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覇黒の剣聖と至天の聖女  作者: satori
第一部序章 終わりと再開
2/15

0-1


雲一つない夜空に幾万の星々が輝きを放ち、銀の光を優しく地上におろしている。


高さ十数メートルにも及ぶ巨大な城壁に囲まれた【迷宮都市クヴェレシア】。

迷宮より持ち帰られる数々の希少資源、魔導具により【シェンメーア王国】最大級の人口を誇る都市の一つである。


迷宮とは、巨大な魔力の噴出口に出来た巨大化する洞窟で、魔物や魔力によって様々な物が生み出される場所だ。

そしてその膨大な魔力は、強力な魔物を生み出し溢れ出させる可能性があるので、各国ではその上に結界を張り迷宮と呼んで、その上に管理をする為の街を作る。


街の真ん中に位置する迷宮入り口から、東西南北に数十キロの住民たちに大動脈と呼ばれる巨大な道が走り四等分にしている。

大動脈から平行直角になる様に道が作られ見下ろすと碁盤の様に見える。

それらの道を行き交う人々の顔には、幸せそうな表情が浮かんでおり充実した日々を過ごしているのだと分かる。


迷宮よりもたらされる巨万の富があってこそだと言われるだろうが、それらが街全体に行き渡っているのは間違えなく統治している者の功績だ。


「分かってしまうと恨めないのですよね………まったく」


誰の耳にも届かない呟きは空に溶けて消える。

そう呟いた本人は、迷宮の真上に作られた都市最大の建造物であり、国内最長の高さを持つバベルと言う名の塔の頂点に立っていた。


彼は絹の様に細い銀の髪を夜風に揺らし、蒼い目に星の様に煌めく人々の生活の明かりを移している。

顔立ちは中性的で幼さが残って入るが非常に整っており、丈の長い真っ白いコートを夜風に揺らす。

そして腰には二本の無骨な黒い剣を吊るしている。


少年が立つ場所は人が立てる様に作られている訳ではない。

人が訪れる事が出来る場所は、そこから十数メートルは下、さらにそこも地上百メートルをゆうに超える高さで、その半分の背丈の建物さえ周囲にはない。

しかし、街を見下ろす少年の目に恐怖の色はない。むしろよく知った道で散歩をしている様な落ち着いた表情を浮かべている。


少年がゆっくりと視線を街から空へ向けた。

視線の先では、雲一つ無く大きな満月と煌めく星々が光を放つ。

そんな夜空を見て少年は表情を歪め、息を吐きだした。


「誰も思ってないでしょうね………今日この街が滅びるなんて」


誰かがそれ聞けばまるで理解されず、正気を疑われる様な発言。

下手をすれば虚偽の事実を流布し、騒乱を起こそうとしたと言う事で牢に入れられそうな発言だが、幸いこの場には少年以外誰もいない。


少年の瞳には煌めく星と一つの黒い星が映っていた。


黒い星、それは凶行の前兆と呼ばれている星で、国が毎日観測し、探している物。


それが空に現れると地上であるモノが生まれる。


それは魔王種が誕生する前兆。

魔王種は成長すれば必ず魔王にまで上り詰めるので、魔王の子供とも呼ばれる。


子供と言えそれはいずれ魔王となる強種であり、生まれたてであっても複数の都市を滅ぼす力を持った人の不具の敵だ。


少年は視線を再び街へ向ける。

まず貴族街にある最も巨大な屋敷へ、そしてバベルの近くにある教会へ。

少年は口元に小さく笑みを浮かべ塔の頂点から跳んだ。

気の弱い誰かに見られていたら何をしている、と叫ばれてしまうであろう行為。


一瞬の浮遊感の後に体中を風が打った。

銀の髪と真っ白いコートの裾が音をたてて翻る。


そんな愚かしい行為をしているさなか少年は懐かしさを覚えていた。


自殺とも取れる様な事をした少年だったが、バベルから程よく離れた建物の屋根に音もなく、まるで小さな段差から降りたかの様な自然な様子で着地した。


自然な動作である事が最大の不自然。


それを見ればまるで落下した勢いが無くなったかの様なそんな印象を持つだろう。


少年が立つ場所は、先程まで塔の上から見ていた教会の屋根。

そこにゆっくりとしゃがんみその屋根を撫でる。

この世界ではある一定の格式の建造物には、外部からの攻撃に対し魔力を遮断する素材が使われている為、魔力を感じ取り中にいるとは感じ取る事は出来ないが、彼の目当ての人物は最もここにいる可能性が高い。


「アリス………今度は僕が守ります………行ってきます」


そう呟いた瞬間、少年の姿が消える。


数秒に満たない間に少年は城壁にまで辿り着きそれを飛び越え街の外へ出る。

少年の姿は異様その物、蹴った地面も僅か程の砂も舞っておらず、まるでそこに存在しない虚像の様だ。


誰も気付かれる事なく少年は街を出て外に広がる森林に飛び込んだ。


森は不自然な程静まり返っている。

外は少し歩いただけで直ぐに魔物が襲い掛かってくるのだが、今日はそれがない。

そして肌に当たる空気からあるべきものを限りなく気迫にしか感じ取れない事に少年は気付いた。

大気中に一定以上存在しているはずの魔力が森へ入った瞬間に急に希薄になっている。

より深く感じ取れる様に意識を集中すると、魔力はある一点に向かって動いて………吸い寄せられている事が分かる。


数分程走ると少年は足を止めた。


音を置き去りにする速度で走っていたにも拘わらず、周囲の枝葉を揺らす事もない。

さらに停止に要した距離は零で地面に僅か程の痕跡もつけない。


足を止めた少年が視線を向けた先は、匙で掬ったかの様な椀状の表面のクレーター。


そしてその中央に渦巻くどす黒い魔力。


それは強力な魔物が誕生する直前に見られる現象。

少年は目を細め腰に吊った剣の柄を掴み静かに鞘から抜いた。


抜き放たれた剣は簡素な拵えで実用一点張りである事が伺える。

その刀身は光を飲み込むかの様な漆黒の金属で作られていて、視線に対し刀身を水平にすると見失う程に薄いのが特徴といえば特徴だ。


正面から見ると一見露店で投げ出され売られている様な貧素な剣に見えるが、しばらく刀身を見ていると吸い寄せられる様な不思議な艶と妖しい雰囲気がある。


少年は地面を蹴りどす黒い魔力に接近し、両手に持った剣を振るった。


「………駄目ですね」


少年がいくら斬りつけてもその魔力が消える様子はない。

だが、その結果は分かっていた様で少年の瞳に落胆の色はない。

逆にそれで消えたのなら、それこそ驚愕の感情を見せた事だろう。

現時点の本体は空に浮かぶ黒星であり、目の前の魔力は幻影に近いものだからだ。


少年はクレーターの中央から一足飛びにその縁へ移動し、天を仰いで黒い星を見る。

その星は徐々に小さくなって行き、小さくなっている分が目の前のどす黒い魔力が増えていっている様に魔力は大きくなっていく。


「………来る」


黒い魔力が一気に集まり球体になった。少年は卵の様だなと思った。

そこから魔王の子供………魔王種が出てくるのだから間違っている訳ではないだろう。


亀裂が入った様に見えた刹那、肉体では聞き取れない轟音をばら撒いで爆ぜた。


少年の銀の髪と白いコートが、球体のあった場所から吹き荒れる風で激しくはためいた。

黒い魔力が薄くなり風が収まると視界が晴れ、そこには黒い炎を身にまとった偉丈夫が立っていた。

頭髪や髭もその揺らめく炎で出来ており、身に纏うローブに似た服も同様だ。


少年がその姿を見た瞬間その瞳に激情が宿った。


「あ?なんだ小僧?」


少年の視線に気付いた偉丈夫は鷹の様に鋭い視線を少年に向けた。

視線に込められた膨大な圧は、常人などそれだけで死に至らせるかもしれない。


「こんばんは魔王イグナモノス………いえ、魔王種イグナモノス。

僕はアルムと言います」


アルムと名乗った少年は、まるでそんな圧は無いかの様に微笑んで告げた。一瞬前に浮かんでいた激情は瞳から消えていた。

名乗ってもいないはずなのに自らの名を呼ばれた魔王種………イグナモノスは訝しげな表情を浮かべた。

そして少年からは何も感じなくなった。感情や殺気はもちろんの事、この世界のすべての物に宿っているはずの魔力さえも感じない。

訝しげな表情の色はさらに濃くなる。


だが、次の瞬間、イグナモノスが体に纏わせていた黒い炎が膨張しアルムへ襲いかかった。

炎は拡散していく様子はなく大きさを縮めイグナモノスの元へと戻った。

先程までアルムが立っていた場所は地面が蒸発して吹き飛び、表面は硝子の様な光沢を放っている。

人がいたという残滓は何も残っていない。


イグナモノスは先程まで顔を合わせていたアルムの事は頭から消され次に殺す人を探した。


それこそが魔王種であり魔物である。


人を殺す事に一切の躊躇はなく、直前にどんな事を思っていたとしても最終的に頭に浮かぶ選択肢は殺す事なのだ。


次の目標は直ぐに見つかった。

数十万の人の反応。さらに自分の同胞たちが結界で閉じ込められている。

イグナモノスは次に向かう場所を決めた。

そこにいる人を皆殺しにし、結界の内部に閉じ込められた同胞を開放する。


足に魔力を集め走り出そうとした瞬間。


「もう少しお話しましょうよ」


背後から聞こえるアルムの声。

同時に放たれた魔王種の目を持ってしても霞む程の斬撃。


「っ!?」


濃密な死の情景を幻視したイグナモノスは半身をのけぞらせ斬撃を躱した。

しかし、完全に躱す事は出来なかった様でイグナモノスは首筋から痛みを感じた。

イグナモノスの首は半場まで両断されており、生まれたてである事が幸いし完全に実体化しきっていなかった。

その為、吹き出すのは血ではなく身にまとっている黒炎に似た魔力だ。


「貴様っ!」


イグナモノスは牙を剥いてアルムに叫んだ。生まれて初めて感じる痛みに怒りを隠そうとはしない。

叫び声と同時に撒き散らされる膨大な魔力は即座に黒炎となり周囲の樹々を焼きつくした。


イグナモノスの目の前に悠然と佇むアルム。両手に持つ黒剣を振るうだけで黒炎や熱は断ち切られていく。

最初の戯れの様に放ったものではなく、殺気を込めて放った攻撃があっさりと掻き消された事にイグナモノスは驚きを隠せない。


「貴方はこの世界に存在して、息を吐かれる事さえ耐えられない程の恨みがあるのですよ。

生まれたての様ですが………死んでください」


そう言いながらアルムは再び笑みを浮かべた。

彼の言った言葉はどこか矛盾している。

何故、生まれたばかりの存在に恨みを抱いているのか………自分が魔王種だから?いや、彼から感じる物はその程度の物ではなかった。


その笑みはまるで貼り付けられた様な物だった。そしてその瞳は硝子の様に見え一切の感情を伺えず、冷たい光を放っている。

その表情はまさにそう………絶対の存在から命を受け、それを達成するだけに存在する美しい天使の様………滅ぼす事こそが正しい事であり、自らの至上の役目だと。


アルムの体が一切の前兆なく動き出し、肩から鞭の様に振られた剣は、音も無くイグナモノスへと向かう。


存在しないのは音だけでは無く、予備動作も殺意も魔力の微動さえ無い。

動き出すタイミングが一切を感知する事が出来ず、瞬時に最高速度へと達する為、本来の速度よりも遥かに速く感じる。


イグナモノスは全身に膨大な量の魔力を流し込み身体の力を強化する。

それは人が『身体強化』と呼ぶ魔術の元となった現象だ。

それによって上昇した身体能力によってアルムの剣をかろうじて回避した。


今回は先程の様に体を傷つけられる事はなかったんで、イグナモノスは少しホッとした様な表情を浮かべる。

しかし、アルムの剣は先程の速度が無かったかの様に軌道を変え、イグナモノスを追う。

強化された身体能力を持ってアルムの攻撃を回避していくが、回避し体を移動させた先には黒閃が待ち構えている。


イグナモノスは目を剥いて斬撃を躱し続ける。


数秒の間にアルムが放った斬撃は数十を遥かに超える。イグナモノスの体にも数えきれない程の傷が刻まれていた。

体に纏う黒炎を使い攻撃を仕掛け様とすると、アルムの剣が黒閃がとなり同時に炎を吹き散らす。

魔王種として殆ど無意識で使える黒炎であるが、ほんの僅かに意識が裂かれるだけでアルムの剣は反応出来ないものになる。


「逃げないでくださいよ」


呟きと同時に蒼色の瞳だけが動きイグナモノスへと向かう。

人形の様な不気味な動きに、イグナモノスは背筋に氷が差し込まれたかの様な悪寒が走る。

最早、何度目かなど数える事も出来ない程に放たれてきた急所への斬撃。

それを魔王種の強靭な肉体性能と『身体強化』の二つを持って回避する。


そしてイグナモノスは確信する。

魔力も感じさせず、本当にこの世界の生物であるかどうかも分からない存在であるが、このままではアルムは自分を消す事が出来る存在であると。


イグナモノスは体にさらに膨大な量の魔力を流す。先程までは纏っていた黒炎は体から溢れ出す様になり、さらにその状態から体その物が黒炎に変化した。


これを先程の様に人が魔術とした物で表せば、その名を『転華』。


自らの体を魔術へと変化させる事で物理的な縛りから外れる。

さらにそれまでとは違い体を魔術へと変えている為、魔力の伴わぬ現象で体を削る事が出来なくなる。

身体強化系の頂点の魔術であり、同時にすべての系統で見ても最高位に位置する魔術である。


人間にとっては、熟練の魔術師であっても発動にも少なくない準備時間を要し、さらに数分で魔力を使い切る様な魔術であるが、魔王種であるイグナモノスは瞬時に発動させ、それを維持するだけならば数時間は保つ。


イグナモノスは剣を振るうアルムを嘲笑する。

これでもうアルムはイグナモノスを殺す事は出来ない。

完全にこの世界に定着し肉体化が進んでいれば、最初の斬撃で殺せたかもしれない運のない奴だと思いながら、イグナモノスは黒炎となった腕の形を剣の様に変えアルムへ斬りかかる。


生まれたてであるが彼は魔王種。世界に産み落とされた瞬間から戦い方は解っており剣を使う事も造作も無い。

振られた黒炎の剣は単純な速度という面ではアルムのそれと大差は無い。


アルムへと迫る刃。それへアルムは一切意識を向けてない。

しかし、何て事は無いかの様に黒閃が走り黒炎の剣は両断される。


速度がさらに上昇したのだ。


彼の剣には予備動作という物が皆無である為、今がどれくらいの力で、後どれほどまで上昇するか分からない。

イグナモノスはあっさりと反応された事に僅かに驚いているが、剣術だけに関しては魔王種である自分を遥かに上回っていると思っていたので、さほどでも無かった。


だが次の瞬間、イグナモノスは真に驚愕する事になる。


両断された先の黒炎を操作し繋げ様としたところ、一切の操作が出来なかった。

体を黒炎と変化させた今、放たれる魔術は全て彼の体となっている筈なのに、その感覚が消えている。


魔力の繋がりが切断されたのだ。

それが出来るとすれば同量以上の魔力をぶつけられた際に起こる現象。

だが、魔力は一切感じる事は出来ない。


自分の感覚がおかしいのかと思ってしまう。


それでも魂に刻みつけられた戦闘知識と直感は即座に手元から黒炎を伸ばし、剣を作り直す。

さらに逆の手からも剣を伸ばし二刀流の構えをとった。


そして剣の様に維持するのではなく、黒炎を鞭の様に使い切断されても即座に伸ばす事で、魔術的な繋がりが切断される事を無力化した。


イグナモノスは、アルムから一定の距離を撮り続け、さらに隙を見て黒炎で幾つもの魔力球を作り出し飛ばす。

最初の攻撃の様に、自分の視野を潰す様な攻撃を放つと即座に回り込まれてしまう事から、その様な小さい攻撃を選んだのだろう。


アルムは振り下ろされる鞭状の黒炎を払い飛来する魔力の球を落としながらゆっくりと歩を進める。

イグナモノスはそれに応じてゆっくりと距離を取っている。


黒炎で作られた鞭や魔力球は、例え切り払われてもその場に膨大な熱を残す。


アルムの踏む地面はすでに赤化し高度と保てていない。

そんな普通の生物だったら予熱だけで死に至る様な温度である中を涼しい顔で歩いているアルムは、はやり何らかの理由で魔力を感じ取れない様にしているだけなのだろうと、そうイグナモノスは考えた。


刻み付けられた戦闘知識の中に一つの推測が浮かんでいるが、イグナモノスはそれだけはないと頭から追いやろうとする。

長引かせるのは危険だと思ったイグナモノスは自身の使う事の出来る最強の手札を切る事にした。

一度に二十の矢を放った瞬間にイグナモノスは詠唱を始めた。


「【目覚めよ、我が力の根源】

【汝は全てを焼き割く者】

【万物破断、万人平伏、煌焔の瀑布】

【傲岸不遜、傍若を尽くす大剣】

【屠所へ歩ませる黒炎の覇王】

【無二の武具よ、我が名に従い、来たれ、『心装』】!!」


詠唱が始まると同時にイグナモノスの体に渦巻く魔力の増大を感じ取ったアルムは、地を舐める様な体勢で駆け矢の下を抜ける。


イグナモノスの心臓部分から棒状の様なものが出てくる。

それは大剣の柄だ。

腕でその柄を力強く掴み一気に振り抜いた。


熱せられた空気は瞬時に爆音に変化し、衝撃波へと変わる。

衝撃波と熱は地を這う様に移動するアルムの背を焼く。


「運の良いやつだ!」


自身の攻撃を最小限の被害で回避したアルムに向けて叫ぶ。

アルムの背後では数百の樹々が粉砕され、粉塵となって吹き飛ばされている。


イグナモノスの手に持たれているものは全長三メートルをゆうに超える分厚い大剣。

光沢のある漆黒の素材が重なり合う様にして歪な形の剣を作り上げている。


そして巨大な大剣を小枝でも振り回すかの様な気楽さで扱い、それを上段に構える。


「これは、どうだ!」


距離を詰めるアルムに振り下ろされる大剣。

大気を震わせ、刃と空気の接触面では圧縮された事により自然現象として膨大な熱が発生した。

それはまるで天より落ちる隕石の様な威圧感を放っている。


イグナモノスはその身を持って地上に災禍を地へもたらす………正に魔王の威風を放っていると彼は思っている。


小細工が得意である事は、これまでの戦いでよく理解が出来た。

おそらくアルムは暗殺が本来の領分なのであろう。

だが、それでも力をつける事が出来、勘違いをしてしまったのだ。


全力を相手に悟らせずに放つそれは確かに驚異的だ。

しかし、ネタが割れてしまえば力を持って叩き潰せばいいものだ。


と、イグナモノスは考えているし、アルムも目の前の子供がそう考えているのだと予想している。


静かに振り上げられた不気味な程に黒い剣。

先程までの剣速も比類なき速度であったがそれがさらに加速する。


二つの黒い剣がぶつかり合う。


深夜の森に染み渡った刹那の静寂。


イグナモノスの大剣が………否、体が完全に停止した。

彼が感じた衝撃などはなく、剣がぶつかり合った際に返ってくる反動も一切ない。


「一体何があっ!?」


あまりの静けさにそう呟いたイグナモノスの腹部から、言い表し様のない衝撃を受け無様な声を上げる。

吹き飛ばされながらに見えたアルムの体勢から自分が何をされたのか分かった。


腹を蹴られた。

ただ、それだけ。


しかし、イグナモノスは『転華』を発動させており、魔術化した体は魔力の通ったものでしか干渉が出来ぬ筈。

だが、彼にそれを考えている暇はない。自分が大剣を下ろし生み出した力よりも遥かに大きい衝撃を体に受け、吹き飛ばされている為だ。

イグナモノスは、上下の感覚が分からなくなりながらも、黒炎を噴出する事で速度をゆるめ様としている。


アルムが蹴り飛ばした方向は街の反対。

これより先は何かをさせる気はないが、ああ言った手前は最後に何をしでかすか分からないので念の為だ。


アルムが一度の斬撃で『転華』を使っているイグナモノスを削る事が出来るのは、数字に表せば小数点の後ろに数えきれぬ程の零が続いた後に一が現れる様な程度だ。

それならどうするか、アルムの行う事は非常に簡単で、限りなく愚か………消えるまで斬るそれだけ。


そんな考えとも言えない考えをまとめたアルムが地面を蹴る。

イグナモノスに追いついたのは、ちょうど速度を殺して地面に足をつけ大剣を構えた瞬間だった。


アルムが最初に狙ったのはその大剣。


それは『心装』と呼ばれる物で膨大な魔力で作られた魔力の結晶である。

つまりそれを砕く事が出来ればかなりの量の魔力を無駄さにさせる事が出来る。


アルムは体を両腕で抱く様に剣を構え同時に振る。

視認も出来ぬ速度で振られたアルムの剣は、イグナモノスの持つ『心装』の大剣をあっさりと両断した。


そう簡単に壊せるものではないのだが、アルムはそれを容易になした。

アルムは当然とも言う様な様子で、イグナモノスは目の前の光景が現実である事さえも思えない様だ。


そんな状態で次の行動が早いのはアルムだ。


斬撃を放った後の硬直などは刹那の間ほどもせずに攻撃を開始する。


アルムは剣を振るう速度体内で循環させ、次の斬撃につなげる事を最大限に考えて作りだした独自の剣技、“無限”に入った。


二人の間に無数の黒閃が乱れる。

イグナモノスが逃げ出そうとすると剣閃が回り込む様に襲いかかり、逃亡を妨害される。


「ききっ………貴様はあぁっ!?」


アルムが斬撃を放ち始めてから十数秒。

イグナモノスが突然口を開き何かを言おうとすると、アルムの剣が鋭く煌めき首を斬る。

表情から特に感情は伺えない。


五月蝿いからと言うよりは、口から魔術を一度放っているので攻撃方法を潰しに行ったのだろう。

いや………魔王種である彼は、大半の魔術を無詠唱で発動出来るはずなので、やはり五月蝿かったのだろう。


剣技につけられたその名の通り無限に続くかと思った斬撃は、その十数分後に終わる事になった。

その間に放たれた攻撃は万を遥かに超えた。そこから桁が一つ変わろうとした際だった。


イグナモノスの首が飛び、アルムが大剣に向けて放った知覚の出来ない斬撃よりも遥かに速い斬撃が放たれた。

斬撃は地面に落ちる間に微塵となるまで放たれ、頭部であった物は風に乗って消えた。


微塵となったそれには一瞥もする事はなくアルムの視線は残った体に向かう。

そして何事もなかったかの様に剣は振るわれ、幾つ目か分からない傷が刻まれ様とした瞬間、剣が停止する。


首のない体は糸の切れた人形の様に地面に倒れる。

それだけなら罠と思うところだが、その体は次の瞬間には魔力となり消え、そこには拳大の宝石が残った。

魔物や魔王が死んだ際に起こる現象、死体の魔石化。


それを見届けたアルムは、イグナモノスが完全に死亡したのだと結論づけ、両手に握った黒剣を鞘に収めた。


剣が鞘に収まる瞬間、接触部分より発せられる涼しい音が沸騰する地面の音を遮り森に響いた。


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