一.獄門丸の呪い③
こうして五代院家は、髑髏屋敷と呼ばれるようになった。村人は獄門丸の呪いだと噂した。
髑髏屋敷の紹介が長くなってしまった。ああ、最後に高子さんがどうなったのか触れておこう。高子さんは一人で屋敷に住み続け、屋敷で亡くなった。子供はなく、再婚もしなかった。さっきの五代院の奥さんもそうだが、女性の地位が低かった時代だ。その動向が記録されることなど、ほとんど無かった。僕は、高子さんは獄門丸のことを愛していたのではないかと思っている。彼女は屋敷で獄門丸の思い出と共に生きた。そう思いたい。
髑髏屋敷は今、獄門丸が作った会社のひとつ、武蔵セメントという会社が管理している。会社幹部クラスの研修会などで利用する宿泊保養施設になっている。
五代院家がその後、どうなったのか? 高子には弟がいた。一家が没落した時、家を出て都内に移住、その子孫が都内にいて家系が続いている。子孫の一人、五代院頼繁という人物が今回の物語の登場人物の一人だ。
髑髏屋敷は、もとは五代院家の持ち家だ。五代院家の人間が希望すれば、武蔵セメントでは割と自由に髑髏屋敷を使わせているらしい。五代院頼繁は都内の招知大学に通う大学四年生だが、地質愛好会というサークルに所属していて、毎年、髑髏屋敷で奥多摩の地質調査合宿を開催している。
今年も地質愛好会の選抜メンバー八名が髑髏屋敷で合宿を行っていた。
さて、ここからは僕らが髑髏屋敷へ向かう今回の事件の話になる。都内からの長い移動時間を利用して新庄さんが詳しく説明してくれた。
地質愛好会の選抜メンバー八名は一週間の予定で髑髏屋敷にやって来た。奥多摩の地質を実地調査することが合宿の目的だった。
地質愛好会メンバーは;
部長長崎慶太(四年)
副部長五代院頼繁(四年)
主務松野朔一郎(四年)
部員若狭輝臣(三年)
部員若狭龍臣(三年)
部員筒井晴仁(三年)
部員新沼知奈(二年)
部員北野花香(二年)
の八名、一年生部員を除く愛好会の幹部たちだ。
髑髏屋敷に到着した翌日、終日、実地調査に汗を流したメンバーはくたくたになって屋敷に戻った。当番制になっている夕食を終えると、各自、思い思いに過ごした。
夜の九時に実地調査の反省会が予定されていた。
ところが反省会を前に、停電が起きた。屋敷には地下に非常用のディーゼル発電機がある。五代院頼繁は屋敷に詳しい。これを起動させ、朝まで凌ぐことにした。
当然、反省会は中止となった。
翌朝、メンバーはロビーの階段下で五代院頼繁の遺体を発見して、大騒ぎとなった。そして、部屋から出てこない長崎慶太の様子を見に行き、彼の遺体を発見した。
連続殺人事件だと考えられた。
山奥の山荘だ。外部から人が出入りした形跡はなかった。当然、屋敷内に残った六名の中に犯人がいると考えられた。だが、残りのメンバーは潔白を主張している。警察の捜査が行われているが、未だ犯人の特定には至っていない。