プロローグ
人を呪わば、穴二つ。
今年の初め頃だったろうか、私は新たなストレス解消法を手に入れた。
我ながら陰湿だと思うのだが、気にくわないと感じたことを片っ端からブログに書き綴っていくのだ。
普段言いたいことが言えない小心者の私には、匿名で何でも言えるネットは実に都合がよかった。
ストレスのほとんどは職場の人間関係によるものだったため、ブログは瞬く間に同僚や上司の悪口で埋め尽くされることとなった。つまり、話題がなくなるのもあっという間だった。
そこそこ大きな会社に勤めてはいるが、私のいるフロアは狭く、他部署との関わりもあまり活発ではない。個々が自席で一日中黙々とPCに向かい続ける労働環境においては、人間関係といっても私が憤りや嫌悪感を抱く人物は限られているし、その原因はいつもほぼ同じなのだ。毎日似たようなことを書くのもうんざりするためブログの更新頻度は次第に下がっていき、私はせっかくのストレス解消法をうまく活用できずにいた。
ただ悪口を書くだけではどうにもならないと感じた私は、ブログのリニューアルを決めた。
帰宅すると真っ先にPCをたちあげ、さてどうしたものかと思索をめぐらす日々を一週間ほど送ったのち、リニューアル後のビジョンをほぼ固めた。
憎しみの矛先となる人物についてウィキペディアのように来歴やらエピソードなどを列挙し、クチコミサイトに倣って7段階の星印評価も加えた独自のデータベースを作ることにした。悪意に満ちた編集になることは、私の中で既定事項だった。
さて、最初のターゲットは誰にしてやろうか。
そう思うと、職場で嫌なことがあっても、心の中で舌を出してやりすごすことができた。
女子トイレは苦手だ。
というより、洗面台の前に陣取って化粧を直しながら、男性社員と話す時より1オクターブほど低いトーンで愚痴り合う女性社員たちが苦手なのだ。
フロア内では見せることのない形相を浮かべ、辛辣な口調で競い合うように不平不満をまくしたてる。そうかと思えば、誰が格好いい、どこの何が美味しい、女子力アップ等々の話題には妙に甲高い声を出して騒ぎたてる。
いずれにしても彼女たちは、手を洗いたい私のために自ら場所を譲ることはない。
私はいつものように、悪くもないのに「すみません」と言いながら遠慮気味に手を伸ばし指先を濡らす。
その瞬間、ターゲット第1号が決まった。
てこでも動かない、この女。森嶋澄香。