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覇黒の剣聖と至天の聖女  作者: satori
第一章 王都への旅立ちと賢者
10/15

1-4

アルムが来ると思った瞬間には、すでに彼女はお互いの剣の届く範囲にまで接近していた。

彼は彼女の踏み込みは、まるで自分のそれの様だと思った。


しかし、アルムはそう思った瞬間にその考えを否定する。


他の人間が魔術でやっている事を自分は、身体能力と体術で強引に再現しているに過ぎない。

むしろ魔術を極め新たな道を開拓している先駆者に対し、自分と同等を思うのは正に思い上がりだ。


アルムは全身を一斉駆動させ瞬時に最大速度を作り出し“無限”を使う。


アルムが“無限”と呼んでいるそれは、彼が作り出した剣技のすべての基礎であり奥義。

生み出した速度を体内で循環させ、体力の消耗を限りなく零に近づけた型であり、敵の回避行動まで組み込んだそれは、敵を斬るまで止まる事がない。


四本の刃が激しく乱舞し激しくぶつかり合う。

お互いにその場に留まるのではなく動き続ける剣を振るう。

二人は瞬きをする間に立ち位置を大きく変える。


そうなると魔力で刃を作り上げ、間合いを自由自在に変更する事が出来る彼女の方が有利に見え、事実彼女の方が有利だ。

しかし、アルムは膨大な戦闘経験から相手の刃の伸縮の速度をも見切り、鼻先を掠める様な距離で回避する。


すると彼女は空中を跳ねた。


先程見せた不自然な起動。

上下左右を自由に駆け回り斬撃を放つ。

アルムの間合いの外から放たれる両腕を広げ、挟み込む様な同時斬撃。

彼はそれを刃と柄頭を使い剣一本でしのいで見せる。

そして続けて放たれた足からの魔刃をも直前の斬撃の勢いを利用し動かして叩き落とす。

温存しておいた片方の剣で胴を薙ごうとするが瞬時に後退し回避される。


彼女は驚かせるつもりで初めて見てみせた足からの魔刃。

心の中で他の人はよく斬られてくれるんだけどなぁと呟いた。

珍しいものではあるが、使い手が零ではないし、元は暗器の技であり体術に含まれる物なので、対応出来ても不思議ではないかと思い警戒を一段階引き上げた。

それらの思考を刹那に終わらせると、彼女は空を蹴って加速した。


腕や足、肘や膝、さらに手首や足首などからも魔刃を伸ばし、様々な体勢から斬撃をアルムへ見舞う。

攻撃手段は彼女の方が圧倒的に多いのだが、次の攻撃に繋ぐ早さと相手の斬撃の威力を奪う技で速度をさらに上げ手数を同等のものにしている。


それは速度に自信があった彼女から見ても驚異的な事であり瞠目した。

そのあまりの理想形に彼女の剣が引っ張られる。


「っ!?」


彼女は目の前の剣をなぞろうとし、自らの失態に気付く。

剣技を支える肉体の性能や先読みの制度が違い過ぎるのだ。

それを真似し様とすれば体がそれに答えられず動きに遅延をもたらす。


それにより生まれで隙をつかれ放たれた横薙ぎを足元に魔力の爆発を起こし、連撃を受けぬ様に一気に距離を取る。

一歩二歩と空を蹴りアルムの頭上の空中に立つ。


飛び退いた彼女を見てアルムが「さて」と呟くと身を屈める。


彼ならばそんな姿勢を取らなくとも即座に跳躍が出来るというのに、これからの行動をあえて示す様な体勢。


アルムの姿が消える。


あまりの加速に彼女の視界から姿は消失したが、部屋一帯に広げている知覚がその姿を補足する。

自分に向かって一直線に跳躍し、首に向けて剣を振るっていた。


彼らしくない予備動作。

攻撃する場所の分かりきった斬撃。


彼女は首を横へ動かし斬撃を躱す。


何のつもりだと思いながらも、自分の立っている場所と天井の距離を考え次の行動を予想する。


「なっ!?」


先程彼女の首筋を狙った剣がその場で即座に反転し、再び首を切り裂こうとしたのだ。


彼女は先程も使用した魔力爆発を使いその場から飛び退き、地面に降り立つ。

そして自らの知覚が伝えるアルムの位置を確認し、自らの感覚と常識がおかしくなったのかと思った。


彼は空中に立っていた。


そう思ったのは一瞬。


たった一瞬で彼女は、アルムが一体何をしているのかを理解した。


「まさかと思うけど………重力を躱してるとか………言わないよね」


彼女のその言葉を聞いてアルムは驚いたと言う表情を浮かべた。


「よく分かりましたね。その通りです」


「浮遊してる姿を見ればそうとしか思えないね………一体どう言う発想力があればそんな事を考えるのだか」


呆れた様な口調だが、フードから除く瞳からは好奇と闘争心の色が溢れている。

アルムからすれば魔術で行われている軽量を再現しただけだ。

その魔術だって『浮遊』と言う名の下三級の物だ。


「考えたというか必要に迫られて習得せざるを得なかったというか………先程僕の腕力、体験しましたがどうでした?」


「うん?その見た目からは信じられないものだったが、それが?」


何の為の問だと思いながら彼女は律儀に返答する。


「僕の重量はその力に応じた物だとしたら………どうでしょう?」


「ん?そうだな………もしそうだったら竜の重量に等しい………ああ、なるほど、確かに必要に迫られてだ」


彼女は答えながらアルムが必要に迫られてという事に納得がいった。

例に出した竜は成体の物なら平均、数十トンはある。

そんな重量をあの小さい足から伝えられて耐えられる床や建造物はないだろう。


「さて………正直なところ少年に剣で勝つのは無理だね。

これでも鍛えてきたつもりだったのだけど手も足も出ない」


彼女はやれやれと肩をすくめる。

彼女も弱い訳ではないだろうアルムが読み取るに幾つかの流派の剣を修めている。

魔泉ソースの強化や魔術の習得を推奨される世界であるが、高位に立つ者が武術を修めている事は珍しくない。

しかし、そこまで多くの武術を修めているのはかなり珍しい


「このまま剣で戦って負けてもいいのだけど、流石に私にもプライドがあるからねぇ………普段の戦い方をさせてもらうよ」


彼女の全身から魔力が溢れ出す。

同時に放たれる冷たい殺気。触れれば切れる様な鋭さも持っている。


それは先程、アルムが頭の中で思い浮かべていた魔王種イグナモノスの威圧感を勝る。


アルムはその威圧感から正しくその力を読み取り喉を鳴らす。


「では………ゆくぞ」


「はい、よろしくお願いします」


アルムが言葉を返した瞬間から戦闘は再開された。

彼を囲む様に全方位から魔術の気配。次の瞬間、膨大な量の魔力で出来た刃がアルムの浮かんでいた場所へ伸びた。

伸縮の速度は凄まじく、彼女の加速よりも遥かに速い。


伸びた刃がアルムの体を貫いた。


「そんな事も出来るのかっ!」


彼女はそう叫び新しい刃を作り上げ背後へ伸ばす。

アルムはもう見つかったかと思いながら迫り来る刃を両断する。


先程貫かれたのは彼が残した影。

そんな事も出来るのかというのは、消える様に移動するだけでなく、残影を残して移動する事も出来るのかという意味だろう。


しかし、とアルムは思う。

残影が残っている様に見えたのなら、何故ここまで早い反応が出来たのか?


「『操作空間』ですか」


「ご名答」


問いと答え。

そんなやり取りをしている間にも数十の刃がアルムを襲うが、両手の黒剣が閃くと刃は落とされていく。

それでも全てを落としている訳でないので空中に複雑かつ乱雑な模様が描かれる。


アルムが口にした『操作空間』とは魔力を細く伸ばし、目で見なくとも色を、耳で聞かなくとも音を、肌で感じなくとも振動を、そして糸のある場所を自由自在に魔術発生地点にする事が出来る物。

それは一応魔術という事になっているが、万人が発動を容易にさせる詠唱の“発生言語”が作り出されていない。

その為、習得難易度は、一応上一級とされているが、無詠唱で発動させなければいけない為、実質的には特級クラスと言われている。


「通りで………初見で油断をしていた筈だったのに、空中での切り返しからの斬撃が躱される訳ですね」


「油断出来ない相手だと思っていたからね」


『操作空間』は初めから使われていたのだ。

この中にいてはどれだけ気配を消そうが無意味、動作を隠そうが直接伝わる。


「………すごいですね」


「そこまで身体能力で再現している少年が言っても皮肉に聞こえるな。

ちょっと本気で体を鍛えてみようかなんて考えてしまうよ」


「じゃあ、どうです?これからこっちだけで生きてみては?」


「いや、遠慮するよ。

魔力なんて物を持っているから少年ほど体を追い込む事が出来ない。

それに少年の頑張りは認めるけど………私だって頑張ってきたんだ………それを今更変更する事なんで出来ないし、私の頑張りは君に負けてない。

さて、お互いにもうお喋りはいいでしょ?ここからは終わるまで行こうか」


会話をしながらも刃の乱舞は収まっていなかった。

それどころかどんどんとその速度を増している。


そして言葉をかわすのをやめた瞬間、二人の速度は先程とは比べ物にならない程に加速した。

部屋を埋め尽くす様な刃の嵐が吹き荒れる。

さらにその刃の嵐を両断するかの様に振るわれるのが、彼女の手から伸びた魔刃だ。

その魔刃は魔術が触れた瞬間、魔力を分解する筈の滅魔鋼の床や天井に斬痕を残している。

アルムは今まで培ってきた剣技のすべてを持って彼女への道を開いていく。

刃の嵐は彼の体の表面を撫でる。その度に刻まれて行く薄い朱線。嵐の中に溶けていく赤。

全方位から容赦無く襲ってくる刃に、全てを斬り裂くと言わんばかりに振るわれる刃。

後者の方は滅魔鋼に傷をつけた事を含め非常に驚かされている。


一進一退の攻防。近づけば近づく程に増していく刃の密度。


そしてついに袈裟斬りに放たれた魔刃がアルムの黒剣を押しのけ紅い華を咲かせた。

剣が押しのけられた瞬間に下がっていたので傷はさほど深くない。

しかし、剣が押しのけられた事と後退を意図としない形で余儀なくされた点。


「これまで、ですね」


アルムは驚愕で目を見開きながらそう呟き後方へ跳躍。


「む?終わりか?」


「はい、ありがとうございました。

僕の負けです」


呆気に取られた様な表情を浮かべる彼女へ礼と敗北宣言をする。


「随分あっさりと淡白に負けを認めるな。

体中に傷を作って近づこうとしてきた人間と同一人物は思えない」


まさかそう言った作戦ではと勘ぐってしまう。


「いえいえ、これは貰ったとしても問題ないと判断して受けていた物です。

ですが、最後の一つは完全に入れられてしまいました。

今の僕ではあれ以上距離を詰めるのは危険ですね」


その状態でも普通の人間は十分に危険な状態なのだが………と言われそうだが、それを言う人間はここにはいない。

彼女がアルムの体には竜並の重量が秘められている。ならば竜並の生命力があっても不思議ではないと思っている。

彼なら腕が飛んでも生えて来そうだとさえ思っている。

証拠とは言えないかもしれないが、体に刻まれた傷を見ると、血が乾く前にすでに流血は止まり傷が塞がっている。


「少年の事だから、あの間合いからなら刃を急所以外は全て受け、剣を振るってくると思っていたのだが………」


「本当に命の取り合いをするのなら、それを実行したと思いますが、それをするのはどうかと、命の取り合いではありませんから」


笑顔で彼女の言葉を条件付きであるが肯定する。


「まあいい、試験は当然合格だ。

入学の理由があんな物なのだから、最低でも三年の付き合いになるだろう。

よろしく頼むよ」


そう言うと彼女は顔を隠していたフードを剥ぐ。

顕になるふわりとウーブのかかった髪。それは緑がかった金色で肩で切り揃えられている。首を何度か振り、髪を払うと目を開いた。

意志の強そうな金の瞳が顕になる。

派手な色彩に負けぬ神級の人形師が作ったかの様な顔。


アルムは予想をしていた彼女のプロフィールを頭に浮かべた。

エルフの王族の血を引くハイエルフでありながら出奔した者、王立シェンメーア学園の長。

シェンメーア王国最大戦力の一人、Sランク魔術師、絶断の賢者サフィ・サミナス。


「初めましてサミナス学園長」


「少年は近い内に同格になるだろうからサフィでいい」


「流石にそれは過分な評価で無茶を言いますね………では、サフィ様と」


アルムの返答にサフィは憚る事なく舌打ちをする。

彼の鉄壁級の笑みに亀裂が入りそうになる。


「と、ところで何故その様な格好を?」


「ああ、私に分かっていて剣を向けたとなると、少年へ文句を言う阿呆がいるからな。

その辺の配慮だ。悪かったな自己紹介もせずに斬りかかって」


「いえ、大丈夫です」


「そうか、常在戦場の心構えをよく出来ているな」


単に行われる試験の内容が予想出来たから警戒していただけなのだが、それを伝える必要もないと思ったので黙って聞く。

サフィは頷きながらアイテムポーチへ腕を突っ込む。


「さて、ほれ持っていけ」


そう言って投げ渡されたのは一枚の金属板。

ギルドカードに近い雰囲気を感じる。

カードの表面に書かれている文字と数字。

おそらくこれは何処かの建物の部屋番号、という事はこれはルームキーだろう。


「四人は住める部屋だ好きに使うといい」


「随分と用意がいいですね」


「手紙に書いてあったからな。

合格はどうせ間違えないのだろうし、余っている中等部特待生寮の部屋だ。

アクの強い特待生連中は個人部屋を希望する。

その部屋が使われた事なんて作られてから数える程だ」


「なるほど、ありがとうございます」


王都の外から来た学生には、学園から部屋が与えられる。男女は当然別々の建物であり、部屋割りも学園が成績順に振り分ける。

アルムは見知らぬ誰かと部屋を使う事は特に問題ないのだが、アリスと離れる事はお断りだったので、どこか近い場所で部屋を買うつもりだった。


これでもBランク冒険者………実力はそれ以上であるが、あくまで一般例として、そのランクの報酬は一回の依頼達成で平均的な家庭が一ヶ月はゆうに生活が出来る。

購入する為のお金のあてもあり、より報酬が増える遠方にいかなくてはならない依頼であっても、アルムなら走れば問題がない。


「学生証の方は、今日試験を受けている奴らと同じタイミングでないと出せないから少し待て。

ルームキーとお前のランクのギルドカードがあれば不審者扱いはされないと思うが、された時は遠慮なく私を名前を出して構わん」


「了解しました」


アルムは頭の片隅で思っていた心配事も、サフィの言葉で考慮する必要がなくなった事であるし、学園側の許可で同居が許されたので考え得る幾つかの面倒事も処理してくれるという事だろう。


この後、用事があるからとサフィは足早にその場からいなくなった。

用事と言うよりも試験の監督、つまり本来の業務のだろう。


アルムもこの格好では外も歩けないので気配を殺し、人の意識の隙間に潜り込む事で発見される事を避け、ルームキーに書かれた文字と数字の示す部屋に向かった。


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