婚約者の王子が浮気した時点でお父様に言いつければいいだけではなくて?
花盛りの庭園で、わたくしの婚約者の第一王子殿下が別の女と紳士淑女としてありえない距離で触れ合っている姿を見かけましたの。
皆様、ごきげんよう。わたくし、この国の筆頭公爵家であるシャイナーズ公爵家が長女にして唯一の娘、ルシアンヌですわ。
さて、婚約者である殿下とともに通うこの王立学園。貴族なら誰でも入ることのできる、歴史の長い学園ですの。今の時期は、花も美しく気候も良いため、庭園でも歩こうと侍女のトゥシファーンと共に散策していたら……。
「お、お嬢様……」
「トゥシファーン。ご覧になって? 我がシャイナーズ公爵家を後ろ盾に持ちながら、別の女と逢引きしていますわ」
「お嬢様、一体どちらで逢引きなんて言葉を?」
「今はそれはどうでもよくてよ? あの女、最近男爵家に養子に入った元平民とかいう女じゃないかしら? まだ純粋な貴族ならまだしも、あんな平民と触れ合った手でこのわたくしをエスコートするおつもり? 穢らわしい」
わたくしの言葉に、顔を引き攣らせたトゥシファーンが言いました。
「お嬢様……お嬢様がそんな性格だから、殿下も他で癒しをお求めになったのでは?」
「あら、トゥシファーン。主人に言葉が過ぎてよ? 首を切られたいのかしら? ……ふふ、そんな冗談はよしておいて、え? 冗談に聞こえないですって? いつの間にか姿の見えなくなったあの庭師はどこに行ったか、ですって? 勝手にわたくしの手に触れたあの無礼者のことかしら? そんな汚物はさておき、わたくしの性格が問題ですって? ふふ、面白いことを言うのね。わたくしの性格が嫌だからといって、我が家の後ろ盾を得ないと立太子できないだろう第一王子殿下が、婚約解消できるとお思い? だからと言って、わたくしを粗末に扱って許されるとお思い?」
わたくしは胸元から扇を出して、トゥシファーンの顔を少し上げます。
「い、いえ。お嬢様」
「えぇ、そうね。トゥシファーン。わたくしの性格が嫌で結婚したくないというくらいなら、責任をとって王位継承権を放棄すれば良いだけのお話でしょう? それをせずにあの小汚い男爵令嬢を脇に抱える殿下を見て……わたくし、百年の恋も冷めてしまいましたの。だって、たとえ結婚したとしてもわたくしを大切にするつもりがないのでしょう? なら、なぜわたくしが第一王子殿下と結婚してあげなくてはならないのかしら?」
わたくしの問いに、トゥシファーンはパクパクと口を開いて、答えます。
「例えお嬢様といえども、王家からの命に逆らうのはよろしくないのでは?」
「あら? 国王陛下もお父様に逆らえませんのに?」
わたくしの言葉に、トゥシファーンが「ひぃ」と声をあげます。
「ふふ、冗談よ」
「お嬢様が言うと冗談に聞こえません」
「では、トゥシファーン。お父様に言って今すぐ何人かの影を学園に放つように頼みなさい。命令よ?」
「仰せのままに」
トゥシファーンが魔術具を使う様子を横目に、再度第一王子殿下と男爵令嬢の様子を見ます。
「……本当に、なんであんな男が良かったのかしら? 過去のわたくしが不思議だわ」
わたくしはそのまま屋敷へと帰りました。
⭐︎⭐︎⭐︎
「お父様。影からの報告をお聞きになりまして?」
「あぁ! お父様の宝物、ルシアンヌ! ルーシーを傷つけるなんて、反逆でもしてやろうか?」
わたくしを抱き上げ、そう言うお父様に、わたくしは笑います。
「ふふ、いいのです。お父様。滅相もないことを仰らないで? でも、わたくし、わたくしを大切にしてくださらない男など、百年の恋も冷めてしまいましたわ。身辺整理もせず浮気だなんて……我がシャイナーズ公爵家を馬鹿にしているとしか思えませんもの。婚約者、代えられませんの?」
小首を傾げわたくしが問うと、お父様は頷きます。
「そうかそうか。お父様も簡単にハニートラップに引っかかりそうな国王は国のためにならないと思うし、我がシャイナーズ公爵家の家宝ルシアンヌを馬鹿にする王子の後ろ盾になどなりたくない。ならば、第二王子か王弟あたりに婚約者を代えてもらおうか」
「えぇ、ひとまず第二王子殿下と面会し、きちんとわたくしを尊重してくださるか判断した上で、婚約者を決めたいですわ」
わたくしの言葉に、お父様は大きく頷き、わたくしをくるくると回しながら言います。
「そうだね。ルシアンヌとの相性が大切だ。きちんと第一王子の有責で解消させて、とりあえず第二王子に挿げ替える方針で行こうか。お父様の愛する娘ルシアンヌ」
「ありがとうございます、お父様。あ、そうでしたわ。わたくし、第一王子殿下と男爵令嬢の顔など、二度と見たくありませんの。その辺りもお願いいたしますね」
「もちろん、お父様も夜空の満月のように輝くルシアンヌの瞳にそんな汚物を映したくないからね。そのあたりはきちんとしておくよ」
お父様はそう言って、すぐにわたくしの大好物ばかりのメニューを並べてくださいました。最近話題の外国のお菓子まで準備してくださいました。
「まぁ、お父様! 嬉しいわ!」
「ルシアンヌの欲しいものはなんでもお父様が用意してあげるからね」
大好きなシェフの料理に珍しいお菓子。なんだかんだ言ってもお慕いしておりましたし、長年婚約者としての情もありました。それに、あんな小汚い女に負けたと思うと悔しくて悲しくて……心が折れそうになる気持ちに負けず、笑みを浮かべます。王妃になる女たるもの、私情で笑顔が作れないなどありえませんものね。
「ルシアンヌ嬢。この度は愚兄が大変申し訳ない。ただ、美しく賢く王国中の憧れであるルシアンヌ嬢の婚約者の候補となる機会が回ってきた栄誉には、不謹慎ながら感謝申し上げる」
「あら、第二王子殿下。ずっとわたくしに興味なさそうな顔をしていらしたのにお上手ですわね」
「ルシアンヌ嬢は兄の婚約者であったから、そのくらいは当然に弁えていたよ」
笑う第二王子殿下はきちんとシャイナーズ公爵家の立場と力を弁えておいでです。
「……では、第二王子殿下。最近の交易についてですが、」
わたくしの振るお話にも、打ってすぐ打ち返すくらいには親しんでおいでです。
「さて、第二王子殿下。わたくし、元婚約者と浮気女の顔を二度と見たくありませんの。貴方がわたくしの婚約者となってくださるなら、どう対処してくださるのかしら?」
「お好みなら、浮気女は処刑も可能だよ。兄上には、断種の上ご病気になっていただくように父上に奏上する予定だよ」
「まぁ! わたくしの予想よりもお酷いですわ」
わたくしがそう笑うと、第二王子殿下は「やりすぎたか」と頭を軽くお叩きになりました。
「お父様も処刑をお望みでしたわ。でもわたくし、国外でお一人で平民として生きてくださるくらいで文句ありませんの」
翌月、第一王子が病気となったため、離宮で療養することになったと発表され、第一王子から王位継承権を剥奪の上、シャイナーズ公爵令嬢は第二王子の婚約者に変更されることが国民に周知されたのでした。




