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レーゲンデートル  作者: 山田 奇え
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第一話「【烏輪の八族】③」


第一話「【烏輪の八族】③」



 所長室。

 ロクな来客もないこの組織にあって、むやみやたらと豪奢に飾られた部屋の中に、一人の少女が座っている。

 ブロンドの髪に華奢な体躯。どこか人形じみた童顔に不敵な笑みを貼り付けて、彼女――紫藤(しどう)アリサは尊大な態度で桂を迎え入れた。

「……よく来たな、【悪鬼】の末裔よ。今日こそこの我のものとなるのだ」

 その伏した双眸は、幼い見た目にそぐわない艶っぽさを彼女にまとわせ、まるでその懐へと桂を(いざな)うかのようだ。

 そして、桂は――

「――ってうわぁ! なんでそんなにボロボロなのだ!?」

 慌てふためいた様子で逆にこちらへダイブしてきた少女をとっさに抱きかかえた。

「うおっ――!?」

 背中に回された長い四肢から、彼女が幼い顔つきと不釣り合いに高身長であることが分かる。

 昔、桂が聞いた話ではたしか母親が西欧出身の方だったとのことだ。

 自分より背の高い女性が身を投げ出して飛び込んでくる状況というのはさすがに心臓に悪く、彼女が地面に激突する未来を避けられたことに桂はほっとしていた。

「けけけ、ケイ大丈夫かぁ!?」

 整理整頓された机の上をしっかり土足で踏みつけての跳躍だったため、所長机の上は書類が散乱するやらコーヒーカップがひっくり返るやらで大変なことになっていた。

「うぅ……いったい誰にこんな危険な目に遭わされたのだ……可哀想にぃ……」

「危ないのはお前のほうだ。掴まえなかったら頭から地面行ってたぞ……」

「ケイなら絶対落とさないから大丈夫なのだ……」

 随分と信用されたものである。

 なにやらしょもしょもしながら、アリサはところどころ汚れた桂のシャツを撫でていた。

「これは、ええと……来る前にちょっとした立ち合いというか、小競り合いがあってね」

「小競り合い……イツキか?」

「……なんでそう思う?」

「今ウチで桂に真っ向から挑む胆力があるのなんて、あれかアキラくらいのものなのだ。クロウのやつですら二の足を踏むくらいだからな」

「……まあ正解だよ」

 そんでしっかり負けてきたけどね、と桂は皮肉げに付け加えた。

「で、今日は何の用なのだ?」

「その前に一旦下りないか?」

「下りない」

「……さいですか」

 アリサを抱えたまま、桂は近くのソファに腰かけた。

 対面でがっちりホールドされおり、見る人間が見れば、いかがわしい状況と勘違いされかねない構図である。

「ケイ、チューしよう」

「しません」

 無理やり唇を奪って来ようとする組織のトップの顔面を片手で押さえつけながら、ケイは『これセクハラで訴えたら一発アウトだろうなあ』なんて一歩引いたようなことを考える。

 それから天井を仰いで、本題について切り出した。

「ホゴプロの話なんだけどさ」

「うむ……?」

「最初から明らかに甲種案件って分かってる内容って、そのまま保安課にエスカレできないもんか?」

「あー、例の〝焼死事件〟か」

 アリサは桂の耳元で「ふむ……」と呟く。

 どうやら彼女も既に関知していた内容だったらしい。

「それならハオとも散々話したのだ。私もどちらかというと保安課でそのまま引き継ぐほうに賛成だったんだが……」

「そうはならなかったってことか?」

「うむ……保安課も手一杯でな。あの【戦争】で人材が激減したところに、ここ最近のこの荒れた情勢だ。組織としては技術的ハードルの高い案件を効率的に処理していく方向に舵を切っていかざるを得ない」

 ケイはアリサの背中から手を回して眉間を押さえた。彼がこれから述べるのは、言いづらくても言わなければならないことだ。

「でも、それで肝心の()()()()()()()()()()があったら元も子もないだろ。これだけのことをやってのけて尻尾も掴ませないような巧妙なヤツだ。保護課でどうにかできるとは到底思えない」

 言葉にならない後ろめたさが表情を強張らせるのを感じた。

 組織運営の健全性を思うなら、こうして、たかだか主任程度の役席の人間が、所長に直談判すること自体、あってはならないことだ。

 本来であれば、しかるべき段階を経て精査すべきボトムアップを、直接最終決裁者の元へ伝える……。

 それは個人の都合を組織に押し付けていることと何が違うんだろうか。

「規定を守らないといけないってのも分かる。ただ、〝保護プロセス規定〟はあくまで安全に特異体の保護・収容を行うためのものだろ。実際、人命に係わる場合の例外対応についての言及もある。今回はそれに該当するんじゃないか」

「……ケイ、それは私の言ったことへの反論になっていないのだ」

「なってるよ。保安課側は意見を通すためにホゴプロを盾に取ってるんだろ。規定に則っている則っていないっていう観点であれば、この議論はフェアに行われるべきもののはずだ。つまり――」

「――私の決定がただの感情論だとでも?」

 背筋が冷えるのを感じた。

 対立する意見のぶつけ合い。それが苦手になったのはいつからだったろう。

 …………。

 多分、『相手の気持ち』というものが分かるようになってからだ。

 昔はもっと、淡々とこういうことをできていたはずなのに。

「……良くも悪くも保護課と保安課は()()()だ。こういう状況になった時に、不満が噴出しやすいのも分かる。けど――」

「だから、それを決めつけだと言っているのだ、ケイ。問題の原因を目に見えないものに還元するな。『保安課の業務がひっ迫している』。今テーブルの上にある事実はそれだけだ」

「だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()? 甲種案件だったとしても、保護課で巻き取れるフローはある。甲種対応の効率化に舵を切っていくって言うなら、体制自体を切り替えていくべきだ。組織変更の横着で人命を危険にさらすつもりか?」

「そんなつもりはない」

「だったら、決断するべきだ。もちろん()()()()を変えていくのにそれなりのコストや時間がかかるのも分かる。なら、せめてこういうグレーゾーンに対処できる立場のやつに話を振るべきだ。それこそ【紫電】のヤツらとか……」

「…………ああ、そうだな」

 アリサは首肯した。

 桂はここで違和感を覚えた。

 拍子抜けというか……これだけ突っ込んだ議論をしたのに、結論を出すのがいやにすっきりしている。

 この淡々とした感じはまるで……。

 この帰結を最初から予想していたかのような……。

「くく……ふふ、わはははは……!」

 桂が言葉を詰まらせた静寂を遮るように、アリサは笑い出した。

「……なんだよ急に」

「ああ、そうだ。その通りだとも……! 【()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、私は命じるべきだ」

 アリサはソファの上で立ち上がって、真っ白な指先を桂に向ける。

「超人類観測所SC部門保護課主任――」

 そして、いたずらする子供のように綻んで、言った。

「――()()()()()調()()()()()】、()()()

「……は? 待て、おれはもう――」

「お前に本件の調査を命ずる!」

「――――」

 桂は。

 はっきり言って、開いた口が塞がらなかった。


「……所長命令だ、神妙に元鞘に収まってもらうぞ。〝第四位〟」



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