新たな戦い 3
「落ちぶれた父にも逆らえない坊や、か…」
続き間にある窓からトパーズの町並みを見下ろすフォースは徐にトパーズ王妃の言葉を反芻した。
確かにその通りだと自嘲して目を伏せるフォース。
「以前、レアにも同じことを言われたな。」
背後に感じた気配に伏せていた目を上げ、そう言うとフォースはゆっくりと振り返った。
そににいたのはもちろんレアだ。その顔には先ほどのジンとデイジーへの憤りの感情がまだ少し残っているようだ。
「あの時お前の父君が『大国には大国の事情がある』と言っていたな。…そんなもんあるわけない。俺はホント、お前やトパーズ王妃の言う通りなんだ。滅ぼした国の王家を生かすことで手を結び、俺が王になるまで待てという。だがその後、実のところどうか。答えは否だ。俺は自分が王になるために何もしていない…。セロリアと約束した世界統一の目的も、結局は親父の言う通りに進軍してるだけだしな。」
フォースは一旦言葉を切り、視線をまた窓へと移した。
目の前にいるレアからも、自分が置かれている現実からも目を背けるように。
だが、レアはそれを許さなかった。
「それで?どうするの?」
優しい言葉でも、慰めでもないレアの問いかけにフォースは少し眉を細めて再び振り返った。
レアはそんなフォースに怯むことなく、毅然とした態度でそこにいた。
「今言ったことは、貴方の現状でしょ。そんなの見ていれば分かる。…それで?貴方はどうするの?どうしたいの?」
レアはゆっくりと歩みを進めながら続けた。
「私たちは?どうしたらいい?どうしてほしい?…でもひとつだけ、間違えないで。」
そこまで言い終わる時、レアはフォースの真正面に立っていた。
瞬きせずにフォースを見つめるレア。その口が徐々に真一文字に結ばれ、怒りが顕わになった。
そして同時に。
パシンッ!
レアの両手がフォースの両頬を軽く叩いた。
「間違えないで…私は!貴方を慰めるためにここにいるんじゃないわ!!優しい言葉なんて、無言の気配りなんて…!!かけないし、しないっ!!――っ!!もうっ!ホントに暗いわね!駄目な顔して、しっかりしなさいよっ!!!」
頬を叩いたレアの手は続いてその頬をぎゅうっとつねり始めた。
「フェ、ア…」
「しっかり…してよボンクラ王子!もうどうすればいいかなんて分かってるでしょう?」
怒りを徐々に抑えて、口調を落ち着かせるレア。
レアにとって、頼りはフォースだけなのだ。祖国の再興も、これからの未来も。
そんな存在である彼がが暗く、足踏みしているのが耐えられなかった。
そしてそんな彼についてきた自分がやけに惨めに感じて…涙が零れた。
レアの瞳から零れる涙にフォースは驚き目を見開いたが、同時に自分の不甲斐なさを痛感させた。
そして、強がりながらも涙を流すレアを愛しく思う気持ちが溢れ出した。
その気持ちに素直に従い、つねられたままではあるものの、レアの頬に手を添えて零れる涙を拭った。
「ちょっ…触らないで…」
頬に触れたフォースの手に驚き、咄嗟にフォースの頬をつねっていた手を離し、添えられた彼の手を払いのける。
「フローライト」の時と同じ行動にフォースは寂しげに眉をさげた。彼のその表情をみたレアはそのことをおもいだしたのか少しバツが悪そうに眼を逸らす。
「…そ、それに貴方もう国王に逆らってるじゃない!」
それを隠そうと強気な態度でまたフォースに向き合った。
「え?」
「忘れたの?…国王から私を奪ったこと。私を選んだ時からもう道は決まってるわよフォース。」
レアのその言葉を受け止めてフォースはゆっくりと目を閉じた。
迷いの暗闇の道で出会ったレアと言う光。確かにフォースはその光を選んだのだ。
そこで答えは出ている。至極、簡単なことだったのだ。
その答えに行き着くとフォースはゆっくりと目を開けた。
「そうだな。迷うことなどないのに。何をしてるんだ…俺は。」
「そうよっ!しっかりしてよね!!…それに、一人で抱え込むこともないわ。ジンもデイジーも、私も、それにセロリアだっているんだから。」
意志の宿ったフォースの瞳を見てレアも少し安心したのか、口調に憤りの感情はなくなっていた。
そんなレアの言葉に、仕草にフォースは微笑むと
「あぁ…そうだな。…レア、少しいいか。」
「え?」
断りだけ入れてレアを抱き寄せた。
一瞬の出来事に絶句して固まるレア。結婚はしたもののこのような行為は実は初めてだったりするのだ。
レアがフォースに身を寄せることはなく、フォースもそれを分かっていたのかレアに触れなかったのだから。
しかしフォースは今、レアに触れずには、抱きしめずにはいれなかった。
「俺は…ずっとレアを待ってた。レアという存在を待ってたんだ。」
「な…によ、それ。意味わかんない…。そんなことよりっ!妻に発破かけらるなんて恥をしりなさいよっ!!」
「あぁそうだな…でもまた頼むよ。」
笑いを含みながら言うフォースにレアは手をジタバタさせて抗議するが、強く抱きしめられた状態ではあまり意味をなさなかった。
「レア、それにジン、デイジー。セロリアもいるな。…改めて、俺についてきてくれ。まずはサファイアを手に入れるっ!」
腕に感じる温もりと、古くからの信頼と、己の覚悟を以ってフォースは皆にそう告げたのだった。