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世界と夢とはじまり(3)

ぼちぼちがんばります

(お好み焼きと言えば、妹が好きだったな…)

 理妖は一つ二つ中道に入りこみ誰にも邪魔される一人きりで座って食べることのできる場所をみつけると、暗く沈みそうになった気持ちを切り替えるようにお好み焼きを口の中に掻き込んだ。まさか、最も遠く離れた異国の地で故郷の食べ物を食べることになるとは想像もしていなかった。涙などとうの昔に枯れたと思っていたが、眼から滲み出るものの正体は調べるまでもなかった。故郷の懐かしい味を噛み砕くたびに封印したはずの想い出が染み出してくる。

(帰りたいなあ。みんなに会いたい…)

 何度となく繰り返した想いは、何度でも同じ結論にたどり着く。初めと終わりが繋がっているメビウスの輪のような思考。自問自答の牢の中にいる囚人。何もかもが異質な世界で帰郷の念の奴隷になって心の自由を奪われた理妖を救ってくれた人のことを思い出した。

(リアに会いたい…)

しかし、理妖は一瞬の後、自分自身の考えを否定した。

(だめだ。心が疲弊しきってる時に会いに行くのは甘えにいくのも同然だ。これ以上リアに頼るわけにはいかない)

 この2カ月というもの気が狂いそうな感情の渦に飲まれそうになったことは両手の数に収まらなかった。気持ちが暗くなった時は、とにかく体を動かせばいい。狂騒が心の中を走る度に乗り越えることができたのは、幼い頃から嗜んでいた剣術の稽古があったからだった。いつものように素振りを繰り返せば無心になれる。何も考えずにいられるはずだ。


 理妖が現在住んでいる街はロマーン帝国第3の都学術都市ユルミールだ。ユルミールは首都ロマーンがあるエテリオル半島から地中海を抜けて巨大な暗黒大陸の北方に位置する。28年前に『氷龍』シャフツベリ卿は暗黒大陸を蹂躙していた魔狼フェンリルを撃退しこの地を治める領主に任ぜられた。シャフツベリ伯が最初に行った改革はリングスティック学院という学校を創設することと学院生の圧倒的な武力を背景にした統治システムを構築することだった。本国・周辺諸国から知識の源泉を求めるものと絶対的な平和の象徴たる英雄を慕うものが集結し70万を超える都市はいまだ拡大を続けている。


 学術都市ユルミールではその名に反して武力も尊ばれる。シャフツベリ卿の施策として血気盛んな若者のために修練場が解放され決闘でも訓練でも自由に行うことができた。理妖は喧騒の大通りを北に抜け、顔見知りのガードに会釈をして威圧するような巨大な門をくぐり抜けた。古代ローマのコロシアムを想わせるような巨大な修練場の片隅でただ只管に雑念を振り払うかのように木刀を振り続けた。まるで親の敵が目の前にいるかのように、必死の形相でただただ空中を叩き続けた。

「うん?そこにいるのは泣き虫理妖か。奇遇なこともあるものだな」

 ちらりと一瞥すると、気の強そうな少女が立っていた。金の光を放つ眼光は獲物を見つけた獅子のように爛々と輝き、髪もまるでそれのたてがみだ。幼いながらも、王者の威容を発している。

「お久しぶりです。甘えん坊将軍ことシャフツベリ・レオパルト閣下。今日は保護者同伴ではないので?」

「私に護衛はいらぬ。それに甘えん坊ではない。獅子の子は姉妹でじゃれあうものだ。姉を慕うのは当然のことだ」

「よく言うぜ…。」

「しかし。今日のお主はいつにもまして気迫が籠っているな。みろ、皆も注目している」

 周囲にはこちらを窺うようなギャラリーができていた。ざっと30名は超える若者がヒソヒソと隣と会話をしていた。

「確かに注目してるみたいだが、気まぐれな猫娘が珍しいだけじゃないのか。英雄様の秘蔵っ子が何をしてるんだ。日向ぼっこならもうちょっといいスポットがあるんだが教えてやろうか」

「猫ではないわ!私は獅子だ。ライオンだ。百獣の王なんだぞ!次に猫といったらその首かき切るぞ…」

 ぐるると、レオはまるで猫のようにうねり声を上げた。

「よーしよしよし、いい子いい子」

「ええい、抱き寄せて頭をなでるでないわ。猫じゃらしもいらん!猫扱いするなと言っておろうに。鶏頭か!」

「はい。お手…。ダメか。猫はお手しないんだっけ。じゃあ、ちんちん。ちんちんならできるだろ」

「…殺すぞ」

「そんなこと言うなら、お姉ちゃんに言いつけるぞ!」

「…。…。なぜ姉上はこのような輩を気にかけるのか。野垂れ死にさせればよかったものを」

にがにがしそうな顔をするレオに、もう一度猫じゃらしを振ってみる。

「だから猫じゃらしはいらん!本当に相手をするのが疲れる男だ…。なんの話だったか…。お主、さっきから自分が振っている木刀の刀の部分がなくなってることに気づいておらんのか?」

「…ほんとだ。レオ、腹が減ったからって僕の木刀の刀身食べちゃったのか?サトウキビじゃないんだぞ。ほら、ぺっとしてみ、ぺ。」

「…話の腰を折るのが好きな好きなようじゃの。代わりにお主の腰をおってやってもいいのだぞ?」

「お姉ちゃん」

「っだああああ!いいかげんにしろ!そっちこそ姉上に言いつけてやるぞ。誇り高き獅子を何だと思ってるのだ。姉上の知り合いでなければお主など侮辱罪で100回は首を吊ってるところだ」

「ほらでた、やはり甘えん坊将軍だ。当人同士の喧嘩で身内に告げ口するのはもっとも嫌われるパターンだぞ。気をつけた方がいい。ちなみに木刀の刀身は素ぶりの時の風圧で吹き飛んでしまったみたいだな」

「…そうか。」

 レオのこめかみに青黒い血管が浮き出ている。

「それで、一体何をしてたんだ。残念ながら、愛しのお姉ちゃんならここにはいないぞ」

「一々要らぬ一言を付け加えねば会話も出来ないのか?まあよい。ここは私が大人になろう。私はただ鍛錬にきただけだ。特別なことは何もない。お主は、さっきの荒れ様から察するにストレス解消とやらか。」

「まあ、そんなところだ」

「…そうか。簡単に割り切れるものではないしな」

 理妖が素直に認めると、レオは触ってはいけないものに触れてしまったようなバツの悪そうな顔をした。奇妙な沈黙。

「そうだ。私と組み合わないか?私とやりあえる者と打ちあえる機会はそうそうないからな。正直同い年のお前とはライバルめいた感情を持ってるんだ」

「別にかまわないけど、待ったは何回まで?」

「将棋か!剣の試合で待ったとか聞いたことないわ!」

ぼちぼちがんばりました

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