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レーゲンデートル  作者: 山田 奇え
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第一話「【烏輪の八族】②」


第一話「【烏輪の八族】②」



 超人類観測所、その元締めの少女のところへ向かっていたはずの桂だったが、途中、古い知り合いに捕まって、だだっ広いコンクリート打ちっぱなしの部屋の中にいた。

 その中央で桂に向き合う青年が呟く。

「雨月さん、今日こそは『魔戒』を使ってもらいますよ」

「言ってるだろ。使わないんじゃなくて使えないんだって」

 鞘に納まったままの短刀を構えて桂は走り出した。

 すると、目の前の青年は瞬時に桂の行く先をなぞるように片手を振った。

「【火戒:炎壁】!」

「うおっ……!」

 桂の目の前を遮るように――突如として炎が巻き起こった。

「なるほど……発動速度、出力、申し分ないね」

「ははっ、前回は一気に距離を縮められて詰みでしたからね。これで……」

「けど――」

 桂は即座に身を回転させながら、その熱の壁に突っ込んだ。

「は、なんで……!  か、【火戒:火弾】」

「『なんで』も何もないさ」

 そこからは早いものである。

 慌ただしく放たれた火の弾を短刀でいなして、桂はその訓練生の脇にもぐりこんだ。

 彼の前髪を後方に向かって引くと、反射的にその体が後ろに反り返る。

 片足で膝の裏を押し込むように踏み抜くとそのまま彼は地面に仰向けに倒れ込んだ。

「……参りました」

「……勝ちました」

 桂はよっこらせ、と彼の横に座り込んだ。

「『魔戒』――近代化によって権威を失った『魔法』、あるいはそう呼ばれていた技術を『現象』に還元・再解釈することによって構築された技術、またはその体系の総称である。人間の内面的な基底部――【原景】を現実にアウトプットするというプロセスによって実行されるその異能は精神面の訓練によってより強力に洗練されていく……」

「教練書の冒頭ですね。……ちなみに何が言いたいんです」

「だからと言って、身体面での訓練を怠るとこうなるって話」

「あはは、ぐうの音も出ないです」

 青年は力なく笑って無機質な石の天井を仰いだ。

 桂はその様子を眺めて、なんとはなしに炎の壁があった場所を見やる。

 この道場の経営主が施した()()()で、そこにはすす汚れも残っていなかった。

「炎っていうのは強力な異能だ。けど、制圧力って意味だと……まあ、使い方だね。基本【特異体】っていうのは精神的に錯乱してることが多いから、突貫されちまうとこんな具合だ」

「平時でその突貫ってやつをできる雨月さんも雨月さんですが……」

「目くらましをするなら、常に『次は次は』って考えないとね。後手に回ったらおしまいだよ」

「はい、心します」

「次はそうだね、例えばこう……壁を斜めに展開してあえて自分から仕掛けたりすれば、上手く相手の油断を――」


「――そう、油断を突けるッッ!!!!」


 その瞬間――。

 桂の後頭部に衝撃が走った。

「あ()だぁっ!」

 そのまま桂は前方に転がる。

「ぬはは、よくやった、ダラク!!!! 『訓練と思わせておいて、【悪鬼】をぶっ殺そう』作戦は成功だッッ!!!!」

 激痛の走る頭を片手で押さえて振り返ると、袴式の道着に身を包んだ長身の少女がいた。

 ベリーショートの髪型が伝える闊達なイメージの……いや、その数百倍デシベルくらいの声量を轟かせて現れた彼女は桂をここへ無理やり連れてきた張本人である。

「くそ……やけに気配をひそめてやがるなと思ったらこういうことか、独楽寺(どくらくじ)……」

 独楽寺(どくらくじ)(いつき)

【秋雨戦争】で亡くなった父の跡を継いで、超人類観測所の武術顧問兼、『独楽寺道場』の道場主を務める傑物であり、そして――生粋のバトルマニアである。

「ぬっ、まだ息があったか!!!!」

「とりあえず、その常にエクスクラメーションが四つくらいは付いていそうな大声を止めろ……頭に響く」

「これでも抑えているほうだぞッッッッ!!!!!!!!」

「さらに大きくするな……」

 睨むように青年――ダラクくんのほうを見ると彼は首を横に振っていた。

 作戦、と言っていたが、彼には知らされていなかった奸計のようだ。

(そりゃそうか、彼真面目だし――)

 桂は小さく嘆息する。

「む、なんだなんだそのふてぶてしい態度は……!!!! やられたのにやりかえしてこないのか!!!! 随分と腑抜けたな雨月ッッッッ!!!!」

「だって、お前と付き合ってるとひどく疲れるもの」

「昔のお前だったら殴られる前から四方八方に殺気を振りまいていただろうにッッ!!!! 私は悲しいぞ!!!! このヘタレめ!!!!」

「はいはい……おれはダラクくんの訓練に付き合えって言われたから来ただけ。お前とやりあうつもりは毛頭ない。煽りたいなら好きに煽れ」

 そして、埃でも振り払うように手をひらひらと振った。

「バカ!!!! アホ!!!!」

「小学生か」

「ドジ!!!! マヌケ!!!! オタンコナス!!!!」

「……おれ、もう帰るね」

 そう言って立ち上がると道場の出口のほうへ向かう桂。

 たしかに昔は少し好き放題していたというか……もっと感情に忠実な時期もあった。

 しかし、今はもう彼もすっかり大人である。

 自分の中に渦巻くあれやこれやにだって、説明とか折り合いを付けて、取捨選択をできるようになったのだ。

 ああして、都合が悪ければ相手に罵声を浴びせるような、【英雄(天才)】の無邪気な癇癪に付き合うほど、桂も先の見えない人間ではない。

 何より今は優先するべき用事がある……。


「――童貞!!!!」

「なんだと手前(テメ)ェ!!!! 上等だ!!!! ボコボコにしてやる!!!!」


 でも、さすがにこれだけは許せなかった。

 桂は乱暴に短刀――【枝霧】の鞘を投げ捨てて、道場主の元に切り込んでいった――。

 この後の予定のことは……もうあんまり頭にない。

 なんだっけ、仕事だったっけか。

 まあ、それよりも今は譲れないものが桂にはあった。

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