言葉の使い方
大学生のころ、言葉に関する授業があった。
その授業は、ビジネスの現場において、メールでトラブルが多いという話から始まったように思う。
人がコミュニケーションを取る際、言葉そのものに依存しているのはせいぜい2,3割程度である。
身振り手振りの多いアメリカ人で20数パーセント。
日本人で30パーセントに満たないくらいである。という内容だった。
ちなみに数年前、同じような話をテレビ番組でやっていた。
なので根拠はきちんとあるが、いったいどんなデータなのかはわからないので詳しいことは割愛。
この授業を受けるまで、言葉の役割など考えたこともなかった。
言われてみれば、たしかに言葉そのものに頼る部分が少ないとは理解できるのだが、そんなことを考えてメールを打ったりなんてしていなかった。
少し前、NHKの教育番組で、小学生のスマートフォンを利用したトラブルについてやっていた。
たしか鈴木福君が出ていたように思う。
ラインのようなアプリを利用した会話のやり取りで、ある子が言葉とスタンプの使い方を誤ってしまい、友達に誤解され、無視されるようになってしまう、と言う内容だった。
言葉だけでコミュニケーションをとる、というのは難しい。
同じ言葉でも人によって、状況によってとらえ方が変わってしまうからだ。
青。と聞いてどんな色を思い浮かべるか、人によって違うだろう。
空の青。海の青。信号の青もあるかもしれない。
花の青を思い浮かべる人もいるだろう。
誰もが同じことを思い浮かべる言葉と言うのは少ない。
いい例かはわからないが、同じものを思い浮かべそうなのは、「どんぶらこっこ」だろうか。
この擬音はあれが流れてくる場面でしか使われないらしい。
言葉は人によって違う印象を持ってしまう。
こちらが伝えたいことを明確に、言葉のみで伝えるにはどうしたらいいのだろうか。
ただ「笑う」という言葉にもたくさんの意味が含まれる。
にやり、と笑うのか。にっこりと笑うのか。薄気味悪い笑い、と言うのもあるし、微笑みというものもある。
小説を書く以上、どういった表現がどう相手に伝わるのかを考える場面はよくある。
こちらの意図をどれだけ文章に組み込めるか。
言葉選びもそうだが、語彙力、表現力が重要になる。
感想を書くときもそうだ。
言葉選びには気を使う。
特に欠点を書く際は相手の気分を害しないように、言葉を考える。
私は感想を書く際、何度か読み直しを重ねる。
誤字脱字のほかに、なんでこんな展開になるのだろう? という疑問を見つける場合がある。
それを相手にどのように伝えるか、悩む場面が多くあった。
べつに指摘せず、無難な感想を書く、という手もある。
だがそんな感想は他の人がたくさんやっていることだし、べつに私がそれをまねる必要もない。
それに、無難な感想ばかりでは、誰も成長できなくなってしまう。
それどころか勘違いが生まれ、慢心してしまう可能性もある。
まあ、他人ごとなので正直どうでもいいことだが、私はそうなりたくないので、欠点を指摘してよさそうな雰囲気ならば、指摘するようにしている。
とはいえ。美辞麗句の並んだ感想欄に、欠点を書き込むのはなかなか勇気がいる。
そんな感想欄を見たときは、欠点をみなかったことにしようかと思った。
私は自分のとある作品に感想がほしいので、いろんな人の作品に感想を書きまくった。
この作品には大きなマイナス要素がある。いわゆるボーイズラブ要素が少し登場する、ということだ。
内容は男女の恋愛話でも、これではなかなか読んでもらえない。
というか、読んでほしいとおおっぴらにも言えない。
ならばこちらは感想書くけど、そちらはよかったら書いてね、というていでいこうと思った。
何の話かと言われたら、某外部サイトの掲示板での話である。
お互いに感想を書きあうのがフェアであるが、そんなものはどうでもいい。
どうせ、相互と言いながらやらん人も多いのだ。ならば最初から期待せず、気が向いたら書いてね、という姿勢でいたほうが気が楽である。
その結果は推して知るべし。
たいていの人は、ただで自分の利益につながるのならば、その方がよいのだ。
私は欠点を指摘してほしい。
慢心したくはないし、成長を望むからだ。
とはいえ、他人に欠点を指摘するのはなかなかハードルが高いように感じた。
顔の見えない相手だからこそ、気兼ねなく言える、という考えも存在するが、私は気を使う方だ。
顔が見えないからこそ、言葉選びに気を使う。
その結果、相手にどのような印象を与えたかは私にはわからないが、使う労力は半端ないので、なかなかやってられないとは思った。
言葉とは当たり前に誰もが使うものである。
だからこそ、顔の見えない場面では特に、取り扱いに慎重にならなければならない。