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第二章 クリスマスイブ

ある夜、リルが話しかけてきた。


「あなたは、どうしてここにいるんですか?」


ソウタは、慎重に答えた。


「...ここにいることしかできないから」


その声は、何か悲しみを帯びていた。リルは、その悲しみを感じ取った。


「見えない存在ですね」


「そう」


「私も、見えない存在です。この村では」


リルの言葉に、ソウタは耳を傾けた。彼女は続けた。


「私は、この村で何ももたらさない人間です。孤児だから、生まれた時から誰にも必要とされていません。村の人は優しく接してくれますが、それは義務だからです。本当の心から、私を必要としている人は誰もいません」


彼女の声は、静かだが、深い痛みを秘めていた。


「だから、あなたが見えない存在だというのが、とても羨ましいです。見えないなら、誰も期待してくることがありませんから。失望させることもない。ただ、静かに存在することができる。あなたのように」


ソウタは、彼女の手をより強く握った。


「俺も、同じだ」


ソウタは、初めて自分のことを語った。


「俺は...この世界に来たばかりだ。どこから来たのか、なぜこんなことになったのか、わからない。別の世界から、いきなりここに転移した。見えない身体で、誰にも認識されず、存在する意味すら感じられなかった」


ソウタの声も、悲しみに満ちていた。


「俺は、絶望していた。人間らしさを失いかけていた。毎日、仕事をして、夜になると、どうして生きているのかわからなかった。何のためにこの世界にいるのか。何のために存在しているのか」


リルは、静かに聞いていた。


「だが、君がこの階段に来るようになってから、俺は変わった」


ソウタは、彼女を見つめた。いや、心で見つめた。


「君が転ぶかもしれない時に、俺は支えたい。君が悲しんでいる時に、そばにいたい。君のためなら、俺は意味を感じることができた。君の笑顔を見たいと思うようになった。見えない存在でも、他者を想うことができるんだと気づいた」


リルは、ソウタの見えない手を、そっと握り返した。握り返してきた。


「私も、あなたのおかげで変わりました。見えない存在だって、他者を想うことができる。そして、見えない存在だからこそ、心が通じ合うんだと気づきました」


彼女の声は、今や強く、確かなものになっていた。


「あなたの心が、私に届いています。言葉がなくても。姿が見えなくても。あなたは、ここにいます。私の心に」


それから毎晩、ソウタはリルのそばに立った。彼女が不安を感じれば、そっと肩を触れた。彼女が悲しければ、見えない手で彼女の手を握った。彼女が怖ければ、背中をそっと押した。


言葉を交わさずに、二人は深く愛し合い始めていた。


クリスマスまで、一週間。


村中が最終的な準備に入った。クリスマスイブの夜は、村の教会で祭りが行われることになっていた。人々は願いを胸に秘めて、その夜を待った。


ソウタも、自分の願いについて、真剣に考え始めた。


最初は、自分が見える存在に戻ることを願おうと思っていた。透明な身体から解放されたい。人間らしい生活を取り戻したい。そう思っていた。


だが、リルと過ごす日々の中で、その願いは薄れていった。


彼女の声を聞く。彼女の手の温もりを感じる。彼女の心が、自分に届く。それで十分だと感じるようになっていた。


むしろ、彼が本当に願うようになったのは、たった一つのこと。


「リルが笑顔でいられる世界」


彼女の笑顔を見たい。本当の、心からの笑顔を。孤児だからと自分を卑下するのではなく、自分の存在に価値があると感じることができる笑顔を。


それが、ソウタの本当の願いだった。


彼は、毎晩、その願いを胸に、リルのそばに立った。


一方、リルも、自分の願いについて考え直すようになっていた。


最初は、見えない存在になりたいと願っていた。だが、ソウタと過ごす時間が増えるにつれ、その願いも変わっていった。


彼女が気づいたのは、ソウタは見えない存在だからこそ、彼女を心から守ってくれるということだ。見えないからこそ、心が通じ合うということだ。


だが、同時に、彼女はソウタを見たいと思い始めていた。


彼の顔を。彼の瞳を。彼の全部を。


見えない存在として、心で通じ合ったその人の、本当の姿を。


そして、リルはあることに気づいた。


村の人々は、彼女の周りに不可思議なことが起きていることに気づき始めていたのだ。危険な時に、誰かが彼女を守る。重い荷物を運ぶ時、見えない手が手伝う。


村人たちは、リルが特別な存在だと気づき始めた。


「あの子は、何かを持ってるんだ」


村の長老は、そう言った。リルは、見えない力に守られている。その事実が、彼女に新しい価値をもたらしていた。


子どもたちは、リルに話しかけるようになった。大人たちも、彼女を見る目が変わった。


リルは、その変化を感じた。自分が見えない存在だと思っていたのに、今、彼女は村にとって特別な人間になっていた。


それは、ソウタのせいだ。ソウタが彼女を守ってくれたから。ソウタが彼女を愛してくれたから。


クリスマスが近づくにつれ、リルの願いも明確になっていった。


彼女が願いたいのは、ソウタが見える世界を。


そして、そうすることで、彼女が彼を本当に愛することができる世界を。


クリスマスイブの朝。


ウィッシュランド全体が、白い雪と光に包まれていた。空は淡い金色に輝き、雪は銀色に光った。クリスマスの魔法が、世界中に満ちていた。


夜になれば、この光がさらに増し、願いが叶う瞬間が訪れるのだ。


ソウタは、朝早くから準備を始めていた。見えない手で、何かを作っていた。雪で作った装飾品。村の教会の前に、置こうとしていた。


リルのために。彼女を祝うために。


その時、リルが現れた。


彼女は、白いドレスを身にまとっていた。村の誰かが、彼女に作ってくれたものだろう。クリスマスの祭りのために。


ソウタは、彼女の姿に言葉を失った。もちろん、見えない存在として。だが、心は大きく揺さぶられた。


「ソウタさん?」


リルは、ソウタの気配を感じた。


「ここにいるのですね」


彼女は、ドレスを少し回転させた。


「見てください。村の人がくれたんです。クリスマスのために」


ソウタは、彼女に近づいた。そして、彼女の手を握った。見えない手で。


「キレイだ」


ソウタの声は、震えていた。


「君は、本当にキレイだ」


リルは、照れた。だが、彼女の表情は暗くもなった。


「ソウタさん。今夜は、願いが叶う夜ですね」


「そう」


「あなたは、何を願いますか?」


ソウタは、長い沈黙の後、答えた。


「君が笑顔でいられる世界を。君が自分の存在に価値があると感じることができる世界を。そして、俺がその笑顔を毎日見ることができるように。君の笑顔のために生きることができるように」


リルの目に、涙が溜まった。


「ソウタさん...」


彼女は、ソウタを抱きしめた。見えない存在を。心の中で何度も抱きしめたその人を。


「私も、願いを決めました」


「何を?」


「あなたが見える世界を。これからずっと、あなたを見ていたいから。あなたの顔を、あなたの瞳を、あなたの全部を見たいから」


リルの声は、確かで、強かった。


「見えない存在のままで、その優しさで支えてくれたあなたを。見える世界で、完全に愛したいから」


ソウタは、彼女を抱きしめた。見える身体ではなく、見えない心で。


「ありがとう。君のおかげで、俺は人間らしさを取り戻した。透明だった心が、君のおかげで色を取り戻した」


二人は、村の教会に向かった。


午後、村人たちが教会に集まり始めた。老若男女。皆が、クリスマスの夜を迎えるために集まった。


司祭・ゴードンは、祭壇の前に立った。


「皆さん。この神聖な夜に、心から願いを唱えてください。純粋な心。他者を思う気持ち。そういった本質を、この世界の魔法は見極めます。だからこそ、この祭りは神聖なのです」


日が落ちた。


夜が来た。


ウィッシュランド全体が、金色の光に包まれ始めた。それはクリスマスの魔法。この世界で最も神聖な瞬間。


教会の中では、村人たちが静かに祈っていた。それぞれが、心の中で願いを唱えていた。


ソウタとリルも、教会の中央に立った。手を握ったまま。


ソウタは、心の奥底から、ゆっくりと願った。


「リルが笑顔でいられる世界を。彼女が自分を愛することができる世界を。彼女の心に光がもたらされる世界を。そして、俺がその笑顔を守り続けることができますように」


その願いは、純粋だった。自分のことは考えていない。ただ、リルが幸せになることだけを願っていた。


同時に、リルも願った。


「あなたが見える世界を。見えないあなたをずっと見ていたいから。その優しさで世界を照らすあなたを。永遠に見ていられますように」


その願いも、純粋だった。自分の幸せよりも、ソウタが見える世界になることを願っていた。


光が強まった。金色の光が、教会全体を満たした。


村人たちは、その光を見つめた。何かが起きている。そう感じた。


ソウタとリルを包む光が、他の村人たちの光とは違う。より強く、より神聖だ。


その光の中で、二つの願いが交わろうとしていた。


終わり

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