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人々の耳に小さな音が届いた。
その音は不思議と街中のすべての人々の耳朶を揺らした。
それはとても不吉な音だった。
致命的な何かを伝える音だった。
心が何かを叫びたす。
人々は何だと思いその正体を探る。
それは驚きであり、焦りであり、恐怖であった。
全てが負の感情、そして最も強い声は逃げろだった。
生存本能が人々にそう伝えようとしていた。
最初の音が聞こえてから数分後、再び街中の人間に聞こえる音が響いた。
今度はとても大きな音で、その近くにいた者は耳が痛くなる程だった。
何かが爆ぜた音がしたと思ったら次は、巨大な質量を持った何かが地面に叩きつけられた。
街の中心にあった巨大な塔が倒れた音だ。そして人々の叫び声も聞こえだす。
痛みを訴える声に、助けを求める声、埋まってしまった彼ら彼女らを助けようと指示をだす声。
もはや瓦礫となりはてた塔の根本から別の声が聞こえてきた。
それは人の声ではない。
誰かが叫んだ「魔物!」だと、そして別の誰が叫んだ「結界はどうなったと!?」と。
魔物と呼ばれた存在は次々と出てくる。
数はすぐに数十となり数百となった。
その場にいた者たちは各々の武器を取り出し魔物を斬りつける。
彼らはなかなかの腕らしく姿を表した魔物は次々に討伐される。
しかし、彼らが倒す数よりも圧倒的に出現する量の方が大きい。
数はもはや数千を超えている。
応戦をしている者の誰かが叫ぶ。
同時に魔物のいる場所で爆発が起き、数十の魔物死ぬ。
魔術だ。
ひ弱な人間が魔物たちに打ち勝つ為に作り出された技術。
だが、それも焼け石に水だ。
それらを使っても増える量の方が多い。
数分ごとに一人また一人と戦っていた者たちは魔物に飲まれた。
その直後、同一の装備を身に着けた者たちがその場に駆けつけた。
彼らは先程の者たちよりも練度も連携も装備も上で次々と魔物たちを屠っていく。
だが、魔物たちは次々と出現する。
その姿も様々になり強くなっていく。
塔の根本には迷宮があり、数え切れぬ程の魔物が控えている。
ローブや杖を持った者たちが同時に叫ぶ。
同一の魔術が同時に発動され、それらの魔物たちを倒す。
彼らの攻防は続き、徐々に容易に倒せない魔物が現れだす。
そして倒すのに時間がかかれば、地上に存在する魔物の数が増える。
魔物と彼らの数の開きが急速に広がる。
処理が追いつかず何体もの魔物が街へ向かった。
「街の者たちが逃げるまで持ちこたえるのだ!」
その場で最も多くの魔物を屠り、最もよい装備を纏った男が叫ぶ。
身丈を超える剣を片手で扱っており、刀身と体には嵐が纏わり付いている。
男がその剣を一振りする毎に、それ以外の者たちが苦戦する魔物を十数体纏めて切り裂く。
男はこの街を管理する貴族。
そしてこの街の中でも最上位の強さを持つ存在だ。
男を見て指揮があがり始めたと思ったその瞬間、それをあざ笑うかの様に空に巨大な冠が現れた。
それは黒い炎で作れていて、禍々しい雰囲気を街に落とした。
「馬鹿な………これ程巨大な天冠魔術だと………」
男は魔術師たちに冠の破壊を命じるが遅かった。
空に浮かぶ冠より街へ向けて黒炎の弾丸が降り注ぎ、街が燃え上がった。
その光景はまさに地獄。
男がそれを使っている物を探し出せと命じようとした瞬間。
魔物が出現していた場所より天に現れた冠と同じ色の炎が立ち昇り、わずかに残っていた塔の残骸を焼き尽くした。
周囲の温度も桁が上がるかの様に上昇し、それだけでその場に倒れる者もいる。
嵐を纏った男は黒炎の下に筋骨隆々の偉丈夫を見た。
頭髪や髭、衣服までそれら黒炎で出来ていた。
「馬鹿な………魔王だと………」
男はその偉丈夫を見た瞬間、それを悟った。
自分たちの敵、絶対悪と呼ばれる邪悪な存在。
男の呟きを偉丈夫が聞くと嘲る様に笑い「遊んでやろう」と呟く。
その日、とある大国最大の迷宮都市の一つが消えた。
生き残った者はおらず絶滅だった。
そしてその時何が起こったかを知る者は誰もいない。