鉄槌オットー
オットーの手は、鍬よりも戦鎚に馴染んでいた。幼い頃から、村の誰よりも大きく、力強かった彼は、農夫として土にまみれる人生を拒んだ。バイエルン同胞団のスカウトが現れた日、オットーは迷わずその誘いに乗った。戦場なら、彼の力が金に変わる。名誉に変わる。
「オットー、駄目!」
幼馴染のフィオナが叫んだ。彼女の瞳には、かつて戦場で両腕を失った男の影がちらついていた。「戦場なんて、命を削るだけよ。一緒に畑を耕せばいいじゃない!」
だが、オットーは笑った。「フィオナ、俺は農夫のままじゃ終われねえよ。見てろ、俺がどれだけでかく生きられるか!」
彼の背中はフィオナの声など届かないほど遠く意気揚々と戦場へ消えた。
戦場でのオットーは、まさに鉄槌だった。長駆を振り回し、戦鎚で敵の頭を叩き割るその姿はバイエルン同胞団の中でも際立っていた。彼は戦場の流れを読み、押し引きを誤らず、仲間を必ず連れ帰った。半年で、彼は農夫が数年かけても稼げない金を手に入れた。
帰郷したオットーは、村の広場でフィオナを見つけた。彼女の顔は疲れていた。母が病に倒れ、薬代で家計が逼迫していると聞いたオットーは、迷わず金袋を渡した。「これで母さんを助けろ。な? 農夫だったら、こんな金は用意できなかったぜ」
彼は胸を張った。フィオナの母を救える自分に誇りを感じていた。
その夜、フィオナに求婚しようと決めた。だが、肝心な言葉が喉に詰まり結局何も言えぬまま戦場へ戻った。見送るフィオナの表情は、複雑に揺れていた。オットーはそれに気づかず、戦鎚を握り直した。
一年後、オットーは「鉄槌オットー」として名を馳せていた。20人の小部隊を率い敵味方問わずその名を知られる存在になった。彼は再び帰郷した。小麦が金色の海を作る故郷の丘を眺めながら今度こそフィオナに求婚すると心に誓った。
だが、村に着いた彼を迎えたのは、大きく膨らんだフィオナの腹と隣に立つ農夫ゲルトの姿だった。
「オットー、待てなかったの」フィオナの声は静かだった。「あなたはいつ死ぬかわからない。戦場で消えるかもしれない人を、待ち続けるなんてできなかった」
彼女はオットーから送られた金袋を差し出した。「母は半年前に死んだわ。これ、返す」
オットーの胸に、熱いものがこみ上げた。ゲルトの頭を戦鎚で叩き割ってやりたい衝動に駆られたが、彼は歯を食いしばってその場を去った。このまま村にいれば気が狂いそうだった。休暇を切り上げ、同胞団の拠点へ戻る馬車の中で、彼は思った。
「フィオナと手紙をやりとりできてたら、違ったのかもな」
だが、文盲の二人にとって、そんなロマンスは夢物語だった。
戦場に戻ったオットーは、初めて引き際を誤った。フィオナのことが頭から離れず、敵の包囲網に気づくのが遅れたのだ。部下を逃がすため彼は最後尾で戦鎚を振るい続けた。敵を打ち払い、仲間と一緒に逃げ切った頃、オットーの体は傷だらけだった。血と泥にまみれ、彼は意識を失った。
目覚めた時、彼のそばにいたのは同胞団の洗濯女、コニーだった。彼女は仕事を超えた献身で、オットーを看病していた。汗と血に汚れた包帯を替えながら彼女は静かに微笑んだ。
「生きててよかった、オットー」
その笑顔に、オットーはぼんやりと思った。
「コニーと一緒にいれば、フィオナのことを忘れられるかもしれない」
だが、心のどこかで、フィオナの複雑な表情と金色の小麦の海が静かに揺れ続けていた。