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七夕一人企画

星に願いを・2014

作者: 檀敬

 毎年、七夕の七月七日にSF短編を投稿するという『七夕一人企画』を実行しています。今年も「星に願いを・2014」をお届けします。七夕の「織姫と彦星の物語」に因んだSF短編をご堪能くださいませ。【七夕一人企画・2014】


 私はロボット。

 宇宙を飛ぶロボット。

 個体番号はORHM・一九九七・〇七四E、愛称は「おりひめ」よ。


 私のお相手もロボット。

 彼も宇宙を飛ぶロボット。

 個体番号はHKBS・一九九七・〇七四B、通称を「ひこぼし」というの。


 私とひこぼしは、一九九七年の十一月二十八日に種子島宇宙センターからH・Ⅱロケットによって打ち上げられた。

 私こと「おりひめ」と彼「ひこぼし」は、技術開発試験衛星として「技術試験衛星ETS・7型のプロジェクトで、後に『きく七号[おりひめ・ひこぼし]』の名称で、日本の「|NASDA(宇宙開発事業団)[現在は|JAXA(宇宙航空研究開発機構)]」で造られたの。

 この「技術開発試験衛星」っていうのは、宇宙空間上で衛星に求められる機能とそれを実現するための技術の開発と習得、そのために開発された機器を搭載しその機器の運用を実験するための衛星で、初期段階の宇宙開発にはどうしても欠かせないスキル習得のステップと云えるわ。


 打ち上げられてから、所定の軌道へと投入するためのマニューバの実行、太陽電池パネルの展開と電力確保、搭載された機器の起動と動作テストを繰り返し、衛星の姿勢を制御し、軌道が安定し、衛星をスムーズに運用出来る状態になった時点で、既に半年が過ぎていたわ。

 五月も半分以上過ぎた頃にようやく実験フェーズに移行した。実験はいきなり最初から、ランデブー・ドッキング実験からだった。

 もう私、バリバリ頑張っちゃうわよー。

 ねぇ、ひ・こ・ぼ・し・クン。

 な、なによぉ、その態度!

 ビビってんじゃないわよっ!


 一回目のランデブー・ドッキング実験は一九九八年六月。

 私を固定しているひこぼしの接合装置の『ツメ』を開いたり閉じたりするだけの実験。

 もちろん、機器の動作確認試験も兼ねているの。三組の結合装置のツメがちゃんと所定の動きをするかどうかは、私にとって大切なことだもの。

 ただし、私とひこぼしの距離はゼロ・メートル。

 言ってみれば、泳げない子どもがプールサイドから手を放したり掴まったりするようなことなのだけどね。

 もちろん、何の問題もなく実験はクリアしたわ。もっとも、私はまだ活躍してないけれども。


 二回目のランデブー・ドッキング実験は一九九八年七月。

 それも私とひこぼしに所縁ゆかりのある「七夕」の七月七日。

 それだけでもトキメキが止まらないわ。

 始めに私とひこぼしは完全に分離し、私をターゲットとしてひこぼしがランデブーし、ドッキングのために近づく。

 私とひこぼしの距離は二メートル。

 たった二メートルだけど、何も指標なく手掛かりもない宇宙空間で、人間が遠隔操作するのでなく、衛星自体が調べて考えて判断して、目的の衛星とドッキングすることはとても難しい技術なのよ。

 秒速一センチメートル以下のゆっくりした速度でのランデブー、そしてドッキング。しかし、この非常にゆっくりとしたスピードの「秒速一センチメートル」は、単にひこぼしとの相対速度だということに注意してね。

 実際には、私とひこぼし自体は地上高度五百五十キロメートルの軌道を時速二万七千キロメートルで飛行しているわ。同じように軌道を回っているからお互いに止まっているように見えて大丈夫そうに思えるけれども、不意な接触による『事故』は私とひこぼしの致命的ダメージとなりかねない。

 だから、衛星同士がぶつからないように衛星本体の姿勢を保つことに加えて、互いの衛星の「向き」を非常に正確に微調整する必要があるの。だから、それを自動で行うためのレーダーやカメラの画像解析や認識技術、ドッキング・マーカーによる位置の検出や測距の誤差修正の技術などが実を結んだ瞬間でもあった訳で。

 実験をクリアした私「おりひめ」と彼「ひこぼし」は接合装置で再びガッチリと手を結び、天の川での逢瀬を喜んだわ。距離にしてたった二メートル、時間にしてたった数時間しか離れてなかっただけなのにね。

 それでも、これが「世界で初めての無人衛星同士の分離とドッキング」であり、もうバッチリ成功したって言えるのよね、ふふふふ。


 三回目のランデブー・ドッキング実験は一九九八年八月。

 実験の内容は前回と同じだけど、今回は五百二十五メートルの離れた位置からのランデブーとドッキング。手順通りに実験はスムーズに進むだろうと思っていた三回目のドッキングだったのだけど、意外な落し穴がそこには待っていたの。

 分離した私とひこぼしは、五百二十五メートルの離れた位置から実験を開始した。

 ひこぼしのカメラには四角い小さな私がちゃんと捉えられていた。

 私にひこぼしが近づき、その距離は徐々に縮まっていく。

 私はちょっと胸熱で近づいてくるひこぼしにドキドキしていた。


 だけど、トラブルはここで発生したの!


 もう少しでドッキング・フェーズに移行するというところで、ひこぼしがバランスを崩して転んでしまったのよ!

 異常動作をした場合にひこぼしが私から遠ざかるという「衝突防止・安全システム」が組み込まれていて、幸いにしてそれが作動して衝突・破壊という事態は避けられた。しかし、何度かドッキング・シーケンスを繰り返したけれども、私に近づいた途端にひこぼしはバランスを崩して転んでしまい、その度にひこぼしは私から遠ざかってしまう。

 私、何か悪いことをしたのかしら?

 それとも私がひこぼしに嫌われているとか?

 嫌よ、嫌だわ、そんなの。

 信じられないわ!

 そのうちにひこぼしが在らぬ方向へと向いてしまい、一時的に交信が不可能な状態に陥ってしまった。

 どうなっているのよ、ひこぼし!

 そんなに私のことが嫌いなの?

 一カ月前の逢瀬の時の喜びは何だったの?


 そんなトラブルのために、私とひこぼしは最終的に十二キロメートルも離れてしまったわ。

 更に都合が悪いことに、私の電力状況は乏しい設計になっているのよね。グズグズしていると位置情報のビーコンが止まって、私自身の電源が落ちてしまうわ!

 私自身は自分で動けない。姿勢制御装置スラスターを持ってないから。だから、一枚だけ展開している太陽電池パネルを太陽の方向へ向けられない。充電できない私は、蓄電池に蓄えられた電源を当てにするしかないって訳なの。

 充電をすることも、ドッキングしてからひこぼしにお願いするしかないし、それだけでなく、ほとんど全てのことはひこぼしにお任せの状態なの。

 私の結合装置はフックされる方で、稼働する『ツメ』を持っていてフックする方はひこぼしの方。

 姿勢制御装置を持っていて、私から離れたり近づいたりするのもひこぼしの方。

 だから、私には全く手立てがない。

 私はひこぼしに頼るしか方法がない。

 それだけに、ひこぼしのことが気になるの。

 でも、ひこぼしは急にどうしちゃったのかしら?

 ううん、私はひこぼしのことを信頼しているし、信じているわ。

 ひこぼしの気持ちも気になるけど、それだけじゃないの。

 ひこぼしにしっかりしてもらわないと、私が困るんだから。

 ホントよ。

 ホントにホントなんだから!

 嫉妬なんかじゃないんだからねっ!


 それから二十日が過ぎた八月二十七日。

 ようやく実験が再開された。

 ひこぼしが私を嫌っていた訳ではないことくらい、最初から判っていたわ。

 スラスターの調子が悪かったのね。

 要するに足を捻挫したっていう感じらしいわ。

 だから転んでいたのね。

 ちゃんと私は納得したわよ、うふふ。

 感情の「もつれ」じゃないことをね。


 今回はその足を使わないでランデブーとドッキングを行うという。

 けれど遠いわ。

 十二キロメートルは無限大に遠い距離のように思えるわ。

 だって、ひこぼしのカメラが捉えている私の姿は白い点に過ぎないんですもの。

 それでも、ひこぼしはゆっくりと私に近づいてきた。

 頑張って、ひこぼし!

 私は位置情報のビーコンを出しまくっているから!

 ロボットアームのカメラもようやく私を「四角いカタチ」に捉え始めたひこぼし。

 順調よ、そのまま、そのまま。

 ゆっくりと近づいてきて。

 いいわよ、大丈夫。


 カメラの画角全体に私が写り込むようになったら、今度はレーザーでの測距とドッキング・マーカーを探して、それでのドッキング位置の微調整が始まる。

 相対速度は秒速一センチメートル以下。

 ゆっくりと、ゆっくりと、探るように、確かめるように、そして再確認しながら、私に近づくひこぼし。

 分離の時から開いている『ツメ』が、私のフックに近づいてくる。

 私とひこぼしの距離、ほぼゼロ。

 三つの結合装置が同時に『ツメ』を挟み込む。

 ダブルロックになっている『ツメ』の両方共がガッシリとフック。

「逢いたかったわ」と私。

 ひこぼしからもそんな信号が私に流れてきたような、そんな気がする。


 これって『夫婦喧嘩』だったの?

 違うわよね、ひこぼし?

 私達は仲がいいわよね。

 ねぇ、ひこぼし。

 だって「もう離さない」って感じで結合装置がピクッともしないもの!

 もう充分に「愛されているぅ」って感じよ。


 二十日に及ぶこの実験は何とか成功したけれども、不具合の原因追及のため予定していた実験項目の変更を余儀なくさせられた。それにスラスターの燃料をかなり消費してしまったみたいだし。

 この後一年ほどは、ひこぼしに搭載されたロボットアームでの遠隔操作が主な実験内容で、私には関係のない実験だからとってもヒマなの。時々、太陽電池パネルを太陽に正対させて充電するだけ。


 ところがね、イジワルな実験があったの。

 年が明けた一九九九年の三月二十五日だったわ。

 ひこぼしの、そのロボットアームで掴まれたのよ。

 おまけに、結合装置を解除して。

 挙句の果てには、私をロボットアームで吊り上げたのよ!

 それは『ターゲット衛星の把持はじ』とかいう実験らしいけど、もうムカッと来たわ。

 私を前後、上下に揺さぶって!

 私を振り回さないでよねっ!

 ひこぼしが「スラスターで反動を制御して位置を保持するのが大変なんだよ」と苦笑いし、「将来、この技術は無人ペイロードの捕捉に役立つのだから」と慰めてはくれたけれども、私としては納得がいかないわ、プンプン!

 でも、実験終了に際して、ロボットアームは私を丁寧に扱ってくれたわ。ちゃんと結合装置が働く場所ピッタリに私を納めてくれたの。

 そして、ひこぼしが優しく結合装置で私を捕らえてくれたの。それはそれでちょっと嬉しかった。ちゃんと「レディ扱い」をしてくれたんだわって。

 一九九九年の五月までが当初の実験運用期間だったけれども、私とひこぼしの調子がいいので、十二月まで運用期間が延長された。結局は、ひこぼしのロボットアームの実験と私がロボットアームに把持はじされる実験ばっかりだったけどね。


 十二月に実験運用を終了した以降は、長期的な劣化傾向等を把握するための運用となった。時折、軌道修正のコマンドがひこぼしに届いたけれども、それ以外はもう誰も私とひこぼしに言ってくることはなかった。

 静かな時間だった。

 私とひこぼしだけの静かな時間。

 たくさんのことを二人で語ったような、そうでなかったような、そんな時間が静かに流れていったわ。

 でも、そんな時間は長く続かないものね。

 二〇〇二年の六月から、ひこぼしの姿勢制御装置の不具合で姿勢が安定しなくなり、ゆっくり回転するようになってしまった。

 そして、二〇〇二年十月三十日の午後四時前、遂に私とひこぼしに『停波』の指令が下りた。これは「もう電波を出さなくていい」というコマンド。運も寸も無く、私とひこぼしは指令に従うしかない。私とひこぼしは静かに眠りに就いた。

 それと同時に、地上では二〇〇七年から二〇一二年の間に大気圏に再突入するだろうと予測、そしてその際には最大で四百キログラムの部品が燃え尽きないで落下すると報道された。


 だけど、私とひこぼしはまだ地上に落下していないのよ、うふ。

 まだまだ元気に地球の軌道を回っているわ。軌道高度が五百五十キロメートル、軌道傾斜角が三十五度、軌道周期が九十六分の円軌道をね。

 え?

 どうしてそんなに元気なのかって?

 なんで動作しているのかって?

 それはね、うふふふ。

 仕方が無いわね、あなたにだけ秘密を教えてあげるわ。

 二〇〇六年十二月十三日に大規模な太陽フレアが発生して、その太陽フレアによって強烈な太陽粒子の嵐が吹き荒れたの。

 ただその時に、バンアレン帯の何処を通過していたかでその運命がずい分変わったみたい。同じバンアレン帯でも特に強烈な粒子が吹き溜まりになった場所を、私とひこぼしが通過したらしいの。

 その時、私は目の前の明るさにビックリしたわ。ひこぼしもそう言っていた。それからすぐに充電池が満タンになり、全ての電子回路に電流と電子が行き通い始めたの。全ての機器が復活して、私とひこぼしは『活性化』したの。四年振りに目覚めた気分は最高だったわ。

 だけど、もうスラスターの燃料は底を突き、姿勢制御装置も壊れているために、往時のような『ランデブー・ドッキング実験』は出来なかった。

 だけれども、結合装置の開閉とか、ロボットアームによる「私の把持はじ」とかを、私とひこぼしでこっそりと楽しんでいたりするんだけどね。

 もちろん、そんなことを地上の管制センターに報告なんて全然してないわよ。だって、私とひこぼしには既に『停波コマンド』が下されているんですもの。報告の義務なんて一切無いのだから。

 これは私とひこぼしだけの秘密なの、うふふふ。


 私とひこぼしの二人だけの、

 私とひこぼしの二人だけが楽しむ、

 私とひこぼしの二人だけでしか楽しめない、

 私とひこぼしの二人だけの宇宙のダンス。

 これ以上に楽しいことはないわ。

 ホントよ。

 本当にそう思っているわ。


 活性化してから八年。

 今だに、記念日の七月七日には「分離性能確認試験」を実施しているのよ。

 ただ結合装置のフックを開閉するだけなんだけどね。

 とっても楽しいのよ。

 ちょっとスリルもあるし。


 技術開発試験衛星『きく七号』

 ターゲット衛星『おりひめ』

 チェイサー衛星『ひこぼし』

 私「おりひめ」と彼「ひこぼし」

 これからも充分に仲良くするわ。

 これからもずっと一緒だしね。

 いつか大気圏に再突入して燃え尽きる、その日まで。

 うふふふ……。


 [了]


 【追伸事項】

 原稿を執筆した二〇一四年六月現在において、地上から見上げた「宇宙そら」で飛行している『ETS・7』を確認しているサイト(写真付き・二〇一四年三月付)があることをお伝えしておきます。

 本当の「おりひめ」と「ひこぼし」もまだ宇宙そらを飛行していて、大気圏に再突入していないようなのです。

 これは、SF好きにとって「ちょっとした『夢想』」であろうと思うのです。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 以下に【七夕一人企画】を解説していますので、よろしければご一読を。


【七夕一人企画とは?】

 毎年七月七日に勝手に騒いでいる、織女星と牽牛星の伝説に因んだSF短編を投稿する自分一人だけの企画が『七夕一人企画』です。

 二〇〇七年から始めた、一人で勝手な七夕のSF企画なのですが、毎年一つずつ積み重なっていく自分の小説が楽しいです。

 是非、企画趣旨に賛同して一人企画を始めてみては如何ですか? よろしければ今日中に、無理なら来年にでもどうぞ。


【七夕一人企画の概要】

 企画の概要をご説明しましょう。七夕一人企画は至って簡単です。

【一】『各々の作家さん個人で行う企画』という認識で、全てを自分一人で行うこと。

【二】「七夕」の諸々にちなんだ内容ならばジャンルや分量は問わない。

【三】七月七日・午前〇時〇〇分〇一秒から午後二三時五九分五九秒の間に投稿すること。

【四】ツィートの文頭は【七夕一人企画】で書き始めること。

【五】「○○○○(作品名とURL)を投稿しました」というツィートすること。

【六】ツイッターでの宣伝には「#七夕一人企画」のハッシュタグもお忘れなく。


【読み手の参加について】

 また、奇特にもこの趣旨に賛同していただいた上に七夕一人企画の作品をお読みいただいた読者様には大変申し訳ありませんが、感想などを「感想欄」に書いていただけると嬉しいのはもちろんですけれども、何かしらのツィートしていただくだけでも嬉しいので、是非にもツィートしていただけるとありがたいです。なお、ツイッターでのハッシュタグは「#七夕一人企画」でお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読いたしました。 これ、詳しくはわかりませんが、実際にあったことをなぞられておられるのですよね。 衛星に願いをー―檀さんならではのお話と感じました。 ベガとアルタイル(けど今日は全く見えな…
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