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怪物

夜の団地の一室。

薄いカーテンの向こうで街灯が揺れ、部屋の中はモニターの光にだけ染まっている。

紗季の眼差しは冷ややかに、キーボードを叩く指先だけがせわしなく動いていた。


画面には「警視庁・児童失踪データベース」のロゴ。

表向きは固く閉ざされた扉――けれど、紗季にとっては形ばかりの南京錠にすぎなかった。

中学二年の頃にはすでに突破済み。

今も、毎回更新されるパスコードを数分で割り出し、アクセスを重ねる。


「日本の防衛って、ほんとザル……」

唇から零れた言葉は、誰に向けたものでもない皮肉だった。


そして簡単にたどり着く、失踪児童案件・第210009号 天野流星 7歳(当時)

「天野流星」 この文字をずっと見つめる。この地球上に弟が存在する証拠。

このページに変更は無いかどうか、何より弟の名前を見に来るのが日課になっていた。

(生きていれば12歳……)


だが、本当に探しているのはここではない。

紗季が欲しているのは、〈コンコード〉の中枢。

コンコードと言う名前は警視庁のデータベースで知った。

弟の案件データファイルの中にその文字を見つけたのだ。

警視庁のデータをコンコードでフィルタリングすると、約100名ほどの児童が引っかかった。


一度だけ、コンコードの中枢に迫ったことがあった。パスコードの自動生成のスピードが尋常ではなかった。しかしいくつもの防壁を突破した先に画面に見慣れぬフォルダが現れ、指先が震えた。

だが、次の瞬間――赤いアラートが画面を覆い、白い光がモニターを焼き尽くした。

パソコンから煙が上がり、あわててペットボトルのお茶をかけた。

パソコンは二度と起動しなかった。


逆探知。破壊。

「……怪物、だ」

その言葉を呟いた夜の冷たさを、今でも指先が覚えている。


それでも止まれなかった。

警察に気づかれているのは薄々感じている。

だが、弟――流星の行方を知るためなら、捕まることなど恐れる理由にはならなかった。


――


深夜、掲示板にログインすると、Moonlessがすでに待っていた。


〈Moonless:おそいで。宿題でもやっとったんか?〉

〈Serika:月ちゃんこの時間にいるなんて珍しいね  うん……ちょっと調べもの〉


〈Moonless:調べもの? なんや、受験勉強とかじゃなさそうやな〉

〈Serika:……〉

〈Moonless:ごめん、無理に聞くつもりやない。ただ、あんた最近ずっと寝不足っぽいやろ ウチが明け方帰って来たらまだログインしてるもんな〉


モニターに映る言葉に、紗季の指が止まる。

まるで見透かされているようで、心の奥がざわついた。


〈Serika:……弟がいたの。小学生の頃、学校からの帰りに行方不明になった〉


〈Moonless:……そうなんや〉

〈Serika:だから、探してる。ネットで。いろんな記録に……アクセスして〉


〈Moonless:記録? 普通に検索じゃ出てこないやつか〉

〈Serika:……〉

〈Moonless:なるほどな。そんだけ本気で探してるってことや〉


言葉は責めではなく、むしろ肯定に近かった。

だからこそ、紗季は初めて「自分がどんなことをしているか」を口にできた。


〈Serika:……警視庁のデータベースも。もう、何度も〉

〈Moonless:……マジか。あんた、やるなあ〉

〈Serika:でも……弟の行方には、まだ届かない。代わりに“コンコード”って名前だけが浮かんできて……〉


返事はすぐには来なかった。

画面の点滅が、妙に長く感じられる。


〈Moonless:コンコード……か。聞いたことある〉

〈Serika:知ってるの?〉

〈Moonless:いや、名前だけや。でも……多分、それは相当危ない橋やで〉


まるで遠回しに“深入りするな”と告げているように聞こえた。

だがその警告が逆に、紗季の胸の奥に火を灯すのだった。


――


翌朝、学校。

下駄箱で羽田と鉢合わせる。

「おはよう」

何事もなかったかのように笑顔で声を掛けてきた。

その笑みは、逆にぞっとするほど自然だった。

そして()()()()を鼻に当て、大きく息を吸い込んだ。

「はぁ~・・君とお揃いなんだよ」と恍惚(こうこつ)の表情を浮かべながら言った。

紗季の髪の毛が使われている人形。

紗季は震えが止まらなかった。


放課後。

SNSに新しいメッセージが届く。

差出人不明。添付されている数枚の写真。


父が仕事場で電話をしている姿。

母がキッチンで鍋をかき混ぜている後ろ姿。

自分がドラッグストアで買い物をしている瞬間――無防備な後ろ姿。


最後に表示された一文。


〈嗅ぎまわるのはやめろ〉


鼓動が強くなり、画面が歪む。背中に嫌な汗がにじむ。


もはやいち女子高生にどうにかなる範疇はとっくに超えていた。

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