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冒険者ギルド。
それは世界の至る国の村にまで支部を構える世界最大の組合である。
命をチップにし膨大な報酬を得る。
似た様なギルドに傭兵があるが、こちらは一定以上の規模のある都市にしか支部を構えておらず規則も厳しいし、人と戦うのが主な役目であり魔物は殺せても人は殺しづらい者が大半、それに加え所属する為の試験などもある為、冒険者ギルドよりも敷居が高いとされている。
そんな敷居の低さからも様々な人間がそこには集まる。
英雄に憧れる幼い子供たち、働く場所のない犯罪者予備軍など様々。
ギルドには、どんなに小さい支部であっても質の差はあれど、人の持つ力である職業を変更する為の魔術具が用意されていて、他に比べれば少額で使う事が出来る。
様々な人間が集まるのは、王都の冒険者ギルドでも同様だ。
ギルドの受付嬢という数十倍と言う倍率の試験を合格し、今年で勤続二年目になるレノーラはそう思った。
彼女は今年で二十五となったのだが、低身長とメリハリのない体で十代前半に………人形の様なと評される外見をコンプレックスに持っている女性だ。
受付嬢の試験を合格出来ている事から、彼女の容姿が優れている事は間違えないのだが、声をかけてくる冒険者はそっちの趣味のものであり、辟易している。
王都のギルドは国内最大級の大きさを誇る。
石造りの三階建て千人近い冒険者が同時に利用する事も出来るほどに広く、一階がDランクまでの冒険者達が使用し、二階をCランク以上の上位冒険者、三階は会議室となっている。
建物のすぐ横には、騎士団の一個大隊………約千人同士で模擬戦闘を行える程の広さの訓練場も併設されている。
冒険者ギルドには必ず建物内にあると言われている酒場には、今日を休日としている者たちが酒を飲みながらたむろしている。
冒険者たちというのは、控えめに言っても平穏に生きている住人たちからは厄介者扱いされる。
彼らの生活を支える為にも無くてはならない物とは理解していても、自分たちを遥かに超える力を持つ者たちに近付かれたくないというのは、自然な感情と言える。
よって、十数人でいくらと言われる低位冒険者の彼らが昼間から酒を飲める場所など、ギルドの酒場くらいしかない。
「よお、なんか割のいい依頼は出てたか?」
「そうだなぁ、アルギネ森林の中層域で発見された豚人の集落の討伐はどうだ?」
豚人、それは豚の頭を持つ人型の魔物で、二メートル近い身長に分厚い筋肉と脂肪を纏っている。
ギルドが認定した戦闘能力評価は、ランクはDで一人前の冒険者と同等の力を持っている天然の戦士だ。
「馬鹿野郎、そりゃあれだろうが、集落の長が王級だったっていうやつだろうが、王級ってこたぁ率いているやつは最低でも千って所だ。
その規模の集落を落とす時に必須の魔術を言ってみやがれ」
「上一級の天冠魔術だろ、ま、千は最低でもっていう数だから出来りゃぁ五個分は欲しいな」
「そうだ、で、その魔術が発動出来る魔術師は?」
「無条件でCランク認定」
「俺たちのランクは?」
「Dランクだ」
そういった瞬間に離していた男と周囲にいた男たちが笑い出す。
「そういうこったぁ、しかも王級は通常種よりも戦闘能力評価がニつはランクが上がるつまりBランクだ。
俺らは遭遇しただけでも死ぬだけさ、んじゃ、真面目なやつを頼むぜ」
「そうだな………」
ふと、酒場から届く酔っ払いたちの声が消えた。
黙った連中の近くにいる者たちもそれに気づき、同じ様に黙っていく、そして完全に沈黙しきった時に、レノーラを含む受付嬢は一体何かと思いそちらへ視線を向ける。
酒場からざわめきの声が消える時なんて、緊急依頼が出され酒場にいた者たちも揃って出た時くらい………つまり、何年に一回あるかないかと言う頻度だ。
先程まで酔いながら明日の予定を練っていた者たちが向いている方向はギルドの入り口。
そこから銀髪の少年が歩いてくるのをレノーラたち受付嬢は見た。
少年の身長は辺りの冒険者たちに比べて頭一つ分ほど低く、体も細い。
後衛職の魔術師かと思えば腰に二本の剣をつっているので前衛職という事になる。
だが、身につけているものが真っ白なコート………魔物の皮などではなくそれらの毛を使った布製。
おそらく、魔装具なのだろうが身を守る物としてはあまりにも心もとない様に見えた。
そして特に威圧感も魔力を感じる訳ではないのに何故、こんなにも静まり返っているのだと受付嬢たちは首を傾げた。
少年は黙り込んでいる冒険者たちを不思議そうな目で見ながらゆっくりと受付まで歩いた。
顔が識別出来る距離になった時に少年の顔を見た。
少年は今まで荒事どころか日の光にも当たった事がないかの様な白い肌をしており、目元を隠す長さの髪は歩く際の風で揺れるほど細く柔らかい。
口元は衿の大きなコートによって隠されているが、目元や鼻筋を見るだけでも少年の顔が整っている事は容易に想像する事が出来る。
受付嬢たちは貴族の子供が英雄願望を持って現れたのだと思った。
それ程までに少年の存在はギルドの中で異彩を放っていたのだ。
少年はレノーラのカウンターの前に立った。
選んだというよりも開いている受けつかの数が少なく、入り口から最も近かったと言うだけだろう。
冒険者たちが依頼を受けていくのは、日が上がった直後つまり早朝だ。現在の時刻は十時、昼にはまだ早いがそれでも朝と呼ぶのには少々首を傾げる時間だ。
依頼を受ける者が少ない時間帯に多くの受付を開けておくのは人員の無駄なので、この時間帯は勤続年数の少ない受付嬢が立つ事になっていて、レノーラ以外の場所で開いているのは二箇所だ。
少年を冒険者と見られなかったのは、場違いとも言える綺麗な外見もあるが、こんな時間に現れたと言うあたりも原因だろう。
「すみません、依頼を受けるのはここで宜しいでしょうか?」
レノーラの対し少年はそう問いかけた。
彼女は首をかしげる物の少年がすでに冒険者となっていると理解した。
「依頼はそこにある依頼書の張ってある掲示板がありますよね。
そこにランク別の依頼が張り出されているのでそれを自由に選んでこちらに持ってきてください」
「あ、そうだったのですか、僕が今まで使用していた支部だと依頼は受付で聞いて受ける物だったので、ご丁寧にどうもありがとうございました」
少年は頭を下げてレノーラの指差した掲示板の前へ移動した。
目ぼしい依頼は朝の内にすでに取られ、それ意向に貼られた新規の依頼も現在飲んだくれている冒険者たちが持っていっている。
本来は注意すべき事なのだろうが、この階に貼られている依頼はどれも緊急性の低い物である為、殆ど注意はされない。
少年は貼られている枚数に首を傾げたが、おもむろに一枚の依頼書を裂き再びレノーラの元へ移動する。
「これをお願いします」
少年が持ってきた依頼書を見るとそれは、アルギネ森林の調査依頼。
調査依頼とは非常に高額な報酬の出る仕事の一つ。
内容は、読んで字のごとく森の内部にどんな魔物、樹木、草がどの程度の密度で分布しているか、大規模な群れや集落は出来ていないか等を現地で確認し、書類を出す事で報酬が得られるという物。
しかし、依頼書の書かれた報酬額は満額の数値であり、書類の内容によっては報酬がなくなるという事は珍しくもない。
この世界において街の外とは、いつ魔物が生まれても不思議ではないという場所だ。
魔物が生まれるのは雨や嵐と同じ自然現象と考えられている。
草原や林、森に山と人の住んでいる場所から離れれば離れる程生まれる魔物は強力になる。
王国と帝国の勢力圏を分断するかの様にそびえる一国よりも巨大な巨山地帯は、亜竜種級の魔物が子鬼の様に出現すると言われている程だ。
人々が迷宮と呼んでいる物は、人間の生活圏から縦に距離を取り魔物を生み出す場所というだけだ。
つまり、街から離れるという事は迷宮に潜っていく事と殆ど変わらないのだ。
「この依頼の意味は理解されていますか?」
レノーラも一応親切心で少年に問う。
冒険者は自己責任の職業であり、個人や商会などから出されている依頼以外のギルドが募集している依頼は、その階を使う資格さえ持っていれば、自身のランクは問われない。
その為、ギルドに登録したてのGランク冒険者が、この階で受けられる最大ランクであるDランクの依頼を受けるのも自由で、それを受付嬢たちは止める必要がない。
「はい、元いた街でもこの様な依頼はよく受けていたので」
「まあ………理解しているのならいいですけど」
少年がそう答えるのを聞いたレノーラは大丈夫なのかと思いながらも慣れた手つきで依頼の処理をする。
ちなみに文字が書けるかどうかは、この国においては幼少期に入れる学校が村々にまであるので、書けない者の方が珍しく聞く事も稀、そしてアルムの身なりを見て書けない筈がないと思っている。
「一応、お名前を聞いても宜しいですか?」
「アルムともうします」
「………アルムさんですね………はい、では調査が終了したらこの用紙と共に調査結果を纏めた書類を提出してください」
レノーラは少年の名前を最後に記入した書類を渡す。
少年は軽くお辞儀をすると冒険者ギルドを後にした。
彼がギルドから出た瞬間、ギルドに併設されている酒場で酒を飲んでいた冒険者たちが一斉に体制を崩した。
レノーラを含む受付嬢たち、さらに奥で書類仕事をしていた事務員、酒場の店員も揃ってぎょっとした。
彼らの顔は血の気が引いていて紙の様な色をしていて、額には汗がびっしりと浮かび、息も絶え絶えと言った雰囲気だ。
「何………もしかして今の子が何かしていたの………」
レノーラは先程までアルムと話していた為か呆然とした表情でそう呟いた。
しかし、目の前にいたにも関わらず、受付嬢になる条件としてCランク程度の実力はあるが、何も感じ取れなかった。
「そう言えば………あの歳で見た事のない顔だったのにあの飲んだくれ共が誰も絡まなかった?」
レノーラの隣の受付からそんな言葉が聞こえてきた。
そして同時にはっとする。
歳の若い新顔の者にそれなりのランクの冒険者が絡むのは、冒険者ギルドに昔からある悪習の一つだ。
しかしそれは、絡まれた者がどの様に対処するかで性格をはかる事が出来、絡んだ者とつながりを作り先輩から雑用などの仕事を任されながら、冒険者としてのノウハウを身につけるというメリットもあるので、ギルド側としては黙認してきた物だ。
そして中には、絡んだ者を正面から叩き潰すと言う暴挙を成し遂げ、将来有望な新人を即座に発見する等の大きなメリットもある。
とは言ってもそれをする冒険者は、上位の冒険者から殻を破れない者がする事としていて、彼らからはあまり評判のいい事ではない。
「どう言う事………いつもの飲んだくれ共なら絶対に見逃す筈がないのに………」
レノーラはそう言うと冒険者たちから話を聞こうと思った。
しかし、顔色を悪くしていた冒険者たちは、息がある程度整うとテーブルに酒代を叩き付けて逃げる様にギルドを後にした為、誰からもまともな話は聞かなかった。
彼女はあの時に一体何があったのだとモヤモヤしたまま受付に立っていた。
日が落ちる時間帯となり、依頼から帰って来た冒険者たちによってギルドの中が騒がしくなってくる。
受付嬢一人につき数十組の冒険者たちが列をなし、依頼の達成や失敗の報告を入れ、事務手続きをする中下心を持った彼らの誘いに角が立たない様に断っていく。
いつものこことは言えあまりの忙しさに先程までの感情は押し殺され、淡々と事務処理と冒険者の相手をこなしていると、昼前に現れた少年が列の中間で冒険者たちに絡まれていた。
「てめぇ!もういっぺん言ってみろや!」
周囲にいる冒険者たちよりも頭一つ分以上背が高く、腕の太さ太い巨漢の男性冒険者が、昼前に現れた少年に今にも掴みかかろうとしていた。
「ですから、先に並んでいたのは僕ですし、僕の後ろにも並んでいる方がいるのでその後ろへ行くべきだと言っただけですよ」
少年は目の前の冒険者に恐怖を感じていないのか、はっきりとした声でそう言った。
自分の考えをはっきりと言う事が出来る勇気ある者か、それともどの様な状況に自分が置かれているか理解出来ていない愚か者か。
少年が言った言葉は、間違えなく一般常識であり、どんな子供でも知っていて、理解も出来る。
しかし、冒険者ギルドは一般常識が通用しない場所だ。
「はっ、お前みない顔だからここのルールってもんがわかってない様だな」
「ルールですか?
ギルドの定めたルールなら全て暗記していますが………横入りを容認する様な物は記憶にありませんが」
少年の返答を聞き、巨漢の冒険者は、腹を抱えながら大きな声を上げ笑った。
彼らを囲う様に出来ていた冒険者たちも少年に哀れみと嘲笑を向けた。
「分かってねぇなぁ頭でっかちの坊っちゃん。
冒険者って言うのはな、力なんだよ、冒険者同士の闘いにギルドは介入しない、力あるものが無い者に対してどんな対応をしようが、自由!
それによく見ろや、お前の後ろに並んでいる奴に俺の文句を言っているやつがいるか?」
男は凶悪な顔に歪んだ笑みを浮かべてアルムの後ろの者たちを見た。
彼らは自分たちは関係ないと言わんばかりに顔をそらした。
「ほら、分かっただろ?文句を言っている奴はいないんだよ。
まっ、そりゃぁ、当然っていうやつだ。俺はもうすぐCランク昇格試験を受ける権利が手に入る。
つまり、この階で俺に勝てるやつは数える程しかいないだよ」
男は顔を背けた者たちを見下しながら再び大声で笑った。
「ここまで生け簀の中の一角雑魚と言う言葉が当てはまる人間がいるとは思いませんでしたよ」
一角雑魚とは川や湖に生息する小さな魚形魔物。
ギルドの戦闘能力評価は最低のGで何ら戦闘能力を持たない村人でも狩れる。
最弱の魚形魔物である為、食用として飼育される際には同サイズの普通の魚と飼われる。
最弱の評価をされるとは言え魔物は魔物、自然界において同系統の魔物の捕食対象でしかないが、生け簀の中においては頂点に立てる。
その事から狭い世界の基準で威張り散らす愚か者と言う意味で使われる。そしてそれに付属し、外に出ても直ぐに痛い目に見るだろ?と言う意味でも使われる。
同じ様な意味の言葉はいくつもあるが、これは最も有名でそして最も侮蔑的な物だ
男はぽかんとした顔で固まっている。
「どうかしました?
それともこの程度の言い回しを理解出来なかったのでしょうか………流石に腕力が全てと言っているだけあって知性がない様ですね。
では、生け簀の中の一角雑魚、一角雑魚とは」
少年が本当に説明をしようとした瞬間、男が動いた。腕を動かし背に吊ってある両手斧を引き抜いた。
男はCランク間近という事に偽りはないらしく、無詠唱で『身体強化』を発動させ間を入れずに火属性を付加させる。
「馬鹿にするのも、大概にしやがれ!」
周囲の者たちが止めに入ろうとするが間に合わない。
それが可能な実力を持つ受付嬢たちは、両手斧の描く軌道は少年の前髪を掠めるだけであると見切り、生意気な口を叩いた自業自得であると静観した。
次の瞬間、周囲の冒険者や受付嬢たちも含め信じられない光景を見る事になる。
「な!?は!?ぐぅ!?」
巨漢の冒険者の持つ両手斧、その重さは先端の刃の部分だけでも十数キロはある特注品。
戦う者として一つ目の壁とされるCランクに至ろうとしている者が持つに相応しい武器だ。
男の使う『身体強化』も属性が付加されていて動きもスムーズ。
それを見ていた受付嬢たちもその両手斧をまともに受けたくはないと思わせる一撃だった。
つまりそれは攻撃力という面ではCランクに到達していたと言える。
だが、強化された身体能力で振り下ろされた巨大な質量を持ったそれは、少年の二本の指に挟まれ停止していた。