第一章・魔界と魔力 5
五
誰も自分たちに注目している人間がいないかどうか、樹は改めて周りを見回してみた。
今、樹と和也のふたりがいるのは、大学の裏手にあるちょっとした森のなかだった。ついさっき樹は見せたいものがあると言って、それまでいた第三食堂からこの場所まで和也を連れ出したところだった。
樹は昨日の夜から突然使えるようになった念動力を和也に見せようと思った。しかし、それには人気のない場所が望ましかった。誰かに見られたりすると、最悪の場合、パニックになってしまうかもしれないと樹は考えた。だから、樹は人目を避けることのできる、この大学の裏山にわざわざ和也を誘導したのだった。
「で、何?その見せたいものって?」
と、和也は腕組みして樹の顔を見ると、焦れったいというよりも、少し迷惑そうな顔で言った。和也はなんで自分がこんなところに連れてこられたのか、全く理解できないでいる様子だった。
「見せたいものがあるんだったら、さっきの学食でもべつに良かったんじゃない?」
「いや、だからさ、そういうわけにもいかないんだよ」
樹は言った。
「みんなに見られたりしたら、それこそ、大騒ぎになっちゃうかもしれないんだ」
和也はそう言った樹の顔をわけがわからないといった顔つきで見ていた。
「とにかく、まあ、見ててよ」
樹は和也を宥めるようにそう言うと、足下の小石にじっと意識を集中させた。それから、右手の掌を小石に向かって翳す。すると、足下にあった小石はアパートのときと同様に、まるで見えない糸で宙に引っぱりあげられるように空中に浮かび上がった。今、足下にあった小石はちょうど樹の頭のうえくらいの高さにまで持ち上げられている。樹がちらりと和也の顔を見てみると、和也はあんぐりと口を開けて、呆然と目の前の光景に見入っていた。樹は掌に意識を集中するのを止めた。すると、それまで宙に浮かんでいた小石はふいに重力の力を思い出したように、もとの地面に落下した。樹はどう?というように和也の顔を見た。和也はびっくりし過ぎて上手く言葉が出で来ない様子で口をもごもごと動かしていた。すると、
「やっぱり」
と、ふいに、女の子の声が聞こえて来た。驚いて樹と和也が辺りを見回していると、それまでどこかに隠れていたのか、木の陰から樹や和也と同い年くらいの女の子が腕組みしながら突然姿を現した。目鼻立ちのくっきりとした、細身の、スタイルのいい女の子だった。艶やかな黒髪は背中のあたりまで伸ばされている。その黒目がちの綺麗な二重の瞳のなかには、言い出したらあとには引かなさそうな強い意志の光が宿っているように樹には思えた。
「ごめんね。さっきの、見ちゃった」
突如として出現した女の子は樹と和也の前に立ちはだかるようにして立つと、悪戯っぽく微笑して言った。樹と和也は女の子の科白に黙っていた。何をどう言ったらいいのかわからなかったのだ。彼女の言っている、見てしまった、というのは、さっきの自分が小石を宙に浮かべたことを言っているのだろうかと樹は考えた。
「でも、大丈夫。あなたたちのことを言いふらしたりはしないから」
その彫りの深い、少し日本人離れした顔立をした、色の白い女の子は、口元に微笑をたたえたまま言った。
「それに、実を言うと」
女の子は腕組みしたたま、口元にどこか不敵な笑みを浮かべて続けた。すると、彼女の背後にあった木の枝は何もしていないのに急角度で折れ曲がったかと思うと、へし折れた。樹と和也がその信じられない光景に言葉を失っていると、更に、そのへし折られた木の枝は誰も手を触れていないのに空中を移動し、ふわりと樹と和也の前の地面に落下した。
「ね?わたしもあなたたちと同じの」
女の子はにっこりと微笑みかけて言った。