第一章・魔界と魔力 3
三
樹は午前中の授業が終わると、同い年で同じ学部の谷口和也と一緒に教室を出た。大学の学食で一緒に昼食を取ろうという話になったのだ。
和也は眼鏡をかけていて、ひょろりとやせている。風が吹けばそれと一緒にどこかに飛んでいってしまいそうだ。顔立ちはまずまず整っている方ではあるが、のほほんとした穏やかな雰囲気のせいか、樹同様、あまり女性に人気がある方ではなかった。身長は樹よりもわずかに高く、百七十五センチだった。和也と樹は出席番号が近いことから親しくなり、大学で会えばほぼいつも行動を共にしていた。
入った学食はちょうどお昼時ということもあってかなり混雑していたが、ふたりはなんとか席を見つけると、向かい合わせに腰掛けた。ちなみに樹が注文したのはカツ丼で、和也はカレーライスだった。
「そういえば、昨日、YouTubeで面白い動画を見つけたんだよ」
樹が自分が念動力のようなのもが使えるようになったことを友人に話そうかどうか迷っていると、和也は樹の顔を見て嬉しそうな口調で話はじめた。
「へー」
樹は和也の顔を一瞥すると、プラスチックのお椀のなかに入っている、お茶を一口飲んだ。
「それって、例によってまたオカルト系?」
樹は微笑してからかうように言った。和也はオカルトマニアといっていもいいくらい、そういった情報ばかりを集めていた。たとえばUFOだとか、幽霊だとか、アトランティス大陸だとかについて。ちなみに、樹もそういった話は嫌いではなく、もしかすると、ほんとうにそういったことがあるのかもしれないと思うと、樹はわくわくした。
「オカルトといえば、オカルトになるのかな?」
和也は樹の問いに微苦笑して答えた。
「でもね、今回のはいつもと比べてちょっと変わってるんだよ」
和也は楽しそうな口調で続けた。樹が気になって和也の顔を見ていると、和也は微笑して、ポケットのなかからスマホを取り出した。
「これはアメリカ人がスマホで撮影した動画みたいなんだ。ちょっと信じられないような生物が映ってる」
和也はそう言ってからスマホをタップして操作すると、動画の最初の開始場面にしてから樹に手渡した。樹は手渡された最新式のスマホの画面に眼差しを落としながら、内心ちょっとがっかりもしていた。というのは、和也がオカルト関連の動画だと言っていたので最初興味を惹かれたのだが、しかし、樹はどちらかというとオカルト分野のなかでもUMA系にはあまり興味関心がなかった。雪男や、つちのこといった映像を見せられても、樹としては正直困ってしまう。そういた生物が存在していようがいなかろうが樹にとってはどうでも良いことだった。樹が興味を惹かれるのは、オカルトはオカルトでも、月にある宇宙人の基地とか、タイムトラベルとか、科学と関係のあることに限られていた。
そんな樹の思想を見抜いたように、
「大丈夫。今回のは絶対樹もびっくりすると思う」
と、和也は樹の顔を見ると、自信ありげに断言して言った。
樹は和也の顔をちらりと見ると、曖昧な笑顔で頷き、それから和也から手渡されたスマホの画面をタップした。
それから、樹はそこに現れた映像を見て、目を見開いた。そこに映し出された映像が、樹が想像していたものとは全くかけ離れたものだったからだ。巨大な、紫色の皮膚を持つ、恐竜のような生物。そしてその生物に跨がっている、甲冑のようなものを身に纏った男。更に、その男が掌から放った光でパトカーを破壊する様子。
樹は驚いて、スマホに落としていた顔をあげて和也の顔を見つめた。
「どう?すごいでしょ?」
和也は樹の顔を見ると、得意そうな笑顔で言った。
「……これって誰かが作ったやらせじゃないの?」
樹は和也にスマホを返しながら、どちらかというと強張った笑みを浮かべて言った。
「どうだろうね」
和也は樹の指摘に困ったように口元を綻ばせて答えた。
「正直、その可能性がないとは言い切れないだろうけど、でも、この映像は世界中のひとたちが見ていて、みんなわりとこれはほんものなんじゃないかって言ってるんだ。……まあ、真相はわからないんだけどね」
「……なるほど」
樹は頷くと、思い出したように残り少なくなって来たカツ丼を口に運んだ。そして口に入れたカツ丼を咀嚼して飲み込むと、
「でもさ、もし、さっきの映像が本物だったとしたら、和也はどう思うの?」
と、樹は和也の顔を見ると訊ねてみた。
「つまり、男の掌から発射された、あれって、なんだと思う?」
樹の問いに、和也はどうだろう?というように軽く首を傾げた。それから、和也はテーブルの上の、紙パック入りのミルクティーをストローで少し飲むと、
「……樹だから言うけど、その、あれって、魔法なんじゃないかな?」
と、和也は周囲の反応を気にするように、どちらかというと小声になって言った。
「魔法?」
樹は和也の口から発せられ単語があまりにも意外なものだったので、思わず大きな声で繰り返した。すると、和也は魔法という単語が周囲の人間の注目を集めたんじゃないかと心配したのか、辺りの様子を伺うように周りを見回した。それから、和也は改めて樹の顔に視線を向けると、
「……いや、僕だって、魔法なんてあり得ないと思うよ」
と、和也は声を潜めて言った。それから、もう一度誰も自分たちに注目している人間がいないかどうかを確認するように左右を見回してから、
「でもさ、あの映像のなかの、あれは……僕のただの感だけど、魔法とか、何かそれに類するものなんじゃないかって思うんだ」
と、和也は樹の顔を見て、真剣な口調で言った。
樹は和也の説明に耳を傾けながら、少し気なることがあった。それは昨日の夜から突然使えるようになった念動力のような力のことだった。それと和也が今話していることは何か関係があったりするんじゃないだろうか。樹は思った。
「……どうかしたの?」
樹が考え込んでいると、和也が少し心配そうな表情で樹の顔を覗き込んでいた。樹は慌てて友人の顔を見返すと、
「……いや、ちょっとね」
と、曖昧に微笑して答えた。