力をもとめて 3
「つまりは、手をだすな。ということか。」
フォースの話しを聞いたエメラルド王妃が簡単にまとめ言葉にだした。それに黙ってうなずくフォース。
エメラルド王妃は「ふむ…。」と小さくつぶやくと、視線をシトリン領主へと移した。
「どう思う、シトリンの。」
「…そうですね。このような言い方は失礼かもしれませんが、むしがよすぎるというか…」
そう言って少年領主は肩をすくめて、フォースとエメラルド王妃を伺いみた。
自信はないもののしっかりと発言をした彼に、フォースは少し笑みを浮かべて答えた。
「たしかに仰る通りです。でもだからこそ、見せていただきたい。」
フォースの強い意志を含んだその言葉に、少年領主は小首を傾げ、エメラルド王妃は動じず視線だけをフォースへと流した。
「見せる?何をですか?」
「大国の器を。」
フォースの言い回しに少年領主はピンと来ないのか、「はぁ…」と疑問符まじりに答えた。
「サファイアをせめるには、お家騒動は格好のチャンス。それを棒に振れということだな。」
「あ、…なるほど。」
「それを大国の器というか…フォース王子。…なめてもらっては困るの。」
エメラルド王妃の言葉に、場の空気が一気に張り詰める。
癇に障ることを言ってしまったのかと、フォースとレアに不安がよぎるが、
「もとから攻める気などないわ。」
次の句はなんともあっけらかんとした言葉だった。
「そなたらが勝手にやって来ていたのだ。もとよりこちらに戦いの意志はない。―思う存分やればよい。わらわは攻めも守りもせぬ。だが―…」
エメラルド王妃はそう言って立ち上がった。それに従いフォースとレア、そして少年領主も立ち上がる。
エメラルド王妃はフォースとレアの顔を眺めた後、一拍おいて笑みを浮かべた。
「…王に立った暁にはぜひまたこういった場を。その時は、互いに手を取り合える道を探しましょうぞ。」
エメラルド王妃はそう言って右手をフォースへと差し出した。
差し出された右手に込められた信頼と希望と、そしてまだ少しはあろう自分に対する侮りも全部ひっくるめるようにしてフォースは握手を交わした。
「その時はぜひ。」
「ふふふ…楽しみだの。―おや、不服か?シトリンの。」
「いいえ。…僕もその時までにはもう少し経験を積まなければ!」
少年領主はそう言って自らの手を2人の握られた手の上に乗せた。
フォースの王位奪取の足がかりはこうして成立したわけたが、それは人間界の面だけであった。
「お妃様が決めたことには異はないですけど。少しよろしいでしょうか?」
自らの主を含む人間たちのやり取りを見ていた人界魔のピーコックがその場に一石を投じたのだ。
「フォース王子。サファイアを大国にしたのは誰だとお思いですか?」
「それは…父、だ。」
ピーコックの問いかけに嫌々応えるフォース。認めたくはないが、父の所業であるのは事実なのだ。
しかし、ピーコックはその答えに首を横に振った。
「いいえ。サファイア王は即位したときからああでしたよ。己の欲を満たすことしか頭にない悪魔にも程遠い愚か者。…その最初の矛先が向いたのが「ゾイサイト」でした。」
聞きなれない国名「ゾイサイト」に顔をしかめるフォースと首をかしげるレア。
ピーコックはこれは意外といったように少し驚きの様子を浮かべている。がしかし、すぐさま表情をまじめに戻すとさらに続けた。
「御存じないのも仕方ないのか…今は亡き国。サファイアでは特にその国名は禁句となっていたのでしょう。「ゾイサイト」はサファイア王妃の祖国です。彼女もまた、レア姫と同じ亡国出身の妃なのですよ。そしてサファイアを大国にせしめたのは彼女なのです。」
「母上が!?」
「正確には彼女が契約をした人界魔―ディープの力と言うべきですが。」
「王妃様にも、人界魔が…た、確かに考えてみれば分かることよね…私にセロリアがいるんだもん。王妃様に人界魔がいないわけ…。」
一旦、会話が途切れ静寂が包んだ。思うことはそれぞれ違うが、この事実の重みを感じ始めていた。
しばらくの後、黙っていたミントが口を開いた。
「ディープ様は、地界でも最強種とされる邪竜族。彼の力は地界でも1、2を争うと言われてるです。」
「そう。ミントの言うとおり、彼はものすごく強い。…ね?お妃さま。」
「うむ…わらわもピーコックもあの者にかなり苦戦をしいられたな。今のサファイアとの境界線死守できたのは、フォース王子を身ごもり、彼女が戦線を一旦退いたゆえだ。」
若き日のエメラルド王妃をピーコックを苦しめたサファイア王妃とその人界魔ディープ。
「戦の影に女あり。大国の裏に悪魔あり。」とはまさにこのことだ。
そして事態はさらに悪化する。
「それで僕の記憶が確かだったら、セロリア。君はディープの弟子だったね。」
思ってもみない事実にレアは目を見開いてセロリアへと視線を移した。セロリアの表情は険しいものだった。
「君は…自分のマスターを勝てもしない相手と戦わせるのか?」
「あぁ?なんで勝てもしないって決めつけンだ!師匠っつたってちょっとの間訓練受けただけだっつの。戦うってマスターが決めたなら、俺はそれに従う。相手が誰だろうとだ!!」
ピーコックの言葉にむきになって反論するセロリア。
無駄に広げた彼の黒翼が彼の動揺を表しているかのようだった。
「相手は王子の親だぞ。」
「それでも!旦那が腹をくくればっ…い、今は動揺しているみたいだけど!旦那やマスターの意志が、未来への希望があれば…!!!」
「勝てるですか?セロ君。…思いや希望で?私たちは悪魔です。その糧は、思いや希望じゃありません。悲しみや絶望といった負の感情です。―きっとサファイア王妃には…」
冷たい表情で淡々と言葉を紡ぐミントの腕を、少年領主がつかんだ。
何の言葉も発せずに首を横に振って、「それ以上言うな。」と彼女を止めた。
「フォース王子、レア姫、そしてセロリア。―それでも戦えますか?」
ピーコックの言葉が槍のようにフォースたちの心に突き刺さった。
ようやく物語の核心に近づいてきました。(たぶん)