セロリアの夢 1
ピーコックの発言によって幕引きとなった会談後、フォースとレアはシトリン領主の館に一泊する事となった。
通された広々とした客間にて食事を済ますとフォースは黙ってバルコニーへと出て行った。
一国の王子が軽々しく敵国にてバルコニーにでるのはいかがなものか。とレアは思いつつも、彼を止めることはしなかった。
「母は最強の人界魔と共にサファイアを大国へと導いた立役者」ピーコックの言葉を要約すればこうだ。
フォースにも思うところはあるに決まっている。だからレアは声をかけない…否。かけられないのだ。
「マスター…。」
不意にセロリアの声が体の中に響き、セロリアがレアの前に姿をみせた。
すこししょんぼりとして、ばつが悪そうな表情を浮かべる彼は数秒思いつめた後、
「黙っててごめん!」
と勢いよく頭を下げた。
「俺、ディープのこと気づいてた。でも、わざわざ言うこともねぇと思って、そんで旦那の進む道が決まった時は後で言おうと思ってた。いきなり出鼻くじいてもアレだと思って…」
言葉の最後になるにつれ、声が小さくなっていくセロリア。
こうやって謝ることに慣れていないのだろう。レアはそう思いつくとそんなセロリアが少しかわいくてクスリと笑うと彼の頭に手を当て撫でた。
「気にしないでセロリア。私たちもすぐに気付くべきだったわ、王妃様にも人界魔が付いていることを。いずれは分かることだったんだからセロリアが気に病む事ないのよ。」
セロリアにそう言い聞かせる半分、自分にもそう言い聞かせたレア。
「そうだ。気にするなセロリア。」
いつのまにかバルコニーから戻ってきたフォースもセロリアに同じ言葉をかけた。
そしてソファーに座っているレアの隣にふぅ。と大きな息を吐きながら腰かける。
「ふたりとも、俺の意志は変わらないからそのつもりでいてくれ。特にレアはしっかりな。いつの日か母上とその人界魔と対峙する日が来ても俺たちが迷わないように。」
フォースのその言葉に黙ってうなずくレアとセロリア。
頷きはするもののそんな日がこなければいいのにと思う気持ちをレアは拭えなかった。
「で、レア。今夜はどうする?」
沈んだ表情をみせるレアにフォースが別の話題を振ってきた。
目的語が含まれないその話題に首を傾げて応えるレア。
「ベッド、ひとつしかないから。」
フォースがそう答えると事の重大さ(レアにとって)に気づき、目を見開き動揺するレア。
結婚後も寝室は別にしているふたりにとって初めて訪れた寝台を共にする機会。
最近、フォースとの距離(心身ともに)が近くなっている感が否めないレアは、いらぬ妄想に動揺を隠しきれずにいた。
「え…っと、」
曖昧に答えを出さないでいると、不意に急激な眠気にレアは誘われた。
「え!マスターマジで!?」と半ば叫び声をあげてセロリアの姿が消える。
そう、レアの力が限界を突破したのだ。
このタイミングの良さというか悪さというかに絶句してのセロリアの叫びだったのだ。
「えっと…わたし、こ…こで、いい、から…。」
襲ってくる強烈な眠気に反抗するものの、こっくりこっくりと船をこぎ始めているレアの頭。
真夜中の騎行に、緊張の会談。さらにその会談の間ずっとセロリアの実体を出し続けていたのだ。
疲労はピークに達していたのだろう。レアはひとつ大きく船をこぐとその反動のままにフォースの胸へと頭を預けていた。そして数秒後に規則正しい寝息が聞こえてきた。
眠気と格闘しつつも「いっしょには寝ない」と言ったレアの徹底ぶりにすこし落ち込んだフォースだったが、無意識とはいえその身を自分に預けた結果となったのは幾分か嬉しかった。
「ここでなんて休ませるわけないだろ。」
胸にあるレアの頭をさらに抱き寄せその頭上から囁くフォース。
そしてレアの頭上に優しく口づけを落とすと、軽々と持ち上げ寝室へと運んだ。
そんなフォースの囁きも、抱き上げる腕にこめられた熱い思いも知らずに、レアは深く深く夢の中へと落ちて行った。