1-6
「それで聞きたい事とは一体何でしょう?」
注文も終わったのでモニカにそう問いかけた。
「ええと………それじゃあご出身は何処ですか?」
「迷宮都市クヴェレシア」
「冒険者になるにはうってつけと言われている場所ですね。
何歳の時に冒険者登録をなされたのですか?あ、後、差し支えなければ、戦闘訓練を始めた時期なども」
やけに口早に質問を重ねてくる。
Bランク冒険者が憧れの存在であるという事は知識として知っていたが、ここまでの反応をされる程の物だったかはあまり記憶に無い。
普通の街では高位冒険者は直接依頼が殆どギルドで見る機会が少なく。
迷宮都市のギルドでは、迷宮に潜る事が主たる目的だったので常時少なからず高位の冒険者がいたからだろうか?
「冒険者登録をするよりも戦闘訓練を始めた時期の方が早いですね。
剣を初めて持ったのは三つの時で、冒険者登録をしたのは六つになる歳です」
「すごいそんな早くから………家が冒険者の家系だったりするのですか?」
「いえ、親はいません」
実際にはいるし今も健在だが、親子関係である事は法的に抹消されているので嘘ではない。
ただ、育ててくれた………心配をしてくれた相手はおそらく、今生において最も付き合いの長い鍛冶師のアセロだろう。
「あ、あの………その………ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。
この剣を打ってくれた鍛冶師………アセロさんによくしてもらいましたから」
アルムは気にしていないと示す為、剣の柄頭に手を置いて微笑む。
モニカもその動作と表情を見て、アルムが本当で気にしていないと分かり、ホッとした表情を浮かべた。
「その人が親代わりになってくれたという事ですか?」
それでも次の質問は恐る恐るといった様子だった。
「はい、行くあてのなかった僕を育ててくれましたから」
「そうだったのですか………」
「ええ、ですから気にしないでください」
「分かりました」
冒険者ランクを話してからそうだが、モニカが最初に感じた警戒感はかなり減退している。
無愛想だと思っていたのも、親代わりの人物の事を話す際はほほ笑みを浮かべる。
他の人よりも感情表現が控えめなのだろうと思う様になっている。
アルムから見ればその様な感情の変化は見るだけで分かる。
「それじゃあランクはどのくらいの速度で上げたのですか?」
「迷宮に入る許可が降りるDランクまでは一ヶ月程で上げました。
その時に少々過剰と言える様な話題になってしまったのでそれ以来ランクは上げていませんでした」
「すると………つい最近まではDランクのままだったという事ですか?
それでは実力に釣り合う能力を持った冒険者とパーティーが組めなかったのでは………それで一体どの程度の階層まで攻略したのですか?」
「そういう事になりますね。
ずっとソロで迷宮は攻略していました。
最終攻略階層は七層まで」
アルムはそう言いながらギルドカードを取り出して到達階層を表示させる。
これはギルドにその階層から取れる魔石や素材を一定以上提出すると変更してくれる物で、迷宮へ潜る冒険者達の実力を示す指標としても使われる。
モニカはアルムの言葉と見せられたギルドカードを見て驚愕の表情を浮かべる。
「クヴェレシアの迷宮の第七層って………もうひとつ下に降りたらAランク冒険者が攻略を推奨される最前線じゃないですか………七層だってBランクがパーティーで攻略する事を推奨されているのに………」
アルムは、驚きを隠せていないモニカを見ながら本当は、八層よりも更に下の九層に主に潜っていたのだと知ったら、どんな反応をするのだと思いならが落ち着くのを待っていた。
その階層が攻略階層に表示されないのは、アルムがフェリシーに頼んだからである。
ちなみにアルムがその階層まで攻略しているのを知っていながら、昇格の時に何か目に見える証拠を必要としたのは、アルムが持ち帰る魔石や素材は全て内密に処理されていたからであり、記録に残っていないからだ。
それでも知っている者は知っていて、フェリシーがAランク昇格の許可の共同推薦人にしようとしていた他の街のギルド長もその一人だ。
「あ………すみません、アルムさんを放っておいて一人で考えこんでしまって」
「自分で言うのも何ですが、ソロ攻略で七層まで攻略していると聞いたら驚きますよ」
それは実質的に限りなくAランクに近いBという事になるからだ。
「あ、あのシェンメーア学園に来た理由は一体何なのでしょうか?
しかも、中等部にアルムさん程の実力者なら高等部に入学出来たと思うのですが?」
アルムはその問に目付きを細める。
「僕には同い年の幼馴染がいましてこの学園に通っていましてね」
モニカの中でアルムが言っている幼馴染と言うのは初等部から中等部へそのまま上がれた者という事になる。
知っている人かなと頭の中でその名簿を思い浮かべる。
「少々厄介な連中に目をつけられていると知りまして………その目をつけている方々を摘みに来たのです」
モニカはアルムの平坦で落ち着いた言葉に寒気を感じた。
魔力を放っていなければ殺気を放っている訳でもない。
ただ平坦に明日の天気を言うかの様にその恐ろしい事を平然と口にした。
そしてモニカはアルムの言っている幼馴染が誰であるか予想がついた。
彼と彼女がどうの様に関わりを持ったのかは分からないが、彼女の方からも幼馴染の男の子がいると聞いていたのですんなりと胸に落ちた。
そのタイミングでウェイターが注文の品を持ってきた。
味はモニカが勧めてくるだけあってとても洗練されていた。
高いと思っていた値段設定だったが、これならば正規の価格であってもむしろ安いくらいですねと思った。
「あ、そう言えば気になっていたんですけど」
「はい、何でしょう?」
モニカがケーキを半分ほど食べそう言う。
「アルムさんは何時入学試験を受けたのでしょう?
私も全ての合格者の名前を覚えている訳ではないのですが、同じ中等部のそれも特待生の名前は全て覚えていた筈なのですが?」
彼女からの質問を聞いてアルムは、むしろ何故これを先に聞いてこなかったのでしょうかと思った。
「そうですね………迷宮都市のギルド長とは、昇格を断り続けていた件で個人的な関係があるので、推薦状を書いてもらったのです」
アルムはモニカがまたぽかんとしている顔を見ながら話を続ける。
「そして今朝の入学試験受付にその推薦状を渡し、それを所持している事で健康診断や魔力量属性測定、筆記試験は受けなくても良い事になり、その後特別な試験を受け合格を貰い今に至るという状況です」
「………今のアルムさんの状況を説滅としては、これ以上のないくらいに整合性が取れているのですが………ギルド長の推薦状ですか………それもあの到達階層の冒険者ならありえるのでしょうか?」
「どうなのでしょう?
僕達が街を出る朝にギルド長の腹心を務める方が届けてきてくれたので」
「それもすごいと思うのですが………」
アルムの彼女からすれば常識の外にある発言を聞きもう苦笑いを浮かべるしかなくなっている。
「まあ、腹心の方が来たのはおそらく朝起きる事が出来なかったからでしょうが」
「あの………それで迷宮都市のギルド長が務まるのですか?」
「妖精族なので仕方がないと言えますね。
起きている時は………優秀な部下をしっかり使っています」
アルムの言葉は、優秀な部下たちがいるのでギルド長が仕事をする事が出来なくても問題がないという意味だ。
「………本当に大丈夫なのですか」
「実力は確かですよ。
現在でもAランク級の魔術師です。
迷宮都市のギルド長に最も求められるのは、緊急時の戦闘能力ですから、その面で言えば彼女は最適の人材ですね」
「なるほど………」
モニカは何だか裏話を聞いてしまったかの様な気持ちになってアルムの説明に頷いた。
「そう言えばアルムさん、アルムさんが使う事になった部屋………と言うよりも部屋の階は多人数用の部屋が作られている階ですよね?
誰か共に暮らす予定の方がいるのでしょうか?そもそも何故、その階の部屋がアルムさんの部屋のなったのでしょう?」
「共に暮らす人物がいると聞かれれば、肯定、です。
その部屋を紹介された理由は聞いていません。
用意してあったかの様に取り出して好きに使いなさいと言われただけですからね。
ただ、理由の予想はつきます」
「どんなでしょうか?」
「ギルド長は他の街のギルド長と情報の遣り取りをする為の通信水晶を持っています。
それはこの学園の長も同じでしょう。
自分が推薦状を渡した人物が向かうと知らせを入れ、その際に僕の事を説明したのかもしれません。
入学の理由もギルド長には話していたので」
「なるほど」
二人はその後お茶とケーキを食べ終えるまで雑談を続けた。
食事を終えた二人は入口付近に設置されているレジへ向かう。
モニカがレジ打ちをするウェイターに学生証を渡し、レジに設置されている溝に入れ読み込ませると値段が表示されていた電子版の数字が減った。
その値段で精算を済ませ、背後からウェイターにまたのご来店をお待ちしていますという声を聞きながら店から出る。
「今日はありがとうございました。
いいお店を紹介してもらいご馳走になってしまいました。
いずれお礼をしたいと思いますので伺います」
アルムが頭を下げて礼を言うとモニカは驚いた様な表情を浮かべた。
「そ、そんなアルムさん、頭をあげてください。
こちらがから誘った事ですし、先に失礼な事を言ってしまいましたし、ええと………だから、そんなアルムさんに頭を下げられる様な事では………」
モニカは自分の顔の前で両手のひらを振りながらそう言う。
同時に何か別の話題はないかと頭を巡らせる。
「あ、そう言えばアルムさんの用事って一体何だったのですか?」
昇降機乗り場でアルムが言っていた事を思い出し、モニカはそう問いかける。
「用事ですか?
迷宮都市で利用していた装備屋の店長さんたちから、知り合いがやっていると言う店を紹介されたので、それぞれの店に挨拶を。
後、試験で破損してしまったコートの修復術式の付加を依頼しようかと思っていました」
「店の位置は分かっているのですか?」
「いえ、王都には昨夜ついたばかりなのでこちらの地理には慣れていません」
「昨夜到着して翌日に入学試験を受けたのですか………いえ、すみません何か理由があったのですよね。
では、お店の名前は何ですか?知っているお店なら案内が出来ますが」
「少し待ってください」
アルムはアイテムポーチへ手を入れ先程しまった紙束を取り出す。
「ここです」
アルムが取り出した地図に書いてある店の名前は、王都で戦闘に関わる者なら必ず一度は聞いた事があるという有名な物だった。
「あ、このお店なら知ってますよ。
案内しましょうか?」
「いいんですか?
フェニクスさんもどこかに向かう用があったでは?」
「入学試験の手伝いをしようかと思っていましたが、それは自主的なものなので問題ありません」
「それではよろしくお願いします」
アルムは、モニカの返答を聞いて少し考える様な素振りを見せた後に、その申し出を受け入れた。
アルムとモニカの二人は、特待生寮の正面口から出て魔車乗り場へ移動した。
魔車とは魔力を動力として動く四輪の車で、都の住人たちの慣れ親しんだ移動法となっている。
王都内では安全の為、各所に駅とそれらを繋ぐ専用の道を走る様に決められている。
「最初はどこに?
コートの修復魔術のかけ直しを頼むので服屋からですか?」
「ええ、そこからでお願いします」
アルムがそう答えるとモニカは、案内板を見て自分たちの目的地の周辺に移動する魔車を探す。
魔車に乗り込む前に駅員に乗車料を渡し、魔車を動かす魔術を起動させる使い捨ての魔術苻を受け取る。
ちなみにこの支払いも、寮内の店並の割引はされなかったが学生証の割引がされた。
二人は魔車が待機している場所へ向かう。
魔車の外見は非常にシンプルで箱に大きな四つの車輪がついている。
それが常時十車程停泊している。
二人は停車している物の先頭の車両に乗り込み受け取った魔術苻を魔車に貼り付ける。
魔術苻から魔車の走行術式が彫り込まれた魔石へ起動命令が送られ、待機状態になっていた魔力が魔力を作り出し術式が動き出す。
すると魔術が発言した時特有の低い音が魔力探知能力に長けた二人の耳に届く。
二人が扉を閉め安全帯で体を固定するとひとりでに魔車が走り出した。
「決められた道の上しか走れないとは言っても便利になったのですよ」
アルムが魔車を興味深そうに見ていたのが伝わったのか、モニカがそう話しかける。
「そうなのですか?
これまでだって馬車があったのですから、そこまで大きな変化はないのでは?」
アルムが今まで見てきた都市での長距離移動は馬車がメインだった。
専用の道を走りかなりの速度を出す魔車よりは遅いが移動が出来るのは同じはずだ。
彼がその事を伝えるとモニカは苦笑した。
「確かにそうかもしれませんが、今までは馬車に決まって止まっている場所が少なく、なおかつ停まっている台数も少なかった。
そしてそこで待機している馬車の運転手たちへの報酬も高かったので今の様に全ての者たちが気軽に乗れる様な値段ではなかったんです」
モニカの口調からは何やら私怨じみた物を感じ取れた。
「フェニクスさんその時の馬車の値段に何やら恨みでもあったのですか?
この様な言い方は失礼かもしれませんが、その程度の金額を気にするとは思えないのですが」
アルムからすればそれは単なる気まぐれ。
どの程度時間がかかるかは分からないが、無言でいるよりはいいと思ったからもある。
すると先程までは落ち着いた雰囲気だったモニカの様子がガラリと変わった。
アルムがどうしたのでしょうと思っていると、正に息をつく間もないと言う表現がぴったりなほどの速度でその理由を話し始めた。
それは長く前後している話もあったので要約する。
モニカは属性公爵家の人間だったが、初等部の時代には自由に使えるお金はとても少なかった。
身の回りの物や装備などは、家や使用人が用意してくれて、特待生の持つ特典の割引のおかげで現金を持つ必要が殆どなかったからだ。
純粋に学園付近で生活しているだけなら問題なかったが、同年代のしかも身分の違う友人たちが出来るにしたがい徐々に友人たちと街へ出かける様になる。
最初は学校周辺から徐々に行動範囲を広げ、王都にすむ友人たちの家にも行く様になる。
慣れていくとその区画で有名な食べ物なども買って食べる様になった。
その時に一番負担となっていたのが移動費という訳だ。
アルムはそれを聞いて整理しながら親の文句が出ないのが不思議に思い聞いた。
曰く、今になってその意味がよく理解出来たからだという。
自由に使えるお金が手に入ったのは、年齢が十歳に達し冒険者ギルドに予備登録出来る様になってから。
この予備登録というのは、文字通り本登録の前にする物でその際に貢献度を貯めると本登録の際にかかる代金が免除される。受けられる依頼は基本的に街の内部で完結し安全な物。
モニカはその依頼をこなし、さらに人口迷宮で訓練をしてお金を貯めた。
そしてその時に嫌という程お金の大切さとやりくりの仕方、稼ぐ大変さを学んだという。
王国の属性貴族は領地を持たないので使うお金は全て自分で稼いだ物。
家を保つ為に最低限の金額は支給されるが、貴族としての付き合いがあるのでそれをしているとまるで足りない。
生まれた瞬間から、報酬が高いが危険の多い仕事につく事が決定されていると言っていい。
その為、属性貴族の子供には、しっかりとした金銭感覚をもたせる様な教育をされるのは珍しくもないと聞いていたが、想像以上の様だ。
さらに話は続く………実際はこちらが先だったが。
魔車が登場した事により人々の行動範囲は飛躍的に広くなる。
それにより王都で様々な店でより個性的な物を出す場所が増えたと言うのだ。
モニカが興味を持ったのは食べ物だ。
遠くから客が来れる様になり一部の者しか好まない物でも商売が成立する様になったからだ。
彼女が言うに百を超える店を渡り歩いたのだという。
「それにしても意外ですね」
話を聞き終わりアルムがポツリと漏らす。
「意外とは?」
モニカは何の事かわからずにぽかんとしていると、徐々に自分が喋り続けた事を自覚した。
「………すっ、すみません。
こんな私の愚痴の様な話を聞かせ続けてしまって」
「ああいえ、気にしないでください。とても興味深い話でしたよ。
僕が意外だと思ったのは、モニカさんが街に出て様々な物を食べているという事にです。
てっきり、先程紹介していただいた場所で食事をしているとばかり」
「学生証の割引を使って利用しているというのもありますが、Bランク冒険者であるアルムさんの格に合う店となるとあそこかなと思いましてちょっと見栄を。
後、食べ歩きをするというと皆さん同じ様な反応をするのは何故でしょう?姉様や兄様達も同じ様な事をしているのに」
そう言ってモニカは不満そうな表情を浮かべる。
「そうなのですか………そう言えば、魔車の数を揃える事や専用の道を作る事、さらにその道を買う為の資金は一体どこから………余程余裕がある者や商会でないとここまでの事は出来無い様な気がしますが?」
アルムはこのままにすると愚痴を吐き続け、それに気付いた時にまた謝るという流れになると予想が出来たので少々強引に話題を変えた。
その転換にモニカも気を使われた事に気づいたのか苦笑を浮かべ、咳払いをした。
「その理由は魔車の基本設計から走行術式を開発したのは、学園の高等部生が集中となっているからです」
「それが一体どの様な関係が?」
モニカの返答に納得が出来なかったアルムが聞き返す。
「学園の公式の成果として国へ技術を発表し、街の道を作り手入れをしている部署と交渉して出資をしてもらいました」
「あの学園に所属している人物が開発したものだったから出資を受けるのが容易であったと?」
それなら金額の問題はある程度解決すると思った。
「広まった理由をもっと正確に言うのなら、学園や研究所などで開発された最新技術は失敗してもいいから試すのが王の意向だからです」
アルムはそれを聞いて大胆な事をするのだなと思った。
その方針は作り出された技術によっては、今まで存在していた業種を完全に潰す様なものであるからだ。
「ああ、もちろん反発もありましたよ。
ですが、既存の者たちが得をするよりも新しい物を取り入れて全体が得をするべきだとも考えているからです」
アルムも現国王がその様な思考の持ち主である事は知っていたが、この様な事をしているとは知らなかった。
何故なら以前彼が生きていた世界で、魔車の存在はなかったからだ。
情報を得ようとしていなかった現在とは違い、以前は積極的に情報をしれていたのだから間違えない。
アリスが聖女候補に選ばれた様に少しずつ記憶とずれている事を強く思う。
アルムはこれから何が起こるか分からない中でアリスを守れるのかと考えた所で、人の生とはそもそもそう言うものだなと思い苦笑を浮かべた。
モニカの案内で店を回り彼女のおすすめの店で食事を取ったアルムは、別れ際に今度は僕のまた会いましょうと言って寮の昇降機で別れた。