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瞳の中の虹

火の正しい使い方のカンナ視点で物語を畫きました。

https://ncode.syosetu.com/n2053jq/

挿絵(By みてみん)

私は生まれてこの方、苦労したという思いをした記憶がない。

厳密に言うと……苦労はしたことがあるのかもしれないけど、

それが何かという理解ができないというか、わからない。

街を歩くと、すれ違う人々の視線が私に向けられることがある。

だがそれは「天才」を称賛する目ではない。むしろ、異質な存在を見るような

距離を置こうとする目だ。


「あのお姉さん髪の毛の色がキレイー」と、小さな子供が母親の手を引きながら私を指差す。

母親は慌ててその手を下ろし、子供の手を引き、ここに居てはいけないと言わんばかりに

速歩きになりどこかに去っていく。


私が感じているのは、栄誉ではなく、疎外感だった。



天才……幼い頃からそう言われて育った。

しかし家にいればなんてことはない。

私ができることは父も出来るし、祖父も出来た。

あたり前のことである。

ただ出来ることの良し悪しは当然あった。


しかしそんな父も祖父も私の『才能』を喜び

そして同時に悲観した。


「あと100年、いや30年でもいい、それだけ早く生まれていれば」

「タラレバを言っても仕方ない、女に生まれたのは幸いだったのかもしれない」


……。

私の運命は決まっている。

五大元素を自在に扱える血筋を受け継ぐ女として。

名家の血筋を絶やさぬなどという大義ではなく。

もはや必要とされない魔法の才覚によって栄華を極めた家柄を守るため……。

私は適齢期になれば家が決めた人間と婚約し……結婚する。


それが私に決められた人生……。

当代随一と言われる魔法の力量も、魔法工学の発展により意味をなさなくなりつつある。


実際私自身が生活していても、日常生活で魔法が必要な場面など殆どないのである。

学校に通うために空を飛ぶ必要はない。自動車がある。

学校では本を読むために魔法を使う必要はない。魔法単体の訓練なども必要とはされない。

魔法を使うのは家にいるときだけ。

それも今となっては求められて行うことはほとんど無い。


ただし魔導戦闘の訓練だけは学校でも自宅でもやらなければならないことだった。

しかしそれらについても大きな問題はない。

魔法にしても体を動かすにしても私はどうやら一般水準より高いレベルで実行できるらしい。

だからといってそれでも自分が優れていると思ったことも特にはない……。

特に褒められたこともない訳で、私にとってもどうでもいいことだった。




そんな私に変化が訪れたのは高校に進学した時だった。




1つは……淑女たれ。ということで私の作法に関しての教育がはじまった。


今までそれがなかったのはお祖父様が存命であったから。


お祖父様は私の魔法の才能を高く買っており、著名な魔法工学者にしたかったらしい。

しかし高校に進学した際、祖父は65歳という若さでこの世を去った。

人並みに寂しいとは感じたがそれ以上の感情はなかった。

私も同じように生き、死んでいくのだろうという思いが頭に広がっただけだった。


しかしそれは『若干の修正』を求められることとなったのだ。

父はお祖父様とは考えが違った。

それは私を戦略結婚の道具として育て上げるということだった。


正直どちらでも良かった。

どうせどちらも自分が決めたことではない。

もとよりそういう生き方しかできないと物心ついたときから理解していたのだ。

ただ中々慣れず、たまに発言に問題があると厳しく注意されることがとても増えたのも

この頃からであった。


私はこの頃から喋るときにまるで思考停止したかのように……話すクセが付いてしまった。




2つ目は家の事柄以外に興味関心事項が増えたことだ。


私が五大元素を使える天才などと崇める人はいるが、それはそういう「ステータス」を

崇めているだけであって、その能力を評価する人などほとんどいないのである。

何故なら前述した通り、現代において魔法を必要とする機会などなくなりつつあるためである。


そんなご時世なのにわざわざ人目のつかない場所でコソコソと何やら魔法の訓練をする

極めて奇特な人物を見つけたのである。


その人物は魔法の中でも特に日常生活で役に立たない火の魔法の使い手だった。

しかしそれは大した問題ではない。

彼は私にも出来ないことをやっているのを目撃してしまったのである。


どういう原理かは理解できないが彼は空中に着火する素材もないのに

炎を生み出せるのである。

火を扱う魔法使いは皆燃えているものの威力を上げることぐらいしか出来ない者が殆どである。

その中でも特に優秀なものは木材などの燃えやすいものに火種をなしで着火することが出来る。


逆に言えば火の魔法といえばその程度しかできない、五大元素の中でも

『最も利便性の低い』、つまり『価値の低い』魔法としてみなされているのだ。


私も木材など、基本燃えるものに火をつけることは出来るが

なにもない空中に火を生み出すことは出来なかった。

『彼』が起こすそうな、まるで炎の渦のような火を巻き起こすことは正に神業に思えた。




しかし()()()()()()()

空中に火を起こせるから何が出来るというのだろうか。

祖父や父から聞いた30年以上前、魔物に人類が危険にさらされていた時代ならいざ知らず。

このような平和な時代にそのような攻撃性にしか特徴のない魔法が存在する意義など殆ど無い。


そんな「無意味なこと」を彼は来る日も来る日も繰り返していたのである。

私は……時間が作れる時、彼の様子を都度見守っていた。

特に声をかけることもない。

きっと……声をかけても……私は彼に……失礼なことを言うことしか出来ないだろう。

だが、今日は何かが違った。


「なぜ、そんなに無意味なことを続けるの?」


私は、自分でも驚くほどの冷静な声で彼に尋ねた。

彼は振り返り、少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んだ。


「無意味だと思うか? でも、それが俺にとっては意味のあることなんだ」


その答えに、私は言葉を失った。

彼の自由な生き方が、私にとっては重く、不自由な自分を見せつけるものだったからだ。







ーー今朝の一番のニュースです。昨日巨大な魔法反応と共に魔法障壁の一部部分が

損壊する事件が発生しました。国はこの自体を受け……





ラジオによるニュースは家の中の空気を一変に変えるに十分すぎた。

使用人たちは慌ただしく動き回り、父は私が起床するよりも早くに背広に着替えていた。


部屋をノックする音で目が冷めた私は、目をこすりながら

「どうぞ」とだけいうと、そこには使用人を引き連れた父の姿があった。


父は事態を早口で私に告げると、今日は戻らないことだけを告げて

早々に部屋を出ていった。


部屋の入口には古参の使用人である北村だけが立っていた。

「お嬢様、朝早くに申し訳ございません、本日はなにかありましたら

 私めが何かとご都合承りますので、よろしくお願いいたします」

そういうと北村も部屋を退出していった。


魔法障壁のトラブル……たしかに大変なことではあるが

どうせ国のお偉いさん方が対応して早いうちに元通りになる……。

私はそんなふうに考えていた。




私は特にいつもと変わらずに身だしなみを整えていた。

私は人と違うこの外見が嫌いだ。

普通の人は髪色が部位ごとに違ったりはしない。

瞳の色も扱える元素の色になることがほとんどだ。


特別ゆえの外見。

でも特別だからといって何かが違うわけでもない。

自分のことを気にすることはないけど

自分が強く人と違うと意識されるこの瞬間だけは好きになれなかった。


幼い頃に髪を一度だけ染めたことがあった。

父に激しく叱責され、それ以来染めたことはない。


私は敷かれたレールの上を走ることしか出来ない。





そう思っていたのだ。




学校につき、教室に入る。

入学式のときはこの外見のせいで大抵注目を浴びるが

私は多くを喋らないことでその注目を交わす術を身に着けた。

問いかけに答えない。ただそれだけで人々は興味を徐々になくしていくのだ。


しかし今日はそれに輪をかけて私は注目の範囲外にいた。

それもそうだ、ラジオで速報が流れるほどの大事件がおきた日だ。


学校中のクラスメイトが騒々しく話をしている。


その中でも一際私の心をくすぐる話をしているものがいた。


なんとその二人は魔法障壁の障害が発生した場所を見に行こうというのだ。

何たる愚行……。

まるで凶悪殺人犯が立てこもっているから今から見に行こうというようなものである。


バシャー!

「お前らうるさいぞ、静かにしろー! 今から出欠を取るぞ」


担当教諭が当然の態度で教室内に入ってきた。

私もおとなしく自分の席に座る。


「既に今朝の役所からの通達でも知れ渡ってる通り魔法障壁に問題が発生した。

 現在、国の調査団が周辺の調査を行っているようだ。

 大きな危険はないだろうと推測されているが、万が一ということもある。

 決して近づくことのないように!」


至極当たり前の話を教諭はした。


そう、当たり前、危険なところには近づくべきではないのだ。



そういうと先生はいつものように授業を始めた。

まるでいつもの日常の繰り返し。

そう、いつもの日々が繰り返される。




ーーお昼休み。

私は家から家政婦に作ってもらったお弁当を食べた。

量は少なめなのですぐ食べ終わった。

体型のこともあるがあまり食事自体に興味がなかった。

なのでマグカップひとつ分程度しかない食事はすぐに取り終わったのだ。


すると先程愚かしい会話をしていた二人組がまた騒いでいたのである。


気がつけば私もその二人の前に歩いていってしまっていた。


「あなた達……面白そうな話ししてる……」




突然輪に入ってきた私に例の赤髪の少年は動揺していたが

特にバカたことを言っていた金髪の少年は興味津々という様子で食いついてきた。


「お、虹村、お前も気になるのか?!」

「魔法障壁の外……私も興味があるわ」

「やっぱそうだよなぁ、一緒に行こうぜぇ!」


なんとなく、この人と馬鹿騒ぎをする感覚……嫌じゃなかった。


「待て待て、流石に女子まで連れてくのはやべーだろ、何考えてるんだ」


……。

赤髪の少年は優しい。

しかし残念ながら優しいからと言って強いわけでもないわけですが。


私はどうしてもこの話に乗りたいと思った。

彼には失礼を承知で少々意地悪なことを言った。


「緋山くん……魔道戦闘何級?」


魔導戦闘とは平たく言うとモンスターとの戦闘知識およびその戦闘技能の

検定であり、初段以上は有段者の指導対戦を経て段位を受ける必要がある。

学校の授業で全員1級までは取得させられるのだがそれより上は

任意であるため自ら訓練して取得する必要がある。


この訓練は魔法の質はほぼ問われない。

使用する道具に必要最低限の魔法力を通すことで武器は威力を発揮するため

重要視されるのは身体能力である。

最も身体を駆使するうえで魔法を行使することは禁じられていないため

あまり多くはないが空間転移や身体能力を向上させられる魔法を行使できるものは

当然ながら優位に立てるため、達人になるとそれらを駆使する人がほとんどである。


「1級だよ文句あるかよ」


まぁ彼は火の魔法しかつかえないし、身体能力も並以下であることはしっていた。

少しすねた様子になる彼は可愛く感じた。


「まぁ健一だしな、ちなみに俺は最近2段になった」


少し意外だった。彼は髪を黄色く『染めている』が

特別に雷の資質を持つわけでもなく極めて無能力者に近い。

最も今現在能力者であることが持つ意味などほぼ無いのだが。


さて私がここで求められているのは私が足手まといにならない証明である。



「私も……2段……。来年……3段受ける予定……」


「3段てまじかよ……俺達の中で一番強いやん」


私からすると黒田くんも十分すごいんだけれどね……。

ただそれ以上にすごい人物がここにいるだけであった。


「まぁでも……緋山くん……私より火の魔法上手……きっと大丈夫」

「緋山が? こいつ火起こすぐらいしかできないぞ?

 最も俺は魔法はからっきし駄目だけどなーはははー」


彼がすごいを通り越して「異常」なのは私が一番知っている。

ひょっとしたら今回の件で彼が何故「異常」なのかを知ることも出来るかもしれない。


こうして私は二人を納得させたうえでこの「冒険」についていくことになったのだ。






そして放課後。

それぞれ一度解散して得物などを取りに行く準備をすることになった。


私は学校からの距離を考慮して貨物車両であるワゴン車を用意することにした。

得物は魔導訓練に用いられる伸縮式の短槍である。

訓練用とはいえ魔力を通せば槍先に持ちうる魔力の性質を集中して発揮する

シンプルかつ扱いやすい武器である。

正直冒険とはいえ「実際に実践が起こる可能性は低い」と私は思っていた。

ただ万が一に備えないのも良くない。というわけでこの練習用の短槍である。

伸縮式の構造であるためそのままでも使用できるが実際には身長の長さ程度に伸ばすことも出来る。

その分強度が若干下がるが基本的に「受ける」事は前提としてない武器なので

これで十分だろう。


家の外の門にたどり着くと、ワゴン車の外で中村が直立不動で私を出迎えた。

中村は私直属の使用人で父からの信頼も厚い、「出来た」人物である。

私が今日行うことについて包み隠さず言うと黙って全てを用意してくれた。

私はワゴン車に乗り込もうとすると「珍しく」中村が私を遮り言葉を発した。


「お嬢様……少々よろしいでしょうか」

「……なんでしょう?」

「事が事ですので、この事はお父様に『報告させて』いただきます」


こんな身勝手なことをしていても中村は優しかった。

つまり「事後報告」にしてくれるという意味だ。

言葉はまだ続いた。


「大変失礼なことを申し上げること、先に謝らさせていただきます。

 魔力障壁の外側は世間一般人は知らない者が多いですが大変危険な場所でございます」

「中村……貴方でも危険な場所……なのかしら?」

「正直に申しますならば1分たりともいたくない場所でございます

 行くのであれば武装した軍隊1小隊は最低でもほしいところです」


この中村、先程の魔導訓練では三段の持ち前だ。

段位上では一応私より上である。

それだけ危険な場所という事実は……私の気持ちをひどく高揚させた。


「もしなにかあれば……中村、助けてくれるかしら?」

「はい、命に変えましても」


迷いなき返答だった。


「でも……今回は……クラスメートも同伴だから……」

「かしこまりました、ギリギリを見極めて動くこととします」


みなまで言わなくても察しの良い模範的使用人だ。

私は車に乗り込んだ。




しばらくして約束の時間の十分前。

私は早めに校門の前についたのだが、意外なことに黒田くんが門の裏側で

しゃがんで待ってるのを見つけた。


私は車から降りると、彼が座っている所に行くと声をかけようとした。


「うおっ! 虹村か、はええな」

彼は慌てて立ち上がるとズボンについた砂を払い除けた。

そのズボンには短槍のホルスターがついており、柄の部分が覗いている。

彼も二段と言っていた。

槍術の扱いだけでこの年齢で二段になるのは

よほどの天性の才能か、相当の努力家であることが求められる。


……直感的にだが彼は後者であると感じた。

私に気がついた時、彼は咄嗟に槍に手をかけようとしたから。


まぁ別にどちらであろうとも問題はない。

彼がいざ何かあったときに頼れるということが大事。


「正直……黒田くんは……一番遅れて来ると思ってた」

「おいおいそりゃ無いぜ……こう見えても俺は時間にはうるさい男だぜ?」


身振り手振りを添えて駆け足のポーズをしながら彼は言う。

こうした一連の行動が彼の処世術なのでしょう。


「認識を……改めるわ」

「お、おう、よろしく頼むぜ」


正直彼は……頭合せ程度に思っていたけれども。

思ったより頼りになりそうで何より。


さて私の期待の星はいつくるのか。




時間きっちりにきた緋山くんは大層不思議な形状の物体……

もとい杖を持ってきた。


よくよく見てみると指向性を指定する刻印が描かれており

魔法を使用するためのアイテムであることはわかった。

しかし一見するとそれは……


「お前まじかよ、いくらなんでもそんな鈍器振り回すつもりかよ」


黒田くんの煽り通り、まさしく鈍器のようだった。

一応……フォローしておくべきかしら?


「……黒田くん……多分それ杖……」

「杖ぇ? この形状で?」

「形状はよくわからない……でも文様に……魔法の指向性を示すものが記載されてる……」

「まぁ力もないこいつが鈍器で戦おうと考えてないだけで良しとしておくわ」


それはごもっともな話……最も万が一なんてものはないに越したことは無いのだけれども。


「しかしこれから現地までどうやって向かうよ?

 軽く20kmぐらいはあるか? 仮に交通機関を使ったとしても

 途中で足止めくらいそうだし」


そういう緋村くんに私は車を指して言った。


「自宅から……車……借りてきた」


あまり多くは必要ないかと思ってたのだけれども。

山程荷物持ってくる人がいるかもしれないと考えてのワゴン車です。


実際緋村くんの杖はかなり長く、セダンだとちょっと入るか怪しかった。


「みんなは……後ろの席……」


そういい、私は助手席に乗り込んだ。

そして中村に魔法障壁のトラブルが起きている所まで行くように指示を出した。


「……行けるところまででいい……あとは歩くから」


車はゆっくりと発進し、現地へと向かった。





中村が車を停車させた時点で腕につけた時計を確認する。

三時四分。あまり猶予はないと感じた。


「日が落ちるまでには戻ります……もしそれでも戻らなかったら……」

「いえいえお嬢様、戻るまでこちらに」

「いえ……その場合全員が遭難する可能性があります……一度家に戻ってください」

「了解いたしました、どうかご無事で」


私が言っても中村は自分で考えて行動するタイプだ。

あくまでも社交辞令程度の会話。


そしてここからは徒歩で移動しなければならない。

こういう時、短槍は携帯性がよく邪魔にならないのがとてもいい。

一方で緋村くんのもつ杖は……利便性度外視という見るからに性能特化型。

彼の面白いアイテムは使うところを見てみたい気もするけれども

今回ばかりはあまり活躍しないことを祈りたい気持ちが強い。



そんな事を思いながら、三人でささやかな話をしつつもついに現場に到着した。

私は無意識に手を横に伸ばして『止まれ』の合図をした。

男子たちはそれをみて歩くのを止める。


目を凝らすまでもなく、まるで巨大なトンネルが開いてるかのように

空洞が空いてるのが見える。

日頃みる魔法結界の類とは意味が違う。

例えて言うなら城壁並みの強度と厚みを持ったガラスのような壁だった。

その巨大な空洞を百メートルあたり一人程度の感覚で衛兵が立っていた。


「……これは流石に通り抜けは無理だな」

「うーん流石に人が多いなぁ」


「……どうにかこの人たちをどけましょう」


私は直ぐに近くにある直径三メートルほどもあろうかという岩を

風と土の力を駆使して空中に持ち上げた。

それに私の持てる限界の力を持ってして空洞の向こう側に射出した。

大砲のようにその岩は飛んでいき、見えなくなったしばらく後

地響きのような音を立てた。


男子たちはオロオロとしていたが私は既に開き直っていた。

もうここに来ると決めた時点で私は父から大目玉を食らうことは覚悟済みなので

これ以上は何をやっても変わらない……と思う。

悩んでも仕方ないのだけは確か。


轟音とともに目論見通り衛兵たちはざわつき始め、ドコかに移動しはじめた。


「持ち場を離れてどっか言っちまったな」

「……多分、音から想定して……巨大生物の襲撃に備えて集合……」


私は迷わず障壁の穴へ向かって走っていった。

何やら男子たちのぼやいているような声が後ろから聞こえているが

ついてきているので良しとする。



……のだけれども。

五分ぐらい軽いペースで走り続けた結果

緋村くんのはすこしずつ私達との距離が離れ始めた。


「……檜山君……速度……」

「……ごめんもう無理……頼むから止まってくれ……」


よく見ると顔から汗が垂れていて顔色も真っ赤である。

本来は時間の都合もあるしもう少し進んでおきたかったけれども

万が一魔物と遭遇したときに疲弊していたのでは話にならない。

もう既にここは障壁の外側であり、不測の事態に備えなければならなかった。


「……多分……このぐらい離れてれば……バレない……けど」

まぁ衛兵達からはすくなくともここならバレないだろう。

空を見上げると既に夕暮れが近い。

中村との約束を考慮すると残りの自由時間は三十分程度にするべきだろう。


「虹村済まない、帰りのことを考えるとこれ以上進むのは難しいかも……」

彼の様子を見たかんじ、体力回復にもそれなりに時間がかかりそうだ。

少なくとも奥に進むのはやめたほうが良さそう。

「わかった……ここらへんで休憩がてら散策して……しばらくしたら戻りましょう」

「えらいなんか手慣れてるな……健一ほどじゃないにしても俺もクタクタだわ」


手慣れているのは子供の頃山の中(私有地)を駆け巡るのが好きだったのと

お祖父様が遊びを兼ねて、この手の訓練をよく休日にやらされていたからである。

……あの頃は良かった、などと一瞬だけ思った。

私はあたりの安全を確認するべく、周囲を探索して回った。

どうせ大したものもいないだろうと思ってた矢先だった。


……そこにはあまりに現実離れしたモノ(化け物)がいた。

私はダッシュで二人のもとに駆けつけ言った。


「立って! 一緒に走って!」


いちいち彼らが理解するのを待つ時間はない。

彼らの両腕を掴んで魔法を行使しゴリ押しで彼らを引きずるかのように走らせた。


直ぐに姿を隠せそうな巨大な岩場があったため、そこまでダッシュした。

そこで止まると私は深呼吸をした後息を潜めるようにした。

幸い彼らも察しよく身を隠してくれていた。


「……はぁ……はぁ……今度は一体何だよ」

「……デカいの……でた」


彼らの中で緊張感が走るのを感じる。

緋山くんは震えるように縮こまっていたが

黒田くんは覗き込むように相手を見ようとしていた。


「うわ何だあれ……ヒグマとかいうやつか?」


三メートルはあろうヒグマがたまたま歩いていた。

しかし「アレ」ではない。

あんな生易しいものならどうとでもなる。


「……違う、『アレ』じゃない」


言った瞬間、クマがいた場所には巨大な壁が走るかのようにドドドドと音を立てて

何かが蠢いていた。


それは直径五メートルはあろうかという大蛇だった。

私は瞬間的に腰に差していた短槍を取り出し展開して構えた。

つぶさに様子を観察する。


まだ気が付かれていない。

次に男子たちの様子を観察する。

緋村くんのは杖を握りしめてはいるが激しく動揺している様子で

恐慌状態になっている。

黒田くんも顔色は良くないが緋村くんよりはだいぶ「マシ」で

短槍を取り出していたが、慌てているのか槍を伸ばし忘れている。


ゴリゴリゴリとまるで地面をすりつぶすような音がする。

巨大なヘビが這いずる音だ。


「みんなそのまま動かないで。ヘビ、そんなに目が良くない。

 におい敏感だけど、うまく行けばこのままいなくなるかも」


皆を落ち着かせるために言った。

嘘も方便とはこのことか。実際は蛇の目は結構いい。

しかし気が付かれてないことは事実だ。


正直面と向かって見つかるのは避けたい。

サイズだけでも規格外の化け物だ。

ここから何をしてくるかもわからないなにかに対して

不確定要素の塊と対峙するより速やかに退去して安全を確保するべきだ。


お祖父様も危険と対峙したときはまず下がれとよく言っていた。

今がまさにその時であると思う。


ガンッ!


急にやたらと大きな音がしたかと思えばそれは緋村くんの杖が地面に落ちた音だった。

彼は慌てて杖を拾い上げようとするが、大蛇がそれに気がつくのは十分すぎる音だったようだ。


大蛇はうねりながらこちらに突進してきた。

流石に全員をかばいきれない!


咄嗟に横に飛び跳ねて大蛇の突進をかわしたが

突進をもろにうけたであろう男子たちはどうだろうか!?


「勘助!?」

「おう、心配すんなまだ生きてる!」


考えてる場合じゃない!

私は短槍に魔力を込めて大蛇を魔力を込めたジャンプで飛び越えつつも

手当たり次第に切りつけ刺し貫いた。


この短槍の優れたところはどのような術者が使おうとも自然と当人の資質を利用し

それを攻撃能力に変えてダメージを与えてくれること。

私が切りつけた大蛇の傷は深くえぐれ、焼け焦げた後がついていた。


大蛇は攻撃で暴れまわった後何かを口から吐き出した。

それは黒田くんの姿であった。

負傷している……しかし今もっと危ないのは緋山くんだった。

完全に大蛇は彼に狙いをすましている。


「緋山君、追撃を!」


黒田くんは動けない。

私の攻撃ではこの大蛇を倒すことは出来ない。

もはや彼の「魔法」に最後の希望を託すしかなかった。

彼は鈍器のような杖を大蛇に向かって静かに構える。


「くらいやがれっ!」


私は凄まじい火の奔流に息を呑んだ。

直径五メートルはあろうかというヘビが丸焼きになるほどのすさまじい勢いの火炎が

ヘビを飲み込み燃やし尽くさんと放出され続けていたのである。


しかしそれでもこれだけのサイズの蛇である。

大きく暴れまわり続けている。


私は短槍に自分の魔力の全てを集中するようなイメージを込めて

高く飛び上がり、大蛇に向かって短槍を投げつけた!


短槍は手からほとばしる青白い光を帯び、空気中で静かに揺らく光の矢のように大蛇を貫いた。

大蛇は更に立ち上がるかのように体を立たせた後

凄まじい地響きのような音を立てて倒れたのである。


動くのをやめたのを見て緋山くんの魔法も止まった。

凄まじいほどの肉の焦げる匂いで鼻が曲がりそうだった。


しかしまずは黒田くんである。

近づくと黒田くんは肩の部分を牙で貫かれたらしい。

患部を観察する……アレだけのサイズの蛇である。

毒を持っていれば大量の毒液をもらってるはずだがその様子はない……と思う。

緋山くんは黒田くんを心配そうに見ていた。

「あの大蛇……毒は持ってないからそれは大丈夫だけど……ちょっと傷が深い」


推測でしかものは言えなかった。

しかし急いで治療を施さなければならないのは明白。


「……私、なんとか彼を運ぶ……」

「うーん、運ぶよりも警備員の人を呼びに行ったほうが早いかもね」

「……そうかもしれないけど……警備員の人たち……ここまできてくれるかしら」


正直魔力行使をすれば彼を運ぶのにそう時間はかからない。

ただ安静に運ぶのは難しいだろう。

しかしこのままおいておくよりは……


「それでも勘助を動かすのもあまりいい状態とはいいづらい」


緋山くんは自分のせいで怪我をした彼に負い目を感じているようでもあった。

仕方がない。


「それはそう……私ももう得物はヘビに投げちゃったしなにもないから……

 私が走って呼んでくる……それまで待って……」


私の短槍は蛇に投げつけてしまった。

流石に炎でドロドロになったあの蛇の中から取り出して再利用する気はない。


私は足に魔力を込め、全力で障壁の入口に走った。

私一人で全速力ならば一分もあればたどり着ける!


その二十秒後のことである。

再び後方から凄まじい風の流れを感じ、後ろを振り向くと

真っ赤に景色が燃え上がっていた。


先程いた場所だ。もしやもう一体まだ何かしらの魔物がいたのか?!

しかし今から行ってもおそらく間に合うかどうか……。

迷いは判断を鈍らせる……私はひたすら全速力でそのまま入口に走った。




瞬間、激しい爆撃音かのような音とともに落雷が発生した!

走りながらも再び後方をみるともう燃え上がるような赤い色は消えていた。

一体何があったかもわからないが私にはひたすら入口に走り抜けることしか出来なかった。





入口にたどり着くと中村と……お父様が居た。

あたりの衛兵たちも慌ただしく動き回っている。


「カンナ、無事だったようだな。怪我はないか」

そういう口調は厳しく、無感情であった。


「はい……ただクラスメートが……大怪我をしてます!」

しかし父の表情は変わることなく、私を見ていた。


「わかった、後はこちらで対応する。 お前は中村といっしょに家に帰りなさい」

「嫌だ! このままじゃあの子達死んじゃう!」

「いいから帰りなさい!」


そう父は見放すように顔を背け、別の車に入っていってしまった。

呆然としていた、そんな私に中村は近づいてきて言った。


「お嬢様、安心してください……とは言えませんが、幸いなことに

 助太刀として東教授が単身ですが救助に向かってくださってます。

 ここは先生に任せて我々は一旦家に戻りましょう」


そういうと中村は私を車の中に入るように促し

私はそれに従って車に乗った。





時代錯誤と思われるかもしれないが私は懲罰房のような部屋に入れられた。

幼い頃はよく悪さをしては父に放り込まれ、それをお祖父様が見計らって助けてくれたものだった。


今はもう助けてくれるお祖父様は居ない。

私は何も出来ない無力さに涙を流した。

ひたすらに泣いた。






目が冷めたのはドアを開ける音と共にだった。

「起きろ」

父の冷たい声がかけられ、そして父は黙って目もくれずに去っていった。


私はしばらく呆然としていたが、入れ違いに中村が入ってきた。

「お嬢様、おはようございます」

中村はいつもの笑顔で私を迎えてくれた。

「おはよう……中村……」

そんな私を中村は身振り手振りで部屋から出るように促した。

中村はいつも私に優しい。


私は自室に戻る途中に声をかけた。

「……中村……私……」

そんな私に中村は珍しく声を遮っていった。

「お嬢様、今日は予定が立て込んでいますため、着替えを急ぎましょう」

「……予定?」

まぁ中村がいうなら急いだほうがいいのは間違いない。

私は急いで洗面台に向かうと涙の後を拭い、冷水を浴びせて目を覚まさせた。

泣きすぎた眼が充血しているため目薬をさし、後はいつものように準備を進める。


そして玄関から出かけようとした時、そこには父が居た。

父は遠くから私の様子をうかがうと、特に何も言うでもなく

自室に戻っていった。


私はそのまま学校に向かった。

当然だが歩きである。

車で行くときは特別なときだけである。




こうして「予定」とはなんだろうとぼんやり頭に引っかかったまま学校に向かう。

そうして教室に入ると何やら昨日と同様ざわざわとしている。

そして昨日と同じように「静かに」と先生が入ってきていつものように授業が始まる。




……と思っていたが先生から

「虹村カンナ、後で職員室に来なさい。本日は午前中は自習とする」

すると教室から生徒たちの歓声が上がった。




私は直ぐに教室を出ると先生は廊下で待機していた。

「昨日の事情は聞いている、これから緋村と黒田の見舞いに行くので君もついてくるといい」

二人は生きている!

中村の言っていたことはこれか。


私は嬉しくて再び涙を流した。

先生は軽く頭を撫でてくれると

「外で中村さんが車を用意してくれている、すぐに行きましょう」

と言った。


私は再び涙を拭って返事をした。

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