を込めて呼ばれるAランク冒険者も年によっては在籍している。
同じ学園の名を関してはいるが、初等から中等、中等から高等へと上がるとその格は別物と言える。
エスカレーターで上がる事が出来るのは、初等部から中等部で上位一割、中等部から高等部ではほんの数名と言うのが殆どだ。
学園長は、個人の武勇で戦争の結果を変えると言われる“八傑天”の職業、賢者を持ったSランク魔術師のハイエルフが務めている。
様々な施設の増改築によって、下手な都市よりも大きな予算が使われてきた。
学園の校舎やその周囲に作られる学生寮。新しい校舎や研究室が作られる度にそれらが交互に作られていき、学生や講師、研究者向けの店も出来、王都という都市の一角に学園街と言う巨大な区画が出来るまでに至っている。
アルム、アリス、クララの三人が学園の入学試験が行われる校舎の門をくぐった。
三人は門をくぐり抜けると石畳と街路樹で作られた道を歩く。
「受験者以外が同行できるのはここまで。
合格間違いなしだと思う。けど頑張って」
「こう言うのも何ですけど、一応Bランク冒険者でシャウラさん達からの好意で紹介状も貰い、筆記試験は免除されているのですから問題ないですよ」
アルムは、アリスの言葉にくすりと笑いそう言うと、懐から封蝋された便箋を取り出した。
それは出発の朝、街の門にシャウラがわざわざ持ってきてくれた物。
封蝋の紋章はギルド長の推薦を示す物で実際に使用される事は非常に稀だ。
この封蝋を押された書を渡されるのは、冒険者にとって大変に名誉な事でもある。
ちなみにアルムは教師を目指していたという事もあり、皆から尊敬される教師になる為には、ここの高等部を出たほうがいいと思っていた為、必死で勉強した。
前世より完全記憶に近い記憶力を持っていた為、現在でも高等部のどの科の筆記試験であってもパス出来る知識は持っている。
ただ、そんな事は当然だが話せる訳もなく、初等部にも行っていないアルムが実技試験はともかく、筆記試験で合格を貰う事は出来ないだろうと気を使われた様だ。
職権を私用に使っている気がするが、魔王種を討伐した将来有望な者を学園に送るという建前があり、他人から見られてもさほど文句を言われる様な事ではない。
「アルム様、頑張ってください」
アリスの後ろに立つクララも一応応援をする。
自分よりも実力がある者が、自分が所属している学園の試験に落ちるとは思えないが、主が激励をしている横で自分が何も言わない訳にはいかない。
「ありがとうございます、それでは行ってきます」
「あ、まって」
アルムが門をくぐろうとするとアリスがそれを止めた。
「最後に補充」
そう言ってアリスはアルムに正面から抱きつき、彼も承知した様に顔を近づける。
周囲にいる受験者達に思いっ切り舌打ちをされ、他所でやれやれと言う表情から、爆発しろと言う言葉まで投げつけられるが二人は我関せず。
クララも慣れたというか諦めたというか………なんとも言えない表情を浮かべているが、それも二人には当然無視される。
迷宮都市から王都への馬車での移動中。
襲ってくる魔物や盗賊に対し、アルムがアリスから離れたくないからと言った。
唐突にアルルが馬車の床を踏み叩くと、襲ってきた者達の内蔵が爆散すると言う魔術よりも魔術に見える現象を起こし、アリスから離れる事なく襲ってくる者達を殺害した。
それを見たクララは、勇者候補が本当にあの場で殺されなくて良かった。
地面越し、それもさらに馬車越しで伝えられた衝撃の波でさえこれなのだから、直接拳を当てた場合だったら完全に液状になってもおかしくないなと思い戦慄した。
そしてちゃんと遠距離への攻撃法を持っているのだと聞いた時には、斬撃を真空波として無音で飛ばす事が出来るとも言われた。
一体どうやったら無音で斬撃を飛ばせるのだと思ったが、聞いてもとてもではないが再現出来ないだろうからと聞かなかった。
さらに衝撃波は『身体強化』、斬撃は『全身強化』を使える相手だと、あんまり効果がないから使い道があんまりないと付け加えられた。
どちらも人間よりも遥かに肉体性能が高い魔物が使って来るとそれは脅威だ。
特に後者の『全身強化』を使う物は、ギルドや国から報奨金が出るレベルだ。
それを聞いたその時には、彼は一体何を相手にするつもりなのかと、そして実際に個人で討伐可能なのだと、その次元の違いに最早諦めの気持ちをいだいた。
「行ってらっしゃい」
「ええ、行ってきます。
それじゃあまた試験が終わる時間に」
アリスが満足すると顔を離しそう言い、アルムもそれに返し学園内に入っていった。
その背中を見送るとクララは、予定よりも早く王都へ戻って来た為に出来てしまった時間をどの様に使おうかと考えていた。
アルムは人の流れに沿って歩き、受験の受付をしている建物の中へ入る。
彼が入学しようとしている中等部は、単位制の三年制で十五歳から受験可能で上限は二十歳までとなっている。
ここを卒業したという事でも十分な経歴となるのだが、アルムと同じ位の年齢に見える者たちは上の高等部にも入ろうとする意欲が見え、目に鋭い光が伺える。
ちなみにアルムは自分が受ける試験を最終試験といったが、それは他国に住んでいる者や受験日に年齢に達していない場合や、学校の方針により合格見込みを得られていない者がいる場合もあり、夏から何度にも分けて行われているだけだ。
受験は一年に一回しか出来ず、後半の試験を受けたからと言ってその内容が容易になっている事もない。
列に並び自らの身分を表す為のギルドカードを見せた時点で驚かれ、さらにギルド長の封蝋が押された封筒を出された際、その受付をしていた職員は倒れそうになっていた。
ギルド長の封蝋が押された推薦状は、その持ち主に拘らず一度学園長まで持って行かないといけない為、待合室に通された。
学園長の部屋は高等部の建物の中にあるのでそこに行くだけで時間がかかる。
「まあ、実技試験は午後からなので十分に間に合うと思いますが」
柔らかいソファーに座りながら用意されたお茶を飲むアルムは今日の予定を思い出してつぶやく。
ちなみに午前中は受験者達の体を魔術による徹底的な検査。
病気や魔力量、属性などを調べるのは勿論、体の中に盗聴盗撮洗脳等の魔術がかけられていないかも検査される。
そして明日明後日が筆記試験。
朝から晩まで持久力を試すかの様な量が課される。
アルムも合格の出来る能力があったとしても、そんな面倒な試験が免除されるのは十分に嬉しかった。
する事もないのでアルムは目をつぶりイメージトレーニングを始めた。
思い浮かべるのは一応これまで戦った中で最強の敵、魔王種ではなく魔王に至ったイグナモノス。
魔王種だった状態でアルムを倒すには、力が足りず速度が不満で魔術の構成に無駄があり、何より経験不足が致命的であった。
その足りない物だらけのイグナモノスに生前に見た魔王となったその力を重ねる。
魔王は即座に『心装』を発動させてアルムに切りかかる。
受けたかを間違えば即座に市に至りそうな攻撃を回避しながらアルムは反撃を放つ。
そんな永遠に続くとさえ思われる戦闘を思い浮かべていると、アルムのいる部屋の扉が開いた。
「ひぃっ!?」
アルムが視線を向けると先程の職員が悲鳴を上げて後ずさった。
ノックもなしに開けられたので部屋に放っていた戦意を抑えてなかった。
「あ………」
しまったと思いながら適当な言い訳を考える。
まずは頭に残った熱を払い、いつもの笑顔を浮かべる。
「すみません、試験の事を考えていたら戦意が漏れ出てしまった様です」
そう言われた職員にとっては、明確な死を感じさせる程の濃密な殺気が試験の事を考えるだけで発せされるものなのかと、内心で叫んだが表には出さない。
それを言って気分を害されては不味いからだ。そしてなんとか佇まいを整える。
「申し訳ありません、無様な姿をお見せしました………アルム様の試験は直ぐに行われますのでこちらへ」
職員のいう事にアルムは疑問を覚えた。
「検査はいいのですか?」
「ええ………手紙を読んだ学園長がアルム様にそれを受けさせる必要はないとだけおっしゃりましたので」
それを聞いたアルムは、フェリシーに気を使ってもらったようだと思った。
一応、身辺の関してはこれでも公爵家の長男、絶縁されてからはずっとギルドにいた。
その後は街から依頼以外で出る事はなく問題がある様な知人もいない。
魔泉が無いので魔力の検査は受ける必要もない。
「ところでどの様な試験が行われるのでしょうか?」
「申し訳ありません………Bランク冒険者にしてギルド長の推薦状持ちという事でその実力を測る為には、通常の試験ではダメだと学園長が今考えているそうで………私には分かりません」
「そうですか」
アルムは分かれば儲け物だと言うつもりで聞いたので、煮え切らない返答をされてもさほど気にした様子はない。
ただ、職員とすれば部屋に入った瞬間、死を目の当りにする程の殺気を向けられているので、気に入らない返答をした場合何をされるか気が気ではなかった。
「ここは?」
二人の目の前には白い建物。
表面はなめらかでそうで凹凸もなく窓もない。
「ここは中等部の修練場の一つです」
確かに周囲を見れば同じ様な建物が目に入る。
「内部の床や壁はすべて滅魔鋼で作られていて、中でどんな魔術を使っても建物を壊す事が出来ないのが特徴です」
「つまり、この中で外の訓練場では行えない様な試験が待っているという考えでいいでしょうか?」
アルムの質問に職員は頷く。
口に出すまでもなく分かる事だ。
「扉は二重になっていてこの扉のすぐに二枚目の扉があります。
一枚目の扉を閉めてから二枚目の扉を開けてください。
案内出来るのはここまでと命じられているので失礼します」
「はい、お疲れ様です」
去っていく職員の背中を見てアルムは一枚目の扉に手をかける。
扉の向こうは小さい部屋で音楽会が開かれる様な会場もこんな二重扉だったなと思った。
一枚目の扉をしっかりと締める。
隙間があいてない事も確認する。
かけている眼鏡を外し、アイテムポーチへしまう。
腰の剣に手をかけ、二枚目の扉を開いた。
その瞬間に感じた巧妙に隠された魔力の発生。
「上ですか!」
黒剣を鞘から引き抜き、そのままの勢いで振り上げる。
広い修練場内に硬質の物体同時がぶつかり合う音が響いた。
敵は小柄、第重も軽い服装は全身を覆う黒いフード付きマント。アルムが目を細めてフードをかぶった顔を見る。
そこにあるのは処女雪の様にきめ細かい肌に月の光で作り出されたかの様な柔らかな銀の髪、そして愉快そうに緩められた口元。
魔力で作られた剣越しに伝わってくる感触から相手が少女だと分かる。
アルムが剣に力を込めると部屋に入った瞬間に不意打ちをかけてきた者は、その豪腕によって十数メートル近く投げ飛ばされた。
やはりアルムの予想通り建物の中に入った瞬間から試験は始まった様だ。
アルムが敵の筋密度や骨格、属性や魔力量を読み取ろうと知覚を広げるが、体の表面で発動されている『妨害』の魔術に遮られ彼女の属性と魔力量は不明。
だが、『妨害』の魔術は上五級と評価される習得難易度の高い物。
それを当たり前の様に使っている時点でかなりの実力者である事が伺える。
攻撃に使われた魔術は『武器創造』、魔力を使い武器を作る中五級魔術。その魔術で作り出される武器の性能は、製作者の魔力の量に質そして付加された属性に依存する。
その三要素の内の一つである属性を付加させること無く、アルムの黒剣とぶつかって折れない物を作り出しているとなると、かなりの魔力があの小さい刃に注ぎ込まれているのだと分かる。
まだ底が見えないが強敵である事は確かな様だ。
アルムは彼女が地面に落ちるまでにそこまで思考した。
その着地点へ向けて駆け出す。
手練の武人であっても消えた様に見える速度。
残影さえも残さぬ加速の過程を排した踏み込み。
片腕を切り飛ばすつもりで無音の斬撃を放った。
彼女の体は空中で不自然な軌道を描き、空間を切り裂くかの様な切断力を持った剣を躱す。
そのまま空中で体を捻りながら手足から刃を生やし、僅かにタイミングをずらした同時攻撃を放つ。
アルムが後方へ飛び斬撃を回避するが、それを予測したいたかの様に頭上に十数本の刃が作り出され、そのまま発射される。
それらの刃に視線を向ける事さえなく黒の双剣が振るわれ、鈴を鳴らしたかの様なか細い音を鳴らし刃は砕かれる。
「おーこわいこわい。
ここの常駐治癒術士なら簡単につなげられるとは言え、容赦無く両断しに来るだなんて」
「貴女なら確実に躱せると分かっていましたから。
そちらこそ先程の攻撃は対処出来なければ死んでしまいますよ?」
アルムの返答に彼女は小さな手を叩いて乾いた音を部屋に響かせる。
「対処出来たのだからいいじゃないか。
さて、入ってくる時も試験の概要を理解していたし、気配の探り方も一流。
身体能力も腕力、脚力、肉体操作技術も文句なし、魔力を持たないと言っても魔王種を討伐した実力は本物。
それくらい分かっていた事だし、君ほどの実力者だ………試験なんてするまでもなく見れば分かるが、それでも試験をしたという事にしないと面倒なんだよね。
もうこのまま合格を上げてもいいど………」
アルムは鞘に収まっていたもう一本の剣を抜いた。
さらに強くなると決めたのだから彼女の様に強い相手と戦える機会を逃す手はない。
「やめる気はないみたいだね」
アルムが構えでそれを肯定とそれを見た彼女は口元を抑えながら笑った。
「うん、いい向上心だ。とても好ましい。
それに退屈な書類仕事もサボれるからいい」
後者の方がこのまま続ける本音の様な気もするが、アルムからすればどうでもいい。
彼女は妨害の魔術から『隠形』の魔術へと使用魔術を変える。
『隠形』は気配と魔力を極限まで消滅させるより高度な魔術。
等級で言えば上三級で、『全身強化』と同じ難度だ。
魔術の使えないアルムには分からないが、他の魔術と重ねれば重ねる程維持をする難易度が指数的に上昇すると言われている。
そしてその状態で確実に『全身強化』の魔術を発動させている事だろう………雰囲気が変わった。
彼女が両腕を広げると手の平から魔力で作られた刃が伸びる。
『武器創造』という魔術は、手に持った武器を強化する事から発展し、自らの魔力で武器を作る魔術。
それは武器を持った前衛と杖を持った後衛の中間の間合いで戦う遊撃手、魔戦士と呼ばれる者たちが好んで使用する魔術だ。
体の外に出している魔力なので感じ取る事が出来るが、伸縮自在でいつでも消す事が出来る。
凄まじく間合いの読み難く、視覚や魔力探知に頼った回避をすると痛い目をみる。
「さて、少年胸を借りるつもりで来なさい」
そう言った瞬間に彼女は足元で魔力を爆破させ、その勢いでアルムに迫った。