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最も醜く残酷で、最も儚く切なくて、最も軽く……最も重い命の結末の物語

作者: 結城陸空

この小説は企画小説の一月のテーマ『命』の小説です。

他の先生方の小説は『命小説』と検索すると見ることができますのでよろしくお願いします。



「ただいまー」


「おかえりなさい」


 疲れた足取りで家に帰ると、キッチンで料理をしていた妻の木村宏美がいったん手を止めて振り向くと、温かい笑顔で出迎えてくれた。夫の木村正志にとって、日頃の疲れを癒す心地よい笑顔だ。


「あ、パパおかえりなさい!」


 そこへ更に元気のよい子供の高い掛け声が、扉の開く音とともに部屋から飛び込んできた。見ると、足の膝くらいの高さに愛しいまだ5歳になったばかりの我が子の姿があった。正志の息子である友一だ。明るく活発な子供で、この前は、将来の夢は宇宙飛行士になることだと一生懸命話してくれた。腰を落として目線の高さに合わせると、愛しさのあまり、くしゃくしゃと頭をなでる。


 一家団欒――。


 そんな言葉が似合いそうな雰囲気を持つこの一家は、毎日がとても幸せに満ち溢れていた。


 正志は毎日残業もせず同じ時間に帰ってきて、ちゃんと夜ご飯を一家で食べる。


 宏美も毎日正志が帰ってくる時間帯には家にいて、ちゃんと夜ご飯を一家で食べる。


 友一も毎日必ず二人と一緒に夜ご飯が食べれてとても楽しくそんな二人が大好きだった。


 正志も宏美も友一も決して会話を途絶えさすことは無い。


 正志は会社でのこと。


 宏美は家でのこと。


 友一は幼稚園でのこと。


 一家には話すことが多すぎて、会話が途切れることなんてない。むしろ笑顔が途絶えることなんてもってのほかだ。この一家はとても幸せ。それは近所でも評判なくらい仲が良いと噂される夫婦の間柄もそうであった。


 ――ただ周りが見ている光景がそのまま真実とは限らない。


 正志がいつも疲れて帰ってくるのは、実は会社はかなり前にクビになっており、闇金融にお金を借りていつも頭を下げに行ってるからである。いつも残業もせずに帰ってこれるのも会社には行っていないからである。そして会社に行っているふりをして同じ時間に帰ってきているのである。


 宏美がいつも笑顔でいるのは、不倫がばれない様にするためである。友一を幼稚園に送った後は毎日のように愛人の家に行き家にいることなんてほとんどなかった。正志にそのことがばれない様に毎日夜ご飯の時間には家にいて一緒にご飯を食べていた。


 友一はそんな二人の事情などまったく知らずただ一人幸せだった。


 そして今夜正志は決意した。返せなくなった借金を背負って生きるよりも死を選ぼうと。一家揃って無理心中しようと。闇金融の事務所から盗みだした拳銃を使って。


 宏美も決意をしていた。愛人にもっと気に入られるためにもっとお金を貢ごうと、そのために正志を殺して保険金を頂こうと、邪魔な友一もその後殺せばいいと、包丁を使って。


 友一は、いつもの幸せな家族の下、笑顔でご飯を食べていた。


「友一、今日幼稚園はどうだったんだ?」


「楽しかったよ。あのねー、今日幼稚園で絵を描いたんだ」


 そう言って友一はかばんから画用紙を出して広げる。そこには父親である正志と母親である宏美と思われる人が描いてあった。そして二人に手を繋がれ真ん中で笑顔で描かれているのは友一だった。


「へぇー! 上手じゃないか。友一は将来は画家さんだな」


 正志は友一の顔を見る。笑顔の友一の顔を見ることが出来るのはこれが最後だと思い。


「なに言ってるのよ。友一は将来宇宙飛行士になるんだよねー」


 宏美も友一の顔を見る。友一の最後の笑顔を見るために。


「僕は宇宙飛行士になってきれいな星空を描くんだよ」


 友一は二人の顔を交互に見ながら話す。


「お! いい夢だな! じゃあパパもからそんな友一のためにプレゼントをあげるよ」


 そう言って正志はかばんに手を入れた。


「あら、パパからもプレゼントがあるの? あたしも二人にプレゼントがあるのよ」


 そう言って宏美は後ろにある包丁を握っている手に力を入れる。


「宏美もプレゼントがあるのか? じゃあ、先に出していいよ」


「いえ、あなたのほうから先にどうぞ。あたしのはとっておきだから」


「じゃあ、一斉に出すか?」


「そうね、そうしましょ」


「わー! 楽しみ! なにかなー?」


 友一は二人からプレゼントがあると聞いてとても目を輝かせている。


「はい、プレゼント」


 妻の宏美が隠していた包丁が電灯に映え、正志の腹部に向かって伸びる。それとほぼ同時に、夫が銃を構えた。


 次の瞬間――


 部屋の中を甲高い銃声がこだました。遅れて聞こえるのは呻き声。そして、死した哀れな二人が物々しく倒れる音。先立った二つの骸を、取り残された友一が呆然と見つめていた。何がおきたか理解できない。理解できるはずがない。他人の死を受け入れる事など、まだ幼い子供になどできようはずがない。


「パパ? ママ?」


 友一はまず宏美の元へと歩み寄る。


 宏美は頭から血とも脳とも取れるものを流して目をバッチリ開けたまま動かなくなっていた。


 次に友一は正志の元へと歩み寄る。

 

 血というものは出てはいないものの正志もまた目をバッチリ開けたまま動かなくなっていた。


 まだ5歳である友一は二人が陥った状況が理解出来ない。ただ本能的に喪失感を持っていた。今、目の前で父親と母親が殺し合った。大好きでとても幸せであった二人が友一の目の前でお互いがお互いを殺して二人共死んだ。


 動かなくなった二人を見て友一は。


 ――笑うしかなかった。


「二人共動かなくなちゃった。アハハッ! アハハッ! 変なの。もしかして二人共死んじゃったの?」


 友一は腹を抱えて笑っている。その笑顔はとても幸せそうだった。友一は笑いが止まらないようだ。



 



 ――プログラム停止。


「駄目だ。不合格だ! 壊れる! 取り押さえろ!」


 部屋の外で待機していた三人の男が笑っている友一を取り押さえた。必死に抵抗する友一だがさすがに5歳の子供では大人には敵わないようですぐに抵抗できなくなった。身体的に抵抗できなくなった後も友一は笑っている。


 そこは白いスクリーンに囲まれた部屋。それ以外はなにもない。


 友一を取り押さえた男達は友一を別の部屋へと連れて行った。


「また不合格……でしたね」


「次に期待するしかないさ。さぁ次の子供を連れてきてくれ」


 

 近年増加の一途を辿る凶悪犯罪。現在その凶悪犯罪のほとんどは十代の若者の間で発生している。そこで政府が打ち出した新たな政策。それが将来凶悪犯罪を犯しそうな幼児を対象として作られた育成プログラム。


 人の死の儚さ、悲しさ、大切さを実際の身近な人物の死のシュミレートを通して理解してもらい殺人などの凶悪犯罪の減少を期待されたプログラム。


 しかし、実際にこのプログラムを実行して分かった事実。それは人間の約九割が将来的に凶悪犯罪を起こす可能性を秘めているということ。このプログラムに合格して無事に家族のいる家に帰ることが出来るのは全体の約一割に過ぎなかった。


「次の被験者を連れてきました」


「よし……ではシュミレート開始だ」



         了


読んでいただき有難うございました。


この作品は『結末は誰にも言わないでください』シリーズ第三弾です。


第一弾『不死』第二段『爆弾処理』もよろしくお願いします。


オチが『不死』とかぶっているいることはすいませんとしかいいようがないです。ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長いタイトルに惹かれてやって参りました。 暗い作品というのは嫌いではありません。しかし仲良く団欒していた夫婦が何の前触れもなくいきなり包丁や銃を取り出した部分、そこのところはもっと細かく書か…
[一言] 長い題名につられて、覗いてみました。こういう暗いの、私は大好きです。もっと緊迫感を出すため、武器を構えあうシーンをもう少し細かく加筆すると、もっと寒いものができるのではないでしょうか。勝手な…
[一言] はじめまして甲崎零火です。 タイトルの長さに惹かれて読み始めましたが……まさかこんな結末とは(汗) テンポよく書かれていて面白かったです。 でももう少し救いのない話の方がインパクトありです(…
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