崩壊 1
2012年一発目です。ちょー暗いけど。
今年も皆様どうぞよろしくお願いします。
ザァア…と平原に雨が降り注ぐ。どんよりと暗く重たい雲は、雷鳴という不気味な呻り声をあげていた。
「レア、悪い…もう少し走るぞ。」
「ん、平気。それにしてもひどい雨ね!さっきまでの天気はなんだったのかしらっ!」
今朝、「シトリン」の街を出た時は天候は快晴だったが、「トパーズ」へ馬を進めているうちに天候が悪化していった。
さらに雨にあたった場所は、雨宿りができるような場所のない平原。
前に乗せたレアが雨に晒されないよう、少し前のめりになっているフォースは顔にかかる雨に表情を歪めながら馬のスピードをあげている。
その表情を見て、無力な自分に落ち着かないレア。
さらに今朝、目が覚めたら「ソファで寝る」と言った自分はベットにいて、その隣でフォースが眠っていたことに大混乱し、思わずセロリアを呼び出して訳も分からず吹っ飛ばした…というひと悶着のあとなので一層バツが悪い。
(そっか、セロリアを呼んで…羽の下で雨宿り…)
(やーだよ!俺が濡れるじゃん!)
思いついた案を心の中でつぶやくと、すかさずセロリアが答えてくる。もちろん拒否だ。
レアとしても、セロリアを雨ざらしにするのは気が引けるので、言い返すことができず、うーんと呻っていると、パッと空が輝いて、直後に大きな雷鳴が轟き思わずフォースにしがみつく手に力が入る。
「雷、怖いのか?」
「吃驚しただけっ!!」
ザァァア…
問答を交わした後には、強くなった雨足の音だけが虚しく響く。
そしてまた、空が輝いた。
その一瞬に前方に人影が見えた気がしたフォースは目をしかめる。一拍おいてから雷鳴が轟くとそれに驚いたのか、馬が嘶いて歩みを急に止めた。
「おっ!…っどうどう、急にどうした!?」
興奮しているのか、すっかり落ち着きをなくした馬を宥めているとまた空が輝く。
今度はしっかりと前方に人影を確認できた。と同時にセロリアがフォースの前に姿を現す。
「セロリア…あれは…。」
「あぁ旦那。…ディープだ。」
セロリアのその言葉と共にまた雷鳴が轟いた。
ほの暗い景色に目が慣れてきたのか、前方に佇む青年…人界魔の姿がはっきりフォースたちの目にうつる。
すらりとした長身に尖った耳。そして頭には、2本の細い角がある。
それは地界で最強とされる邪竜族の証であるという。その最強というオーラが滲みでているのかゾクリと背中に悪寒が走り、レアはごくりと唾を飲んだ。
「どちらへ?フォース殿下。」
まだ強い雨足の音に遮られることなく、ディープの声が通る。
「どこだっていいだろうがっ!」
「お前には聞いていない。セロリア。」
フォースの代わりに答えたセロリアの言葉をピシャリと跳ねのけるディープ。
やはり元師弟関係にあっただけはあり、二人の上下関係は明らかだ。
だがセロリアはそれがどうやら気に喰わないらしく、反論しようとしたがフォースがそれを制した。
「…答えは分かってるんだろう?無駄な問答はなしにしよう。」
どこか淡々と話すフォースだったが、その雰囲気は切迫したものがあった。
セロリアはそれを感じ取り、険しい表情を浮かべたままディープを睨みつけている。
一旦言葉を切ったフォースは、深く息を吐き、ちらりとレアへと視線を送る。
その視線の意味を「ここから反撃開始」と捉えたレアはただ黙ってコクリと頷いた。
それを見届けたフォースは改めてディープに向き合い、彼の言葉を待った。
「そういう訳にはいなかない。…途中で蹴散らした者どもの言い分だけでは不十分なのだ。」
まるでフォースに当てつけるように淡々と話したディープの言葉の最後に息をのむフォース。
レアも思わずフォースの服を掴んだ。この場所にくる途中にあるのは「トパーズ」の都だけだ。
つまり、ディープの言葉が事実だとするならば、「トパーズ」にいたフォースが率いてきた軍、そしてジンとデイジーもいるはず。
「蹴散らした…だと?…ふざけんじゃっ!!」
こみ上げた怒りを声にしてフォースが顔をあげたその前に、セロリアの黒翼が広がっていた。
そして頬に走る鋭い痛み。そこへ手をやれば細い切り傷ができていた。
「フォース、落ち着いて。二人ならきっと大丈夫だから!」
「レア…。」
なんとかフォースを奮い立たせようとするレアの表情にも、戸惑いの色は残ったままだ。
だがそれが逆に、フォースの意思を盤石なものにする。「トパーズ」はジンとデイジーに任せたのだ。二人を信じないでどうするのだと、自分に言い聞かせて自身の剣に手をかける。
その姿を確認したレアは、自らも背筋を正してセロリアに命を下した。
凛としたその声は、雨音に遮られることなくセロリアに届く。
「セロリア、フォースのために道をあけて。」
「了解、マスター。ってわけだ。そこどけよ、ディープ。」
レアの思いのこもった命令に、セロリアは嬉しそうに笑みを浮かべてかつての師匠を睨みつける。
しかしディープはそれに怯むことはなく、表情ひとつ崩すことはなかった。
彼のその様子にギリッと歯を鳴らしたセロリアは、そのままディープの懐へと駆け込む。
だが、懐へたどり着いたものの攻撃を仕掛ける間もなく、ディープによって頭を鷲掴みにされ、投げ飛ばされるセロリア。
ズシャと雨でぬかるんだ大地に思いっきり叩きつけられ、泥が口に入ったがすぐさま立ち上がり口の中の泥を吐き出し、口元を拭う。
一筋縄ではいかないと分かっているセロリアは、泥にまみれながらも闘志を失ってはいなかった。
「昔は、地に叩きつければ泣き怒っていたのに成長したものだ。」
「うっせぇ!んなガキのこと引っ張り出すんじゃねぇよっ!!」
「そうだな。さっさと終わらせよう。」
ディープはそう言うと、右手をフォースとレアに向けて伸ばした。
その指先に力が籠められるのに共鳴して、空の暗い雲が雷鳴の呻き声をあげる。
「ちょ、まてっ!!」
「遅い。」
ドォオン!!
直後、空が輝き、雷鳴を轟かせて雷が落ちた。
シュウと蒸気が上がり、あたりにまた雨音だけが響き渡る。
蒸気が引いていくと、そこには倒れ込むセロリアとレアの姿。暫くするとセロリアの姿は消えてしまった。
そしてレアの後ろで蹲るフォース。雷が落ちる寸前にレアに庇われ、そのレアをセロリアが庇ったことばうかがえる。
「なかなか良い奥方と、人界魔を手にされた。」
蹲るフォースを見下ろしながら静かにつぶやくディープ。
体中に走る痛みを堪えながら、尚も剣に手をかけるフォースに小さく舌打ちすると、彼の腹部を蹴り上げた。
その衝撃を防ぐ術はなく、フォースは意識を手放した。
意識をなくしたフォースとレアを抱え上げ、その場を後にする。
少し歩いたところに停まっていた馬車の扉が静かに開かれる。そこにいたのはサファイア王妃だった。
「王妃、時は満ちた。」
「えぇディープ、ご苦労様。」
短く王妃と言葉をかわした後、フォースとレアを馬車に乗せるとディープは王妃の指輪へと戻っていた。
そして馬車は「サファイア」へと向かいゆっくりと進み始めた。