表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

一.獄門丸の呪い②

 昔々、と言っても明治だか大正だかのそんな頃、五代院家に獄門丸という下男がいた。下男とは下部同様、まあ、雑用係のことだ。まだ子供だったが、実家が貧しかった獄門丸は年端のいかない子供の頃から五代院家で下男として働いていた。

 獄門丸という名前も本名ではないだろう。酷い名前だ。五代院家の当主が戯れに名付けたものだった。

 五代院家についても、少し触れておこう。

 変わった苗字だ。鎌倉時代から続く名家だそうだ。鎌倉時代の終わりに五代院宗繁という人がいて、鎌倉幕府が滅亡する時、時の執権から嫡男を託された。どんなことがあっても嫡男を守り抜き、北条家を再興させること、それが五代院宗繁に与えられた使命だった。

 だが、北条一族が自刃して果てると、宗繁は嫡男を新政権へ引き渡した。この裏切りは当時から評判が悪かったようで、新政権が処刑を決めると宗繁は逐電した。要は姿を消したのだ。そして、五代院家は人里離れた山奥で命脈を保ち続けて来た。

 さて、獄門丸に話を戻そう。

 獄門丸が恋をした。相手は五代院家の一人娘、高子だ。透けるような肌に長く艶やかな黒髪、大人しい少女で、滅多に笑わない子だったらしい。

 年々、逞しくなって行く獄門丸は、年々、美しくなって行く高子を熱のこもった眼で見つめるようになっていった。そして、そのことに五代院家の当主が気づいた。

 身分違いの恋。女の子の好きそうなシチュエーションだ。

「今まで育ててやった恩を忘れやがって――‼」

 烈火のごとく怒った当主は獄門丸を庭に連れ出すと上半身裸にし、背中の皮が破れて血が噴き出すまで鞭で打ちすえた。そして、「お前の顔など見たくない」と、獄門丸を五代院家から放り出した。

 時は流れ、高子は成人し、その美しさは帝都にまで噂が伝わるほどだった。

 一方、世の中の激変について行けず五代院家は没落。所有していた農地を切り売りし、糊口を凌ぐ状態だった。ジリ貧で、破産目前だった。ジリ貧って言葉、最近、使わないかな?

 そんな時、一人の若者が現れる。

 門倉清浄。無一文から、名水に砂糖を加えて売る「水売り」、冬はおでん屋で得た資金を元手に薪や木炭を売る薪炭商となった。その後、ガス工場から廃棄物として出るコークスやコールタールを安値で買い取り、セメント製造の燃料として販売し、巨万の利益を得た。

 そう彼こそ、獄門丸の成長した姿だった。

 獄門丸なんていう酷い名前をつけられたことに対する反発からだろう。清浄なんて名前をつけたようだ。だが、獄門丸という名前に愛着があったのか、門倉という姓に獄門丸の名残がある。

 とあれ、獄門丸が五代院家に現れた。五代院家の窮状を聞き、高子のことが心配になったのだ。それを知った五代院家の当主は高子を獄門丸に差し出した。高子を獄門丸と結婚させることで、五代院家の存続を図ったのだ。要は獄門丸の財力に寄生して生きて行こうとしたのだ。

 それが分かっていて獄門丸は五代院家の当主の申し出を受けた。高子のことを忘れられなかったからだ。ここで終わっていれば、ちょっとした逆シンデレラストーリーだったのだが、話はこれで終わらない。

 五代院家の当主は獄門丸の財産を全てわが物にすることにした。獄門丸に出来るのだ。自分でも上手くやれる。これ以上、獄門丸の世話になるなんて耐えられない。獄門丸が亡くなれば、財産は全て高子のものとなる。そうなれば巨額の富は自分の思いのままだ。そう考えた。

 獄門丸は殺された。毒殺だったようだ。当時だったらヒ素だろうか。ヨーロッパでは遺産相続の殺人と言うとヒ素が用いられたらしい。

 獄門丸の遺体は、さして捜査もされないまま荼毘に付された。きっと、五代院家の当主があちこち金をバラまいて手を回したのだ。

 こうして完全犯罪が完成したはずだった。

 ところが、そうは問屋が卸さない――って、ちょっと言い方が古いか。お爺ちゃん子だったせいか、言い方が古めかしいと、よく二代目に言われる。古めかしいも言わないかな。言い直そう。そう都合良く行くものではない。

 五代院家の当主は悪夢にうなされるようになった。良心の呵責に苛まれていたのだろうか? そんな繊細な人間とは思えないが。夜中に悪夢で飛び起きることが何度も続き、その内、日中でも幻覚を見るようになった。

「やつだ。あいつが見える」という台詞を口走るようになった。獄門丸のことだ。

 獄門丸から奪った会社の経営も上手く行かなかった。獄門丸は何度も修羅場を潜り抜けながら財産を築いてきたのだ。浪費することしか知らない五代院家の当主では、世間の荒波を乗り越えて行けるはずがない。

 家財が傾いて行く中、五代院家の当主が亡くなった。

 事故死だった。結婚後、獄門丸が建てました洋館の二階から転落したのだ。二階への階段の踊り場には巨大な獄門丸の肖像画が飾られてあった。五代院家の当主が階段を降りようとした、その瞬間、肖像画が壁から外れ、当主を直撃、その弾みで階段を転がり落ちた。当主は首の骨を折って死亡した。即死だった。

 程なく、当主の奥さんも死亡した。奥さんは初登場だが、首吊りだったそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ