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覇黒の剣聖と至天の聖女  作者: satori
第一章 王都への旅立ちと賢者
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1-5

「広い………そしていい部屋ですね」


アルムは用意された部屋に入ると真っ先に着替えを済ませ、内部を一通り見るとそう呟いた。

部屋の家具や内装、機能の質はそこらの貴族の館と同レベルか上回るだろう。


彼が住む事になった中等部特待生寮の外見は、白い石材づくりで所々にレリーフが彫られている見るからの周囲の建物とは、かけられた金額が違うと思わせるものだった。

階数も十二階と他の建物よりも頭一つ高い。


アルムが使う様に言われた場所は九階の高層にある部屋で、ベランダから広がる王都の景色は圧巻だった。

純粋にここよりも高い場所ならバベルに登った時に見たが、学園の近くという事で他の区画よりは整っているとは言え、やはり様々な建造様式で作られた建物が並ぶ街並みは見ていて圧倒される。


アルムは景色から視線を外すと脱いだコートを置いた洗濯場へ向かう。


サフィとの戦いで切り裂かれたコート以外の衣服は廃棄する事にした。

同じ様にずたずたになったコートを何故そうしないかというと、これはまだ使えるからだ。


冒険者や騎士といった戦闘を行う者たちが着る服や鎧には、様々な魔術が付加されており魔装具と呼ばれる。

それらに付加される魔術で最も人気のある物の一つは修復の魔術だ。

防御力の上昇や軽量化と言った魔術よりも修復は人気があり、そもそもそれらは元となる装備が摩耗すると、付加された魔術の効果も低くなる。

その為、修復を付加させ追加で付加をさせる事が出来るのなら、付加をするという場合が多い。


アルムの愛用しているコートは、迷宮都市のある職人が完全に趣味で作り上げた物で安売りされていたところ目に入ったので購入した。

一応、一流の職人が趣味という事で採算を度外視して作れたので、質は悪く無いどころか一級品と言える。


「後から聞いた話では、それがばれて奥さんにひどく叱られたらしいですが、同情は出来ませんでしたね」


賢者の作り出した魔術の嵐の中、原型が残っていると言えば、その性能の良さが伝わるだろう。

金属製の鎧であっても、原型どころか拳大の塊が残ればいい方であっだと、アルムは思う。


だが、アルムには魔力が無いので着ているだけで直ってくれるという訳ではない。

その職人には、所持している魔力が極端に少なく他の者と同じ様にはならないと説明し、その場合の修復魔術の発動方法を教わった。


まずコートを水に沈める。

次に魔石を粉砕した物を水に入れる。

この時の魔石は等級がいい程推奨され、粉砕の度合いもより粉に近く、さらに粉砕したてが良い。

これはアルムの得意な事だ。


アルムはアイテムポーチから取り出した上五級の魔石を取り出す。

Bランク冒険者がパーティーで討伐が推奨される能力を持った魔物が残す物で、当然の事だがそれなりの値がつく。


それを貯めた水の上で魔石を両手で包み込む様に持つ。

アルムが力を込めると魔石はふるいにかけられた小麦粉の様に細かくされる。

高い等級、より粉末に近く、さらに時間をかけずに専門の錬金術士もこれ程までに魔石を粉末化させる事は出来ないだろう。

アルムは続けて二つ三つと粉砕し水に入れる。合計で五つの上五級の魔石を水に混ぜた。


これで十分もすれば元通りになる。


「………あれ?」


十分が経過し水から取り出すと大半の傷は消えているのだが、残っている傷がある。

魔石の粉末を混ぜた水からはまだ魔力を感じるので魔力が足りなかったという訳ではなさそうだ。


「そうなると考えられる原因は………付加された魔術の寿命が来てしまったという事でしょうか?」


アルムは困りましたねと呟きながらコートを見る。

初めは安売りをしていたからという理由で買ったコートだが、長い間着ていたので少なくない愛着を持っているし、貰った二つ名である白虚の白もこのコートから取った物だ。


アルムはアイテムポーチの中から懐中時計を取り出し時間を確認する。


「アリスとの待ち合わせには………まだだいぶ時間がありますし、この時間を使って紹介された店に挨拶に行っておきましょう」


一応、どの様に試験を受けるか分からなかったので、一般の受験者の試験が終わった後に待ち合わせていたので、時間はたっぷりある。

それに駄目にされてしまった分の服も買わなくてはいけないので丁度いい。


アルムはアイテムポーチから紙の束を取り出す。

それらは鍛冶屋と服飾店、靴屋の三つの封筒に入った紹介状とその近辺の地図だ。


それを手に持つと、コートをと三つの紹介状をアイテムポーチへ丁寧にしまう。

コートを着ていない時に使う剣をさげる為のベルトを取り出して腰に巻き、地図は手に持った。


アルムは部屋に鍵をかけ昇降機へ向かう。

ぼたんを押して扉が開くのを待つ。


妙に閑散としている。

アルムはこの階に来た時に感じた事が再び頭に浮かんできた。


完全防音の壁で音が漏れる事はないので静かなのは当然なのかもれないが、人の出入りの気配がここまで無い場所というのはアルムもそう見た事がなかった。

いや、何度か訪れた無人となった館も同じくらい人の出入りはなかったはず。


「ああ、きちんと手入れされているからこんなにも違和感を覚えるのでしょうか?」


足元の床は一般庶民が鏡に使えそうな程に磨き上げられた大理石。

壁の等間隔で設置された一点の曇もない銀で作られている魔石灯。


「まあ、アリスがいれば十分ですね」


彼女がいればそんな事は気にならないなと思いながら呟く。

ごく自然に同じ部屋で暮らす事になるクララを忘れている辺り、彼の盲目の程がよく分かる。


そんな事を考えていると上層に止まっていたらしい昇降機が降りてきた。

まず樹の枝を模した白銀のレリーフがたたまれ、その向こうのモノクロの扉が開く。


「あら?」


アルムが昇降機に乗ろうとすると中らかそんな声が聞こえた。

声が発せられた方向へ視線を向ければ、燃える炎の様な赤い髪を腰まで伸ばした少女いた。

少女は止まった階層と入ってきたアルムを見て首を傾げていた。

その際に二人の目が合うが、アルムは随分と派手な色彩を持っていますねと思っただけだった。


アルムは同乗者を気にしたのはその瞬間だけで、奥に進むと腕を組んで背を壁に預けると、目をつぶって最下階に到着するのを待とうとした。


「あの………ちょっといいですか?」


気にしていなかったのはアルムだけで、少女は見覚えのない同乗者を殆どが警戒で気にかけた。


流石に声をかけられてまで無視をするのも外面が悪くなるので目を開く。

改めてその顔を見るが、顔立ちは非常に整っている。長い睫毛に覆われた二重の大きな赤い目も可愛らしく人目を引きそうだ。


だが、一種の完成された美を持つサフィを見た後である。

さらに言えば彼にとってアリス以外は見たとしても感情が殆ど動かない。


「はい、何でしょう」


その為、アルムの顔を覗き込む様に顔を近づけていても実に冷静だ。


少女はアルムの返事を聞き、丁寧な口調なのだが冷たいと感じる声に一歩ひいた。

それは純粋にこれまで会ってきた者たちと比べて感じた言なので、純粋な勘違いなのだが仕方がないだろう。


「貴方の名前は何ですか?」


「アルムです」


アルムにとってはいつもの口調で語気なのだが、少女はそれを冷たく感じた


「ここにいるという事は中等部の特待生という事………ですよね?」


「そうですよ。

今年から学園に通う事になる者です」


アルムの答えを聞いた少女は、記憶の中にその名前があるか思い出そうとするが、目の前のアルムという少年の名前はない。


「申し訳ありませんが、入学証明証や学生証等、何か身分を証明できるものを持っていませんか?」


少女は視線を鋭くし、アイテムポーチから紅い魔石を各所へはめ込んだレイピアをアルムへ向けながら問いかける。

同時に魔泉ソースから静かに魔力を組み上げて体の中心に集め、魔術の発動準備をしている。


殺気に近い物をぶつけられてはいるが、アルムからすれば子犬が………いや、まだ満足に動く事も出来ない生まれたての仔ウサギが威圧をしている様な物だ。

だが、名前を聞いていた上でここまで、はっきりとした警戒をぶつけて来るという事は、おそらく学園の中で生徒の情報を閲覧出来る身分という事になる。


「現在、入学証明書は学生書は所持していないのでこちらでいいですか?」


アルムはズボンのポケットにしまってあるルームキーとギルドカードを取り出して少女に見せる。


ルームキーはそれがないと昇降機の扉を開けられないので驚きもしていないが、アルムから見せられたギルドカードを見て少女は顔を青くした。

それは正に血の気が引いて行くという表現にピッタリだった。


「も、もも、申し訳ありません。

数々のご無礼をお許し下さい」


少女は昇降機の中で耳が痛くなる様に大きな声でアルムに謝罪の言葉を伝える。


彼女も一般的に見れば才能に恵まれた者だという事は、アルムから見ても分かる。

しかし、アルムの歳でBランクという位を与えられるという事はそう言う意味なのだ。


ギルドカードの不正は不可能なので、魔装具であるコートを着ていない為に見えるアルムの体が少女の様に細かったとしても、目の前に立っているのに魔力をまったく感じないと言っても関係ないのである。

ちなみに前者の事もありアルムは大半の場合にコートを着ている。


「いえ、お気になさらず。

僕も気にしてはいませんので………そう言えば、あなたのお名前は?」


アルムがそう言うと少女は、まだ自分は名乗ってもいなかった事を思い出した。


「申し訳ありません。

私の名前はモニカ・フェニクス。

王立シェンメーア学園中等部一年生徒会補助部に所属しています」


彼女がそう言うのと同時に昇降機は最下階に到着した。

予想通り彼女は生徒会の関係者であったが、名乗った苗字にアルムは眉を顰める。


フェニクス………シェンメーア王国に於いて属性貴族と分類される公爵家の一つ。


王国の貴族は大きく分けて二種類ある。

一つはアルムが生まれた家の様な国家や都市の運営に携わる統治貴族。アルムの実家もこれに該当する。

もう一つはモニカの家の様な特殊な属性を守り伝えていく事を目的に作られた属性貴族。


公爵の位を与えられた属性貴族は六つ。


フェニクス公爵家はその中の第四位の家で数多くの実力者を排出している。


アルムは昇降機から降りたら彼女の事は無視し、さっさと挨拶に行こうかと思っていた。


「あ、あの………」


アルムはその思い通り立ち去ろうとするとモニカから声をかけられた。


「何でしょう?」


顔だけ振り返り用件を聞こうとする。


「もう少しお話を聞きたいのですがお時間よろしいでしょうか?」


「この後、用事がるので………いえ、先程の試験で疲れましたし、軽食を食べながら少しなら構いませんよ」


アルムにとって相手からそう言われたのなら、断らなくても良いだろうとは思う程度に関心を惹かれる家柄だ。

これからおそらく自分は、学園内でも問題を起こすだろうし、それ以降も問題行動をするだろう。


振りかかる害は出来る限り自分で払いたいとは思うが、保険となる物はありすぎて困るという事はない。


用事があるのでとアルムが口にした際、驚いた様な感情が彼女から感じ取れた。

これは相当に周りに家柄や容姿から良くして貰っているのだろうと予想出来る。


「この寮の一階は、どうやらホテルの様に開放され、様々な店舗が入っている様子………お茶をするのに適して店など知っているのなら教えて貰えますか?」


アルムは手に持っていた紙を折りたたみアイテムポーチへしまいながら、昇降機より降りてすぐに見える看板の群れを見て言う。

彼が言った通り一階のフロアは日用品から装備品など様々な商品を扱う店舗が軒を連ねている。


「はい、ここのお店はよく利用しているので案内は任せて下さい」


そう答えるとこっちですと言いながらアルムを案内する。

最初は不審者扱いされていたというのにこの変化。

これは使えますねとアルムは感じ、Bランクになっておいて良かったと思った。


「ここです」


モニカに案内された店はかなり奥にある物で見るからに高級店。


「ここは人も少なくてお茶もお菓子も美味しいんですよ」


店の説明を聞いてアルムは店先に置かれているメニュー表を見て値段を確認する。

Cランク冒険者の依頼一回分の値段………一般的な家庭なら一週間分の食費と同等。


(人が少なくて美味しいのは当たり前でしょう………)


と、学生がこんな金銭感覚を持っていて大丈夫なのかとアルムは、かなり本気で心配をした。

実力さえあれば入学が可能な学園、彼女の様に金銭的に余裕がある学生だけではない筈だが………


そんなアルムの考えも知らずにモニカは店内に入っていく。

店内には二人を除いて客はおらずまるで貸し切りの様だ。

二人が店内に入りすぐにウェイトレスが現れ席に案内をする。


「どうかされたのですか?」


アルムが店内を見渡しているとモニカにそう問われる。


「いえ、随分と客がいないのだなと思いまして」


「今は学園が休みですから」


アルムはモニカのその返答に首を傾げる。


「学生が多く訪れるという事ですか?

普通の学生がこの様な店に入れるとはあまり思えませんけど?」


「学園の関連施設では学生は学生証を出せば成績に応じた割引がされます………あ、アルムさんは学生証をまだお持ちでは………」


モニカのまた顔が青くなる。

アルムが先程学生証を持っていないと言っていた事を思い出したのだろう。

そしてそんな彼女を見ながらアルムは随分と感情が顔に出ますねと思った。


「そうですね、持っていませんが、お気になさらず。

これでもBランク冒険者、このくらいの金額なら払えますから」


アルムは渡されたメニューを見ながらそう答える。


「ああ………いや、でも………今回は私が払います。

誘ったのは私ですし、私の学生証なら九割引きになりますし」


「………そうですか、ではお言葉に甘えて」


無理に断る理由もないだろうし、次に話しかける口実に使えるかと思ったのでアルムはモニカの申し出を受け入れる。

そうは言っても奢りだからと言って非常識な注文をする気もない。

アルムはモニカが注文を決めたのを見計らってウェイターを呼び、彼女にも勧められたお茶とケーキと注文した。


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