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玲奈と魔界の秘密

「たぶん、信じてもらえないでしょうけど、わたしの母は、魔界……異世界の住人だったの」

 玲奈は言った。


「……母は、この世界、この現実世界に、もうすぐ危険が迫りつつあることを伝えるために、今から二十二年前にこちらの世界へとやってきたの」

 玲奈は言葉を続けた。


「……やっぱり月島先生が本に書いていたことは全部ほんとうのことだったんだ」

 樹の隣で、和也が目を見開いて興奮した様子で言った。樹は和也の発言の意味を問うよう振り向いて和也の顔を見た。


「月島先生は本に書いてるんだ。自分は魔界からやってきたという、ひとりの美しい女性と知り合い、結婚したって。そのひとは西洋人風の容姿をしていたって」


 樹は和也の言葉に耳にしたあと、改めて向かい側の席に座っている玲奈の顔に視線を向けた。まだ和也の話していることが本当のことだと断定することはできなかったが、しかし、もしそれが本当のことだとすれば、玲奈の容姿が、妙に日本人離れしていることにも説明がつくんじゃないかと樹は思った。玲奈は本当に異世界の人間を母親に持つのだろうか?樹は驚きのあまり、上手く言葉が出てこなかった。


「……そう。母はこの世界で偶然父と知り合い、そしてわたしが生まれたの。母はわたしに異世界……魔界について様々な知識を教えてくれたわ。力の使い方から、魔界の生物との戦い方……そして来たるべきときが訪れたときに、どうすれば良いのかについて」

 玲奈は淡々とした口調で続けた。


「ちなみに、月島さんのお母さんは今どうしているの?」

 樹はふと気になって訊ねてみた。そう訊ねた樹の顔を、和也が非難するような目で見た。その質問はするべきじゃないというように。


「……母は、わたしが七歳ときに亡くなったの……母は、この世界へやってくるのに、力を使いすぎたの。それに、この世界の環境、たとえば、大気の成分なんかがあまり母の身体に合わなかったということもあげられると思うわ」

 玲奈は少し悲しげに眼を伏せて言った。


「……余計なこと訊いちゃったみたいでごめん」

 樹は知らなかったとはいえ、自分が不用意な質問をしてしまったと後悔した。玲奈は樹の発言に軽く首を振った。


「……これは月島先生の本で読んだんだけど」

 和也が遠慮がちな口調で話はじめた。樹は和也の顔に視線を戻した。


「月島さんのお母さん……レイナさんがもともといた世界というのは、この僕たちのいる現実世界とは違って、魔法……魔法というか、魔力が実在する世界だったらしいんだ。そしてその世界にはふたつの種族が存在しているらしいんだ。つまり、人間と魔族だね。その世界では人間も魔力が使えるんだけど、でも、魔族の方が圧倒的にその力が強いらしいんだ。たとえば人間の力が1だとすると、魔族は5といったようにね。


 もちろん、魔族にも力が強い者から弱い者までいて様々らしいんだけど。


 そして、ここでキーポイントになってくるのが、その世界において、魔族にとって、人間というのは食料であったり、単に楽しみのために虐殺するための生物であるらしいことなんだ。幸いにして魔族に比べると人間の方がその絶対数が多いために、なんとか団結して、力を合わせて、人間は魔族に対抗しているみたいなんだけど。そしてそんななかにあって、昔から魔族が目を付けているのが、異世界、つまり、僕たちが存在しているこの現実世界らしいんだ。そこへ行けば、自分たちの住む世界に比べると、ほとんど無力に等しい人間が何億といて、彼らは思いのままに殺しを楽しむことができ、また人間を食することができると信じられているんだ。言ってみれば、この世界は魔族にとってのパラダイスというわけだね。


 ただ、そうは言っても、彼等の世界からこの世界へ渡ってくることは容易なことではないらしく、今のところ、僕たちの世界は魔族の脅威には晒されていないわけなんだけど……ただ、近年、魔族の世界で、こちらの世界へと渡ってくる新しい方法が発見されつつあるらしいんだ……そしてそのことを、月島さんのお母さん、レイナさんは、命を賭して、僕たちの世界へ伝えにやってきてくれたらしいんだ。


 レイナさんは、魔界に住む、人間界において、一際強い、魔力の使い手だったらしくて……月島先生の本によると、その力は魔界に住むトップクラスの魔族と同等に渡り合える程だったとか……月島さんのお母さんはその類稀な能力を使って、この世界へとやってくることに成功したらしいんだ……そしてこの世界に脅威が迫りつつあることを、様々なひとに伝えようとした……ただ、その内容があまりにも現実離れしていたせいで、誰もレイナさんの話にまともに耳を傾けようとはしなかったんだ。実際に、レイナさんが人々の前で魔力を使ってみせたとしても、それはインチキの類だと思われて終わりだった


 ……でも、そんなとき、レイナさんの言葉を信じてくれるひとが現れた……それが月島先生だよ。今でこそ、月島先生はオカルニスト的なイメージが定着してしまっているけど、当初は素粒子の研究をやっている有名な大学教授だったんだ。月島先生は素粒子の研究の関係からある程度異世界についての理解があった。だから、最初の方こそレイナさんの言葉に疑問を覚えたものの、すぐにレイナさんの話していることがほんとうのことだと信じるようになった。


 そして月島先生は、レイナさんから聞いた話……つまり世界に脅威が迫りつつあるということを伝える活動をはじめたんだ。本や、テレビ等を通じてね。……でも当然というべきか、残念ながら、僕のような一部の例外を除いて、誰もまともに先生の話に耳を傾けようとはしなかった。ただ面白い、奇抜な意見を言う、変り者として扱うだけで……そして現在に至るというわけなんだ」


「……和也、あなた、やけに詳しいのね」

 玲奈は和也が話し終えると、感心している様子で言った。


「伊達に月島先生の本を全巻持っているわけじゃないよ」

 和也は玲奈の顔を見ると、得意そうに口角をあげて言った。


「おかげで説明の手間が省けて助かったわ」

 玲奈は微笑して言った。そしてそう言ってから玲奈は急に表情を強張らせて窓の外へ視線を向けた。


「どうかしたの?」

 樹は玲奈の表情の変化が気になったので訊ねてみた。


「……何かがこちらに向かってくる」

 玲奈は緊張した面持ちで小さな声で告げた。すると、それまで玲奈が向けていた窓の外の空間が(大学の中庭のような場所で、芝生と木々がある)まるで透明なプラスチックの下敷を折り曲げたりもとに戻したりを繰り返しているみたいに空間が不安定に揺らめきはじめた。


 そしてその次の瞬間、紫色がかった黒い皮膚を持つ、蜥蜴を思わせる巨大な生物が何処からともなく姿を現した。体長は十二メートルは超えていた。更に、その巨大な蜥蜴を思わせる生物の背中には、中世ヨーロッパ時代の甲冑を思わせるものを身に纏った男が跨っていた。


 これはつい一時間程前に和也がスマホで見せてくれた動画のなかに映っていたものと全く同じじゃないかと樹は驚いて目を見張った。外の異変に気が付いた数名の学生が悲鳴をあげながら学食から逃げて行ったが、まだなかには気づかずに談笑を続けている者や、何が起こっているのか確認しようと、巨大な蜥蜴型の生物の方へと歩いていこうとする者までいた。


「みんな逃げて!」

 玲奈は立ち上がると、学食にいる全ての人間に聞こえるように大声で言った。


「ここにいると危険よ!」

そしてそう言った次の瞬間、玲奈の姿は学食のなかから忽然と消えていた。樹が玲奈の姿が消えてしまったことに驚いていると、


「月島さん!」

 と、横から和也の声が聞こえてきた。樹が和也の視線の先を辿ってみると、一体いつの間に移動したのか、玲奈は窓の外で、突然現れた蜥蜴型の生物と対峙していた。


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