1-2
ギルドの一室でアルムは二人から真剣な視線を向けられている。
「どうやって天文観察庁にも、他の国の天文所でも分からなかった魔王種出現に気付くことができたのか」
「僕の魔力感知能力が優れているのはお二人もご存知の筈………たまたま、魔力の空白を感じ取ったから………では、通りませんか?」
アルムはそういう事にならないかと、分かってもいつつ聞いてみる。
「ダメ~。
天文観測は国家の最重要事項の一つ。
それでさえ見逃す凶星を観測できた方法は見逃す訳にはいきません~」
「ですよね」
フェリシーの言う通りだ。
魔王種などと言う放置すれば魔王になる存在の兆候を国が見逃す訳にはいかない。
この世界において魔王種とは隕石の様なものであるとよく表現される。
嵐等と表現してもいいのかもしれないが、魔王種の発生と出す被害や理不尽さを考えると、やはり嵐よりも隕石だ。
その兆候が空に浮かぶ黒い星などと言った物である為、そちらを強く使いたくなる。
この世界に置いても落ちてくるのが分かれば、国を超えて協力をして巨大な魔術をぶつけ天で砕く。
それが落ちる寸前まで分かりませんでしたとは言えない物の一つだろう。
「………天体観測魔術がどの様な魔術だかご存じですか?」
アルムは唐突な質問をフェリシーとシャウラにした。
「もちろん知ってるよ~
国によって違いはあるけど、様々な属性を持った一流の魔術師たちが集い発動するちょー高等魔術でしょ」
「基本的な術式の内容は秘匿されているけど。
根幹としている魔術は各国の軍事秘の術式だったりするからしかたないのでしょうね。
それが一体どうしたの?」
アルムは二人の答えに頷く。
二人の答えは常識的な答えだ。
「昔、本で読んだことがあります。
天体観測術式はすべてそこに至る方法は、様々であるがそれによりもたらされている効果は望遠の効果でしかないと。
真っ黒な夜の空に浮かぶ黒い凶星。
これを見つけているのは、超望遠魔術による術者達による粘り強い総当り作業である」
二人だってその事は知っている。
しかし、アルムが何故そんな話をするのか、皆目見当もつかない。
「つまるところ凶星は目が良ければ見えるのですよ」
最終的に告げられた結論に二人の表情は完全に固まる。
つまり彼は肉眼で数千年の歴史の中で改良され続けてきた望遠魔術よりも遠くが見えると言うのだ。
「僕の魔力感知能力が高かったからたまたま魔力の空白を察知した………と報告したほうが、納得されると思いますよ」
数分間二人は反応が帰ってこなかった。
アルムはその数分でもアリスに早く会いたい………帰ろうかなと思ったが、まだランクの話をしてないと思い出し、なんとか立ち上がろうとする体を止めた。
「あ………ごめん」
先に戻ってきたのはフェリシーだ。
年の功だろうか?
「それにしても、ちょっと冗談きついよ~
本当にたまたま見つけたとしか報告のしようがないじゃない」
フェリシーは頬を膨らませながら文句を言う。
「魔力空白を見つけたのが、狂った様に迷宮に潜っている僕がその三日前から、たまたま迷宮に潜っていなかった。
だから、違和感があるのでしょう?
でも、それって報告をされる相手は、三日前から迷宮に潜ってなかった事を知っているのでしょうか?」
フェリシーとシャウラはアルムにその事を指摘されはっとした表情を浮かべた。
「あ、相手知らないじゃん………じゃあ問題ないね~
あはは~ごめんごめん」
「そう言えばそうでしたね………」
「しっかりしてくださいよ」
アルムが半眼で視線を向けるとフェリシーは露骨に視線をそらす。
「後はランクの話だね~
まあ、魔石っていう物もあるし~魔王種の早期発見討伐っていう功績もあるし~いっその事Aランクでも許しちゃうよ~」
フェリシーはさらに口笛まで吹く動作をしながら言う。
ここまで来ると逆に怒るきが失せてくる。
狙ってやっているのなら腹も立ってくるのだろうが、彼女のこれは本当に何も考えずにやっているので怒気が削がれる。
アルムは実年齢は圧倒的に向こうが上でも、子供をいじめるのは格好が悪いですねと戒める。
「Aランクは他のギルド長の認可が最低でも二人必要で昇格まで時間がかかり、なおかつ早急に上げておきたいのはBランクまでなのでそれは今度でいいです」
「あら?他のギルド長の認可だってさほど時間はかからないと思うけど?
精々三日もあれば後二人の認可証は作れます」
「そうそう通話水晶で話を通して、商人書類を魔術鳥で送ってもらえば直ぐだよ~」
二人は総提案するがアルムは首を横に振った。
「いえ、僕は明日この街をたちます」
アルムの発言は、二人が街の近くで魔王種級の魔物の活動跡が見つかったと広告された時よりも間違えなく驚かせた。
「ええ!?嘘っ!?
アルム街から出るの!?」
「お、驚いたわね………理由を聞かせてもらえるかしら?」
アルムは頷いてもちろんと言う。
「とても個人的な理由なのですが、王立シェンメーア学園の中等部に入学しようと思いまして。
明日でないとどうやら最終の入学試験に間に合わない様で」
「アルムが学校!?今更!?初等部にだって通ってないじゃない!?」
「その実力………独学ですが、蓄積された知識………今更中等部に入る必要は感じませんが………」
「ですから、個人的な理由なんです」
アルムが付け加えたそれにシャウラはハッとした。
「まさか………アリス様ですか?
そう言えば今帰ってきていると聞きましたね」
そう言えば勇者候補がどこかのDランク冒険者に殴り倒されたとか………アルム君でしたか」
「ええ………あのムカついたから殴ったなんて言う理由のあれ?
アルムのやる事とは思えなかったから、どんな度胸と実力のある子は誰かなと思ってたけど………アルムだったの?」
聞いていたアルムとしては、起こったのもつい先程で教会内で揉み消された筈なのによく知っているなと感心した。
それを考えると父にも伝わっているのかな?と思った。
「ええ、勇者候補のアリスを見る顔がムカついたので………そう言えば、勇者候補の名前ってなんでしたっけ?
………ああ、言わなくていいですよ。覚える気もないので」
二人は何度目か分からない程今日は驚いている。
人生を振り返っても今日ほど驚いた日はない。
「アリスも一緒に王都に戻るの?」
「はい、そうですよ」
「ねぇ、それって勇者候補を殴り飛ばしたから?」
「そうですね、それは特にないです。
ないですが、あんなのがいる街に残して王都に行けないと言ったら、快く共に王都へ行くことになりました」
アルムが勇者候補をあんなヤツというのもそうであるが、殴り飛ばした事についても特にないと言い切れる辺り、その毛嫌いの度合いに戦慄を隠せない。
今までアルムが嫌い友好的な関係を築く事が出来なかった者などいなかったからだ。
彼を侮り蔑んでいた者だって不思議と友好的になっていた程なのにだ。
二人は少し考えた後、あの勇者候補からいい噂は聞かないし、そもそも“マリア教”の国から聖女候補が誕生したからと転入してきた者の一人なのだから、別にあれがどうなってもいいかと思った。
「ま、いっか。
じゃ、ランクを上げるけどBランクからは二つ名を名乗らないといけないんだよね~何にする?」
「ああ、ありましたねそんなルール。
無しじゃダメなんですか?」
「ダメだよ~
ちゃんと実力を持っているって言う事を示す為にね。
冒険者として名乗り上げる時には付けなくてはいけないっていうルールがあるからね」
「名乗り上げる事なんてしないので無くてよいのでは?」
アルムが説得を試みるが答えは再びダメ~だった。
「はぁ………じゃあ、何でもいいので付けてください二つ名」
ため息を吐きながらフェリシーにそう伝える。
「最初からそう言えばいいのよ~
シャウラ何がいいかね?」
「そうですねぇ………ぱっと思いつくものは、白衣、黒剣、銀糸………」
「まんま、外見的な特徴だよ~」
「ですが、魔術を使わないのであまりにも特徴がないのですよね………」
二人は本人を差し置いて二つ名の論議で盛り上がっていく。
アルムはお茶を飲みながら十分ほど待った。
聞いていると何となく煮詰まった様な雰囲気を感じる。
先程、フェリシーが言った様に決闘なので名乗り上げる際に使う為、出来る限り短い方が良いとされる。
「決まったよ~
アルム、君の二つ名は白虚。
Bランク冒険者白虚のアルムだよ」
アルムはその二つ名を聞き由来を予想した。
「白はそのまま髪やコートの色。
虚は、魔力がない事や気配や殺意の無い状態からの全力攻撃からですか?」
「そうだよ~
結構、いい線いってると思うんだ~」
こちらを期待するかの様な視線。
アルムからすればそもそも二つ名そのものが遠慮したく、さらにそこまでひねりのない物はどうかと思うが、流石にこの期待した表情を受けているフェリシーを突き放すのも気分がよくない。
「ええ、いいと思いますよ………ええ」
「やった~かっこ良く名乗りを上げてね!」
「あ………はい、分かりました」
二つ名をつけるのは、自分でない事が多い。
名乗るとしても貰った名前だとすれば少しはましか………とアルムは少し憂鬱な思いだ。
「それではランクの更新を行ってきますのでギルドカードを」
その言葉の従ってアルムは懐の内ポケットから個人情報の書かれた金属のカードを取り出す。
「確かに」と言って手に取ると部屋から出て行く。
「シャウラが帰ってくるまでお菓子でも食べてよっか」
「そうですね」
フェリシーの提案にアルムは頷く。
アルムはいつもの様にねだられ手に持ったお菓子を彼女の口に運ぼうとしてほんの一瞬動きを止めた。
その一瞬の間。
アルムは自分にはアリスという心に決めた女性がいるというのにこんな事をしていいのか?いや、フェリシーはこの容姿だし精神的な年齢も同様に低い。だが、それをアリスに説明する事が出来るか?いや、だが子供に冷たく淡白な男というのもよく無い。それに友人に対する扱いを露骨に変えるというものどうだ………
などと様々な考えが頭をよぎった。
結論としては、同年代やシャウラの様な美しい女性には、出来うる限り接触を控える事にして、フェリシーの様な子供にはいいと言う事にした。
そんな事を考えながら時間を潰していると数分後にはシャウラが部屋に戻ってきた。
まるで用意されていたかの様だと思ったが、魔王種の行動跡が見つけられそしてそこから自分が討伐したのだと、予想されていたのだから用意されていても不思議はないかと思った。
「はい、アルム君、更新されたギルドカード。
街を離れるのは寂しいけどBランク冒険者として自分の女はしっかり守りなさいよ」
「休みの時はちゃんと帰って来てね」
「分かっていますシャウラさん。貰った名に賭けて必ず守ります。
おみやげも買ってきますので楽しみにしていてくださいフェリシー様。後、その折にはアリスも紹介します」
シャウラの言葉にはしっかりと頷き、フェリシーの言葉には笑顔で返す。
「おみやげ!やった!待ってるね!」
「良かったですねフェリシー様」
アルムはこの二人も当分見られないのかと思うと寂しさを覚えるが、頭を振ってその気持を片隅に追いやる。
そう言えば顔なじみの人達にも挨拶をしなくてはと思い出す。
これはアリスの元へ戻るのが遅くなりそうだが、礼儀としてそれをしない訳にはいかないなと思った。
「あのお二人にお願いがあります」
アルムは少し表情が強張る。
「ん、何?珍しい」
「と言うよりも初めてなのでは?」
流石に初めて続きではあるが、そろそろ慣れてきたからだろういつもの調子で返す。
「今日、僕は教会に宿泊します。
僕の泊まっている宿の方々には明日の昼程に伝えておいてください」
アルムのその言葉に驚いたのはシャウラだった。
彼女の部下が彼の生活の調査の為に彼が迷宮に潜っている際に調査し、宿の看板娘であるラナとは非常に仲が良いと言う事を報告されていた。
何も言わずにいなくなるつもりかと思ったが、彼がそう決めたのだからしかたがない、長期の休みでは帰ってくると言っているのでその時にでも苦労するといいと思った。
アルムにとって単なる先送りだが、肉親である本来の妹よりも妹の様に扱ってきた彼女に突然この事を伝え、目の前で泣かれでもしたら覚悟が鈍りそうだ。
つまり、自分のいない場所でならいいと言う考えに等しいが、残念な事にアルムの中の順序はアリスの方が高い。
それなら、その事でいっそラナからは嫌われてしまってもいいと思っている。
先程のフェリシーの時の考えと矛盾するかもしれないが、フェリシーは妖精族でさらに友人。何処まで行ってもそれ以上の感情は抱かない自信がある。
しかし、ラナには友人よりも親愛の感情を持っている………それ以上の感情を抱く事もないとはアルムにも言い切れない。
と、そこまで考え、自分の深層心理にあった恐ろしい算段にとても強い嫌悪感を覚える。
アルムは人の目があるにも拘わらず、その場で深いため息を吐いた。
そして今の考えは包み隠さずアリスに打ち明けよう、これを伝えぬまま彼女のそばにはいられないと決める。
「頼みにくいお願いだという事は。重々承知しています………ですが、どうかよろしくお願いします」
今度は最低限の事情を知るシャウラがため息を履く。
「この貸しは大きいからね」
「はい、しっかりと返させていただきます」
「よろしい、じゃあ、挨拶をしなきゃいけない人達をまわるんでしょう。行きなさい」
アルムは彼女を言葉に深く頭を下げその部屋を後にした。