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信じられない予言

               6


雨音が聞こえはじめた。もともと雲行きは怪しかったのだが、とうとう雨が降り始めたようだった。レイチェルは窓の外にちらりと視線を向けた。雨脚はどんどん強まってきているようだった。雨が青灰色をした空間のなかにくっきりとした白い線になって走っているのが見えた。落雷の音も聞こえた。レイチェルは窓の外に向けていた視線をマックリーンの顔に戻した。


「お願いします」

 レイチェルはマックリーンに対して繰り返して言った。


 マックリーンは少しのあいだ躊躇うようにじっとレイチェルの顔を見ていたが、

「わかりました」

 と、やがてどこか緊張したような面持ちで承諾した。それから、

「しかし、念のために繰り返しておきますが、これからわたしが語ることは、あるいは刑事さんたちに取ってはあまりにも馬鹿げたことのように聞こえるかもしれません。それでも構わないんですね?」

 と、マックリーンは念を押して言った。


「ええ。構いません。どんな話でも結構です」

 レイチェルは答えながら、これからマックリーンが自分たちに語ろうとしていることはそれほど突拍子もないことなのだろうかと軽く疑問にも感じた。


「……わたしの父は大学教授をしていました」

 と、マックリーンは数秒間、間をあけてから話はじめた。


「父の専門は西洋史でした。特に中世の、宗教に関する分野が専門です。父が学会で発表する論文は、一時期は大変な注目を集めていたこともあるくらいです。……しかし、あるときから、父は奇妙な考えに取り付かれるようになっていきました」

 マックリーンはそこで言葉を区切った。近くで雷鳴が轟き、落雷の光が一瞬、室内を青白く染めた。


「それはなんなんです?」

 隣に腰掛けているマイケルが先を促した。マックリーンはマイケルの顔を一瞥すると、頷いて、再び話しはじめた。


「……それはなんというか」

 マックリーンは言葉を探し求めるように僅かに間を空けた。そしてそれから、

「所謂、終末論というやつでしょうか?」

 と、やや自信のなさそうな口調で告げた。


「終末論?」

レイチェルはマックリーンの口から出てきた単語がいくらか唐突なものだったので、思わず繰り返して言った。


「ええ。そうです」

 マックリーンは少し落ち着かない様子で目を伏せて言った。

「といっても、わたしが勝手にそうだと思い込んでいるだけなのかもしれませんが……」


「続けてください」

 レイチェルはマックリーンの顔を見みつめると、先を促した。マックリーンは伏せていた眼差しをあげてレイチェルの顔を一瞥すると、再び目を伏せながら、

「その、父が取りつかれていた終末論……考えというのは、魔界に住む者……魔族が、やがてこの世界に現れてこの世界を破壊するというものでした」

 マックリーンはどこか苦しそうな表情で告げた。


「魔族?」

 レイチェルはマックリークが口にした単語があまりにも現実離れしたものだったので、奇異に思って繰り返した。もしかしたら、自分が聞き間違いをしてしまったのかもしれないとレイチェルは思った。


「そうです」

 マックリーンは顔をあげてレイチェルの顔を真っすぐに見据えると、真顔で答えた。

「……魔族なんて言うと、かなりバカバカしく聞こえるでしょうが……」

マックリーンは少し自嘲気味に口元を綻ばせて言った。レイチェルはマックリーンの発言を否定も肯定もしなかった。


「しかし、父は大真面目でした。父は魔族という生物がほんとうにいると信じていたようなのです」

マックリーンは口元に浮かべていた笑みを消して、はっきりとした口調で続けた。


「父の話によると、魔族というのは、この世界とはべつの世界に住む生物のことを言うようでした。父の話では、この世界とはべつに、またべつの世界があって、それはその世界に住む生物だと……容姿は人間似ていて、でも、それは人間ではなく、超常的な力が使える種族だと、父は話していました」


 レイチェルがマックリーンの話に耳を傾けながら思い出していたのは、つい何時間か前に、監視カメラの映像で確認した映像のことだった。あの、男が掌から発射した明るい光の玉。それと、マックリーンの今話していることは……レイチェルもかなり現実離れした考えだということはわかっていたが、もしかしたら、と、思った。そのことと何か関係があるんじゃないか、と。


「父は、あるときインドに旅行に行き、そこで偶然、奇妙な書物を見つけたようなのです」

 マックリーンは、レイチェルの思考の外で話続けた。


「それは古代サンスクリット語で書かれた、古い書物だったらしく、父はその書物にすぐに夢中になったようでした。……わたしもその当時は幼かったので、どうして父がその書物に夢中になったのかはわかりませんが、今でも印象的に覚えていることがあります。それは、父がわたしにあるとき話してくれたことです。父はわたしの顔を見てこう言いました。この書物には世界の秘密が全て書かれているんだよ、と。とても興奮した、嬉しそうな表情で。それから父は何年もかけてその書物の解読に挑み、ついには、その書物に書かれているだいたいのことが理解できるようになったようでした」


「……つまり、その書物に、さっき、マックリーンさんが話していた、終末論や……魔族に関する記述があったわけですね?」

 レイチェルはマックリーンの顔を見ると訊ねてみた。すると、マックリーンはレイチェルの顔を見返して、短く顎を縦に動かした。


「ええ。そこには世界の成り立ちと、魔族に関する詳細な記述。それから、予言が記されていたようです。……西暦二千年の初め頃に、恐怖の大魔王がやってきて、世界を、その恐ろしい力で焼き尽くし、破壊し尽くすだろう、と」

 マックリーンは真剣な表情で語った。また激しい稲光が室内を青白く染め、その直後、けたたましい落雷の音が鳴った。


「……しかし、あるいはこういった記述は、古代の書物においては、別段珍しいことではないのかもしれません。どこの世界においも、神々による世界の創造と破壊の話はつきものですから……魔族に関する詳細な記述というのは、ちょっと例外的な気もしますが……」

 マックリーンは考え込んでいるような表情で続けた。


「そして、父も、そのようなことが書かれた古い書物があるということだけを、発表したのであれば、世間の信用をそれ程失うこともなかったでしょう。ところが、父は、どういうわけか、書物に書かれていることがほんとうのことだと、全面的に信じきった様子でした。自著や学会で自分の考えを発表し……つまり、近い将来魔界から恐ろしい生物が攻めてくるので、今すぐそれに備えなければならない、と、人々に説いて回ったのです……そして当然のことながら、父の学会での信用は地に落ちました。頭の可笑しい、オカルニストだというレッテルを張られ、大学の職も失うことになりました。……それでも、父は諦めずに、自費で、講演会等を開いて、自分の考えを世間に向かって発表し続けたのです」


「……それで、どうなったんですか?お父さんは?」

 レイチェルはマックリーンの顔を見ると、彼の父親のその後が気になって訊ねてみた。彼は今でもその魔界についての研究を続けているのだろうかとレイチェルは思った。レイチェルの問いかけに、マックリーンは哀しげに項垂れて、力なく首を左右に振った。


「……父は十年程前に蒸発してそのままです。警察に捜索願を出しましたが、未だに見つかっていません。あるいは、魔族が攻めて来るという証拠を探し求めて今でも世界中を彷徨っているのかもしれません」

 マックリーンは苦しそうな声で告げた。


「……」

 レイチェルはマクッリーンの顔を見つめたまま、なんと声をかけたら良いのかわからなくて黙っていた。すると、マックリーンはそれまで俯き加減にしていた顔をあげて、レイチェルの顔を見ると、


「……しかし、刑事さん、わたしももしかしたら頭が可笑しい人間だと思われてしまうかもしれませんが、父が話していたことは、あるいはほんとうのことなんじゃないかという気がするのです」

 マックリーンは真剣な、訴えかけるような口調で言った。


「……そして、昨日のこと……あれは、もしかしたら、父が言っていた、魔族が、ほんとうにこの世界にやってきた証拠なんじゃないのかと……」

 マックリーンは何か縋るような眼差しで、レイチェルの顔を見て言った。


 レイチェルはマックリーンの顔を見つめると、ちゃんと話を聞いていることを示すように頷いた。マックリーンが話したことは凡そあり得ない話ではあったが、レイチェルとしてはマックリーンの話してくれたことを頭から否定してしまう気持ちにはなれなかった。それに、息子として父親のことを信じたいと思う気持ちも、理解できないではないような気もした。


「……お話はわかりました」

 レイチェル静かに言った。

「マックリーンさん、あなたが話してくださったことは……とても信じ難い話ではありますが、しかし、真剣に調査をしてみる価値はありそうです。……わたしたちも、あなたが話してくれた……その…魔族について……何かわかることがないか、調べてみるつもりです」


「よろしくお願いします」

 レイチェルの科白に、マックリーンはどこか救われたような表情で言った。



「レイチェル、あんなこと、言って良かったのか?」

 帰りの車のなかで、マイケルはレイチェルの横顔を見つめると、からかうような口調で言った。


「魔族について真剣に調査するなんて……そんなこと、絶対にあり得ないってわかってるじゃないか?」


 レイチェルはマイケルの指摘に、苦笑するように口元を綻ばせた。

「それはそうだけど……」


 レイチェルは答えながら、しかし、マイケルほど、マックリーンの話を頭ごなしに否定する気持ちにはなれなかった。確かに、あまりにも現実離れした話ではあったが、しかし、あるいはもしかすると、と、レイチェルはマックリーンの話が引っかかっていた。……この現実世界とはべつの世界に住む種族、魔族……あるいはそんなものがほんとうに存在しているんじゃないのか……現に、昨日の、あの監視カメラに映っていたものは……?


「おいおい、まさか、レイチェル、お前さん、まさかヤツの話を本気で信じたわけじゃないだろうな?」

 と、レイチェルが黙っていると、隣でマイケルが可笑しがっている口調で言った。レイチェルは横目で助手席の同僚の顔を一瞥すると、

「べつにそんなんじゃないわよ」

 と、一笑して否定した。


「……ただ、ちょっと考え事をしていただけよ」

 レイチェルは真顔に戻って言った。フロントガラスの向こうでは、相変わらず雨が降り続いていた。


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