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二.神エイト④

「実地調査を終えて屋敷に戻ったのは何時頃ですか?」

「さあ、四時頃だったと思います」

「屋敷に戻ってから、どうしました?」

 今度は清楚な美人、新沼さんだ。「食事の準備をしました。食事当番が決まっていて、あの日は私と筒井さんでしたので、二人で材料を買い出しに行って、お鍋をつくりました」

「食事当番が決まっているのですね」

「はい。四回生以外の三回生と二回生で当番を決めて食事を作っています」

 なんだか楽しそうだ。学生時代を思い出した。「へえ~」と呟くと、二代目に睨まれた。黙って聞いていろということだろう。

「台所は~向かいでしたね?」

「はい。玄関ロビーを挟んで向かい側にあります。隣が食堂になっています」

「他の方々はどうしていました?」と二代目が聞くと、直ぐに「俺たちはここにいたよ」と若狭兄弟が声を揃えて答えた。双子はシンクロすると言うが、ちょっとした余興を見ている気分になる。

「は~い」と手を上げて「私もここにいました」と北野さんが答える。

 残りは松野君だ。渋々といった感じで「俺もいたよ」と答えた。松野君、若狭兄弟、北野さんはリビングにいたようだ。

「亡くなった長崎さんと五代院さんは何処で何をしていたのでしょうか?」

 一瞬、沈黙の後、松野君が答えた。「五代院は部屋にいたと思う。群れるのを嫌うやつだったから」

「群れるのが嫌い?」

「陰気な野郎さ。由緒正しい家柄なのかどうか知らないけど、所詮は裏切り者の子孫だろう。この屋敷だって、やつのコネで毎年、使わせてもらっているが、誰を連れて来るのか人選にうるさかったし、屋敷に来てからは、あれを触るな、あっちに行くなと小うるさかった」

「おや? 五代院君のご先祖のことを、ご存じなのですね」

「変わった苗字だからな。ネットで調べれば、ずらずら出て来る。ご先祖なのかって聞いたら、そうだって言っていた」

「部屋で何をしていたのでしょうか?」

「そこまでは知らないよ」

「副部長は部屋で調査日誌をつけて来るって言っていました~」と北野さん。語尾を伸ばす癖があるようだ。

「調査日誌?」

「地質調査の記録だよ」と松野君が簡潔に教えてくれた。

「そうですか。では、長崎君は?」

「長崎は、ちょっとぶらぶらしてくると言って出て行った」

 うんうんと若狭兄弟が頷いた。

「ぶらぶら?」

「ふざけたやつだったけど、熱量だけは人一倍だったからな。だから人望もないのに部長をやっていた。屋敷の周りの地層に興味津々だった」

 おやおや。故人に対して、身も蓋もない言い方だ。まあ、本音が聞けるのはありがたい。やはり長崎君は嫌われていたようだ。松野君が続ける。「あいつ、この辺りにインジウムの鉱床があるって信じていた」

「インジウム?」

「インジウムは――」と筒井君が説明してくれる。「原子番号49の元素です。鉛や亜鉛鉱の精錬の過程で得られます。レアメタルのひとつで、枯渇が心配されている資源のひとつでもあります。レアメタルとは金や銀の貴金属以外の鉄、銅、亜鉛、アルミニウム等の希少金属のことで、レアアースもレアメタルの一種になります。海外ではマイナーメタルと呼ばれています。インジウムは液晶ディスプレイの透明電極や発光ダイオード、化合物半導体の材料等に使われています。インジウムの最大の消費国は日本なのですが、そのほとんどを中国からの輸入に頼っています。インジウムの酸化物は透明で導電性があり、産業用として様々な分野で用いられています」

「そのインジウムの鉱床がここにあるのですか?」

「あくまで可能性の問題です。昔、奥多摩でマンガンの採掘が行われていたことをご存じですか? マンガンは鉄鋼業をはじめ、銅やアルミニウムの添加合金元素として使用される非常に重要な鉱物です。日本の工業化に大いに貢献して来ましたが、今では掘りつくしてしまった感じです」

 これは使えると思った。

 二代目と一緒に、日帰りで奥多摩に行くという話をした時の課長の反応が忘れられない。椅子にふんぞり返って眉を寄せ、顔を斜めに傾けて、「ああ~!」と僕のことを睨みつけた。全く、この忙しい時期にふざけるなと顔に書いてあった。

 課長がそう思うのも無理はない。

 うちの課ではないが、隣の課は政府のインフラ関係の入札を控えていて、その準備に大忙しさだ。その影響は当然、うちの課にも及んで来ている。隣の課が抱えていた幾つかのプロジェクトがうちの課に振り分けられているのだ。

 何時もより忙しい状況だ。

 二代目から課長に頼んでもらうという方法もあるのだが、それをやると返って課長の機嫌が悪くなってしまう。ただでさえ年下の役員が気に入らないみたいだ。上司の指示であっても仕事でもないことを頼まれるのは筋違いだ! 会社の為にならない! と思うのだろうが、上司である二代目には逆らえない。なにせ、将来の社長だ。だから、僕が鬱憤のはけ口となる。

 とは言え、二代目の部下は年配のベテランが多い。日頃、社長から「しっかり鍛えてやってくれ」と言われているせいか、皆、保護者気取りだ。口うるさく、耳に痛いことを言われていることが多いようで、二代目は二代目で大変なのだ。

 僕など二代目にとって箸休めみたいなものだ。

 どうせ帰ったら、二代目に関することは何でも、課長に逐一、報告しなければならない。課長から部長へ、そして更に上へと報告が上がるのだ。何か仕事に絡みそうなことが無いと、報告に困るところだった。

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