Target No.1
帰宅後、自室でPCを前にしたまま、私はしばし考え込んだ。
そういえば私は総務部の森嶋澄香について、知らないことが実に多い。
仕事上の接点はほとんどない。総務部は私のフロアとは別の部屋にあるため、彼女は私にとって時折廊下や女子トイレで見かけては気分を害する程度の存在なのだ。
瞬間的な怒りだけでターゲットを決めたことについて、私は少し後悔した。
ただ、森嶋澄香は社内のちょっとした有名人でもある。
女性の平均値より少し背の高い彼女は細身で姿勢がよく、華奢なデコルテラインの上には派手な目鼻立ちの割りに小さな顔がちょこんとのっかっている。艶やかに手入れされたダークブラウンのロングヘアは常にゆるく巻かれており、彼女の動きに合わせてふわふわと揺れては仕事場に不釣合いな色気を漂わせている。元々美しい顔立ちにしっかりめのメイクを施しているが、近寄りがたさを感じさせないためであろう『隙』もきちんと残してある。
人目を引くにはそれだけでも十分すぎたが、彼女が注目される理由はその華やかさだけではない。
彼女は、森嶋常務の姪なのだ。
森嶋常務には子どもがおらず、澄香のことを本当の娘のように可愛がってきたらしい。
社内屈指の正義感の持ち主と評判で、曲がったことや贔屓が大嫌いな森嶋常務がコネ入社をあっさり許したところからも、溺愛ぶりが伺える。
そんな彼女だから、特に接点がなくとも噂レベルで聞きかじった情報ならいくつもある。それに彼女たちが女子トイレで繰り広げる、いわゆるガールズトークが耳に入ってきたことだって何度もあるのだ。
私はとりあえず、ブログリニューアル後最初の記事を早く仕上げてしまいたかった。やっつけ仕事という言葉がピッタリ当てはまるような勢いで、キーボードを叩いていった。
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女子社員 S.M
総合評価 ★★☆☆☆☆☆ 2.0
総務部所属。
幼稚園から大学まで、M女学院にて学ぶ。
M常務の姪であり、人脈を活かしてコネ入社を果たす。
伯父の七光りと持ち前の美貌で社内の注目を集めているが、仕事が出来るとの評判を聞いたことがない。
常務には入社後も溺愛されており、月に1~2度ほど常務直々に総務部まで迎えに来て一緒に退社する。
社内では彼女の容姿に心ときめかせた男性、および常務の姪とつながりを持つことでキャリアアップを狙う男性が彼女との付き合い・結婚を画策するも、そういった男性が現れるたびにこっぴどく振ってきたらしい。
振られた男性のうち一人は会社に居辛くなり退職後、失踪したとの噂もある。
顔のパーツで本人がコンプレックスを持っているのが鼻(本人談)。
鼻を目立たせないようアイメイクに力を入れており、昼休みには15分程の化粧直しが日課。マスカラがないと不安で死んでしまうとのことである。愛用のマスカラはヘレナ ルビンスタイン。
化粧直し中は本性を剥き出しに愚痴や悪口をこぼすことが多く、奥から2番目の洗面台が指定席。他の女子社員が手を洗おうとしても一切お構いなし。
★2つの内訳は、恵まれた容姿に敬意を表して一つ、常務の姪というコネクションの絶対的価値を認めて一つ。
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勢いにまかせて書き上げた記事をざっと読み返し、今の私が彼女について知っていることはこの程度だということを再認識した。
にもかかわらず私は彼女に悪意を抱いている。何故だろう。
きっと美しさとコネに対する嫉妬に違いない。どちらも私には備わっていないから。
それを認めるのも悔しい気はしたが、記事をどうにか形に出来たことが思いのほか幸福感をもたらしてくれて、私はすっきりとした気持ちで眠りについた。