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4-① こっそり



 わかっててやったんじゃないだろうか。


 だって、普通に考えたら驚くはずだ。石板がいきなり光り輝いて、誰が刻んだわけでもない文字が浮き出てくる。ありえない。精霊師の力があるなら普通とか、そんな話でもないと思う。現にあの瞬間から王宮は予言だお告げだと大騒ぎだ。


 なのに、アシュリーはしれっとした顔をしていた。


 知っていたのではないか、という気がする。


 あの『死んで戻ってきた』という話が本当なら、アシュリーはあれがああなることを知っていたのではないだろうか。つまり、自分がうっかりあの石板に触ってしまえば、それだけでああなることを……いや。もっと悪ければ、あの日勝手に石板が勝手に光り出すことを知っていて、それをあたかも自分が触れたせいだと思わせるために、あの場所まで誘導したんじゃないだろうか。


 もしかして自分は、罠にかけられているんじゃないだろうか。

 精霊の塔に登るために、王宮に忍び込んだその瞬間から、ずっと。



「――それにしても、ジェナ様がいらっしゃってからは、とにかくおめでたいこと尽くしですね」

「本当に、とっても素晴らしい方で! ……あの、ところで。噂でお聞きしたのですが、アシュリー殿下とのご縁でこちらにいらっしゃったとか?」

「お告げがあったときもお二人でいらしたそうですし、もしかして……」

「深い仲、とか」

「いやー……はは。そういうわけでは……」


 というようなことを、交流のためのお茶会とやらでもみくちゃにされながら、ジェナは現実逃避も兼ねて考え続けていた。



◇  ◇  ◇



「お疲れのようですね」

「…………疲れた……」


 横に凄腕メイド(メイドではない)がいても、もう警戒するだけの気力もない。


 ようやく部屋に戻ってきて、天蓋付きのベッドなんていう一生寝るはずもなかったものの上に横たわって、腕も足も投げ出して、半分寝ているみたいな顔でジェナは天を仰いでいる。


 こういうベッドって、確かに頭の上が閉じてるから安心感があるけど、普段はどうやって掃除してるんだろう。


 豪華な生活って、やっぱり手間暇がかかるんだろうな。

 って、別に今考えるべきなのはそういうことじゃなくて、


「どう思う?」

「何がですか」


 疲れ切ったまま寝転がっていると、本当に眠ってしまいそうになる。


 ジェナは起き上がる。ベッドサイドに足を下ろして、ぽんぽん、と横のスペースを叩く。意図を汲み取って、凄腕メイド(メイドではない)のリルはそこに腰を下ろしてくれた。


 真剣な相談だ。


「話がどんどん大きくなってきてるよね。世界最高の精霊師とか、建国以来の精霊のお告げとか」

「おかげさまで」

「私は何もしてないんだけど!」

「不法侵入」


 ぐ、とジェナは怯んだ。


「不法侵入……」


 そうしたら、二回言われた。

 二回目は、比較的甘やかな囁き声だった。


「不法侵入はこっちに置いといて」

 よいしょ、と宙を掴んで枕元に置く。リルは何も言わない。許されたのか、それとも思うところがあって黙っているだけなのかはわからない。


「こう、謀られてる感じがしない?」

「なぜ」

「ほら、アシュリーってなんか……裏表がありそうに見えない?」


 言ってから、自分は最低なのではないかとジェナは思った。


 不法侵入を犯して死にかけたところを嘘を吐いてまで助けてもらっておいて、その部下にぼそぼそ陰口を叩く女。他人だったら絶対友達になりたくない。距離を置く。


 しかし、リルはそんなことを感じているような素振りは一切見せず、淡々と答えてくれた。


「ここに来て十年、私も殿下のお傍にお仕えしたりしなかったりしていますが」

「しないこともあったんだ……」

「気分次第です。人の生き死にがかかっていない仕事は、気が向いたときにやればいいと思っていますから」


 もしかして、とジェナは思った。

 この人はちょっと変な人なんじゃないだろうか。


「その十年間で知る限り、殿下に性格的な裏表はありません」

「えっ」


 一瞬喜んだのも束の間、


「つまり、『全く裏表がない』か『近くに十年いてもわからないくらいに強烈な裏表がある』かのどちらかです」

「えっ……」


 なんだか追い打ちをかけられたような気分になる。


 しかし、とリルは続けた。


「それで何か困ることがありますか」


 そう言われると、確かに現時点で困っていることはない。


 いきなりお城に連れ去られた……わけではない。自分で入り込んだ先で、なぜか「そのままいていいよ」と言われて豪華な衣食住を提供されている。今まで何気なく使っていた特技を披露したら、びっくりするほど称賛されて高貴なお嬢様揃いのパーティでチヤホヤされている。


 今はまだ戸惑うこともあるけれど、引きで見たらかなり良い状況ではある。

 裏表があったとしても、表しか見せないでいてくれるなら、何の問題もない。


 そう、問題は――


「持ち上げるだけ持ち上げてから、いきなりぽいって落とされそうで怖くない?」

「はあ」


 気のない返事で、リルは頷く。


「どちらかと言うとジェナ様より殿下側の私に相談しても、その不安が晴れることはないと思いますが」

「…………」


 そして、すごくもっともなことを言う。

 もしかするとこのメイド服を着ておきながらメイドではない、何ならなぜ自分の部屋にいて色々と世話をしてくれるか謎なこの人物は、的確な分析を得意とする有能な人物なのではないだろうか。


 うーん、とジェナは悩んだ。


 言われてみればそれもそのとおりで、王宮にいる以上はみんなどちらかと言えば自分よりアシュリーの味方だと思われて、かといって王宮の外に出て聞き込みなんかしてもアシュリーの実情がわかるわけがないというのは、自分の現状がまさに証明している。


 だから、決めた。


「確かめてみようかな。本人の後をこっそりつけまわして」



◇  ◇  ◇



「――で、なんで俺まで巻き込まれてるんだよ」


 通り道にいたから、としか言いようがない。



 それから一時間後、ジェナはリルとハロルドを引き連れて城下に出てきていた。賑やかで勝手知ったる場所ではあるが、こっそり内緒で出てきたことを思うと、どことなく心細さのようなものが身の回りを漂っているような気もしなくはない。


 今アシュリーってどこにいるの、とジェナは訊いた。

 今頃なら城下で商業ギルドと精霊祭に関する打ち合わせ中かと、とリルは答えた。


 居場所さえわかれば、後は簡単だった。リルが脱出経路を示してくれる。大抵の陣地というのは食料の供給路が抜け道になっているものです。そんなことを自分に教えて大丈夫なのかと思いながら、ジェナはそのガイドに従ってずんずん歩く。するとお茶会の片付けを終えたハロルドがキッチンで健康体操をしているのに遭遇する。旅は道連れ。どうせ運動するなら外でしようと押し切って、すったかたったと街へ出る。


 で、今。

 露店が並び、馬車が行き、外庭園から風に吹かれた花びらが石畳の上に散る、美しい城下町の大通り。


 三人集まって、物陰でこそこそしていた。


「しっ、静かに! ていうかちょっとしゃがんで。背が高いから目立つ」

「背が高い奴が路地裏の入り口でこそこそ縮こまってた方が目立つだろ」


 いいから、と言えば意外と素直にハロルドはしゃがんでくれる。

 壁に張り付きながら、ジェナはリルに訊ねた。


「この建物?」

「はい。商業ギルドが使う貴人用の会館です。ギルド長と殿下が面談することになりますから、場所としては二階の一番奥だと思われます。誰にも見つからないように様子を見たいのであれば、あの赤茶色の雨樋の下から駆け上がって窓から覗き込むのが良いでしょう」

「…………」


 有能だ。

 有能だが。


「護衛の騎士にはお気を付けて。鋭いですから」

「あのさ、リル」

「はい」

「そんなにぺらぺら喋って大丈夫?」


 自分で訊いておいてなんだが、心配になってしまった。


 いいのだろうか。仮にも……いや正真正銘の第二王子が、王位継承権第三位が、そんな風に簡単に居場所を特定されてしまって。


 そう訊ねると、リルはきょろきょろと辺りを見回し始める。

 それから、す、と口元に手のひらを寄せる。内緒話のポーズ。ジェナが首を傾けると耳元で、


「情報漏洩」

「この囁かれるやつ何?」


 やたらにこしょこしょした声で答えられる。


 ジェナは顔を離す。リルがもう一度辺りを見回す。内緒話のポーズ。今度は首を傾けなかったけれど、勝手に耳元に寄られて、


「情報漏洩……」

「二回言われるのも何?」

「なんで俺はこんな変な奴らと仲良く街に出て来なくちゃいけないんだ?」


 呆れた顔で、ハロルドが言った。


「つうか、ジェナ。あんたいっつも犯罪ばっかだな」

「え?」

「不法侵入したり、情報漏洩を基にアシュリーを尾行してみたり。言っとくけど精霊の塔に勝手に入ったのはもちろん、王族の後をつけるのも普通に投獄されたって文句言えないからな」

「えっ!?」


 そうなの、とジェナはリルに助けを求めてみる。

 無視された。どうもリルは助けを求められると無視してくる傾向があるな、とジェナは気が付いた。


「でも気にならない?」


 だから、とりあえず無視してこない方を味方に付けようと思って、


「死んで戻ってきたっていうのは正直私、最初に聞いたときは単なる異常な妄想だと思ってたんだけど」

「……まあ。否定も賛同もしないが」

「でも、私のことを精霊師って言って引き込んだ後に、千年に一度の大祭がどうとか言って石板が輝き出すのはやりすぎじゃない? 偶然とかじゃなくて、何かしらの作為を感じるんだけど」


 言うと、ハロルドは黙った。

 じっ、とこっちを見つめてくる。ジェナはちょっと怯みながら、


「な、何」

「意外と鋭いんだなと思って」


 そんなに大したことは言ってないし、「意外と」も絶対要らない。

 が、少なくとも自分の感覚に対する賛同者を一人得られたとジェナは思って、よし、と。


「じゃ、踏み台になってもらえる? 私が窓から覗くから」

「嫌だよ」


 にべもなく断られる。


「なんで? ハロルドも気になるんでしょ。一緒にアシュリーの陰謀を解き明かそうよ」

「そりゃ気になるっちゃ気になるけど……」


 陰謀確定なのかよ、と彼は髪を掻いて、


「そもそも俺が踏み台になる意味は何なんだよ」

「二階の窓が覗きやすくなる」

「直接ジェナ様の踏み台になるのが恥ずかしいなら、私が間に入るけど」

「なんでこっちはこっちで話をややこしくしにきてんだよ」


 要らん要らん割って入るな、とハロルドはリルに手振りをする。

 それからジェナの方に向き直って、


「あんた、精霊の塔のてっぺんから飛び降りて無傷だったってことは何かしらそういう精霊師の力があるんろ。それ使えよ」

「やだ」

「なんで」

「使うたびにどんどん状況が壮大になってる気がするから。そのうち取り返しがつかないことになりそうだから、しばらく使いたくない」

「…………」


 ごもっとも、という顔をハロルドはした。

 思うところがあってくれたらしい。


「つか、なんで最初に取る方法が犯罪なんだよ。本人に直接訊いてみりゃいいだろ」

「何を?」

「『自分を呼んだのは壮大な計画があってのことか?』って」

「そんなのあっても『ある』って言うわけないじゃん。ほら、早く台になる。気になるなら後で上下交代してあげるから」

「いやそもそも俺らの身長合わせたくらいじゃ二階の窓には届か――おい、三人いりゃいいって話じゃねえよ! なんであんたちょっと今日は乗り気なんだ――」


「何してるの?」


 全然馴染みのない声がした。


 が、ピーンと一気にジェナの背筋は直立し、その反射運動こそが彼女にその声についての情報を与えた。


 全然馴染みのない声ではある。

 馴染みがないだけで、一度聞いたことはある。


 ものすごく緊張する相手。

 振り向くと、予想した通りだった。


「こ、これはこれは……」


 誤魔化しの言葉を口にしながら、必死でジェナは頭の中を探す。名前。絶対聞いた。間違えないように。これで合ってる? 合ってなかったらどうなる? 投獄?


 息を大きく吐いて、吸う。

 自分を信じて、


「クリスティーン殿下」


 口にすれば、彼女は気を悪くした様子もない。命拾いをした。ほっと息を吐く。ちょっと気が楽になる。そもそも自分が代表して喋る必要もないと気付く。


 ここは王宮勤めの長い二人に、対応を任せよう。


 振り向く。


 二人ともいない。


 置いていかれた。



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