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5-② これで一応



 入るのはこれで三度目だけれど、いつ来ても大きな建物だと思う。精霊祭に合わせてどこかの巨人が遊びに来たって、頭をぶつけることなく快適に過ごせることだろう。


「そういえば、お前はあの卵のことは何だか知っているのか」

「い、いえ。私もあれが見えたときはびっくりして」

「そうか。アシュリーがこのタイミングで連れてきたのだから、その関係なのかと思ったが」


 別に、どこに行くと決めてこの塔の中に入ったわけではない。だからジェナはあの日と同じく、何となく道なりに中を歩いているだけだ。


 しかし、第一王子を伴ってとなると、なかなか緊張感が違う。


「元々あの暦板の預言のおかげで、大祭になる予定は立っていたんだがな。あんな風に目に見えるものが出てきてしまっては、もう王侯貴族の一部が主催するささやかな行事というわけにはいかん。城下の騒ぎようは知っているか?」

「多少は」

「あれが今、国内どころか大陸中に広まっている。おかげで俺も仕事が増えてかなわん」


 ちゃり、とレオナルドは鍵を指の先に引っ掛けて回す。恐る恐るジェナは、


「大丈夫なんですか。忙しければ、私は全然……」

「気にするな。どうせ向こうが『一体どういうことなんだ』と訊いてくるのに、胸を張って『わからん』と答えるだけの仕事だ。カカシでも立たせておけば用は足る」


 そうなんですね、とも頷けない。

 とりあえず黙りこくって時が過ぎるのを待っていると、そのままレオナルドが続けた。


「どうだ。王宮での暮らしにはもう慣れたか」

「…………」


 なんか、とジェナは思う。


 疎遠の父親から振られるみたいな話題だ。いた記憶がないから知らないけれど。


「いや、その。……まあ、それなりに。はい」

「そうか。これでも一昔前よりは色々と緩んだのだ。今後もここで暮らしていくつもりなら、もう少し肩の力を抜くといい。取って食いはせん」


 もしかすると、こちらの緊張を見抜いていたのだろうか。

 隣を歩くレオナルドを見上げてみる。身長の違いのせいで、精々が顎のラインくらいしか読み取れない。あまり見つめていても「なんだ」と訊かれたときに困るから、早めに視線を外す。


 やがて、開けた場所に出た。


 覚えていた。ものすごく幅の広い階段がある場所。一番最初にここに侵入したときにも通った。確か、とジェナは思い出す。この先はただ、屋上へと続く階段があるだけだったはず。


 足を止めたのをレオナルドは、何かの合図だと受け取ったらしかった。


「これを見にきたのか?」


 何のことだろう。顔を上げると、彼もまた見上げるようにして顎を傾けている。視線の先を追う。


 絵がある。

 これもまた、以前に見たことがあるものだった。ジェナは少し前に進んで、頭上に掲げられたそれを下から覗き込む。


 空と花野が描かれた、風景画。


「俺も以前から気になっていた。この絵は随分古くからあるようなのだが、由来がわからん」


 そうなんですか、とジェナは頷く。別に、これを見るためにここに来たわけじゃない。けれどそう言われると俄然気になってくる。王族ですら由来のわからない、なのに精霊の塔の中に展示されている絵。


 これは怪しい。


「…………」

「そういえば、一つ訊いてもいいか」


 何か手掛かりでも出てきてくれないだろうか。そう思ってむむむと見つめていると、レオナルドがそんな風に言うから、


「はい」

 と頷けば、彼はこう切り出した。


「お前は弟の同類か?」

「どういう意味ですか?」

「つまり、何もかもを知っているのかということだ」


 ぎょっとした。


 ジェナは思わず彼の方を振り向く。威厳ある瞳で、苛烈にすら思えるような堂々とした態度で、彼もまた、真っ直ぐにジェナを見つめている。


「そ、れはどういう……」


 受け答えを濁したのは、何について言われているのかわからなかったからだ。


 頭の中に二つの考えが同時に浮かんで、同時に走り出す。時を戻ってきたことのことを言っている? いやそれとも単に今のこの精霊祭に関する出来事のことを? 戻ってきたということはリルもハロルドも知っているのだから家族に話していてもおかしくないのだろうか。精霊祭に関することだったとしたら、今の彼の目にはアシュリーはどう見えているのだろう。時を戻ってきたと客観的に認めざるを得ないような弟のことを、彼はどう見ているのだろう。


 ここで頷くことと、頷かないことに、どんな意味があるのだろう。

 じり、と思わず踵を浮かせる。


「――どうも俺は、迫力がありすぎていかんな」


 その緊張を解きほぐすようにして、レオナルドが苦笑した。


「そう警戒するな。令嬢にコックと来て次は精霊師だからな。もしかすると弟のことをよく知っているのかもしれんと思って訊いただけだ。それほど深い意味はない」


 その言葉だけで完全に警戒が消えたわけではないけれど、確かに少しだけ、ジェナの手足は軽くなる。どっどっ、と今更心臓の鼓動が聞こえてきて、思った以上に緊張していたことが自分でわかる。


 なんでだろう、と自分で自分が不思議になる。

 自分で言うのもなんだけれど、そんなに物怖じしないタイプだと思っていたのに。どこの街に行ったって無駄に堂々としていて、偉い人が相手だろうと尻込みしたりなんてしてこなかったのに。


 どうも、ここに来てから調子が狂っているような気がする。


「脅かして悪かったな」

「わ、」


 ひょい、とレオナルドの手が動いて、何かを放った。

 慌てて掴まえれば、手の中でちゃりんとそれは鳴る。


 金色の鍵だった。


「立たせるカカシにも肩書きが必要らしい。俺はもう行くから、戸締りは任せるぞ」


 ジェナは鍵とレオナルドの間で視線を行き来させて、


「いいんですか? こんな……」

「返さないで売り払うつもりなら、今すぐに取り返すが」

「い、いや! 売り払いません! ちゃんと返します!」


 ぶんぶんとジェナは首を振れば、くつくつとレオナルドはおかしげに笑う。

 踵を返して、


「なら好きにしろ。――これで一応、弟が不在の間はお前の世話を頼まれていたつもりなのだ」


 ひらりと手を振って、去っていった。



◇  ◇  ◇



 足音が遠ざかる。

 ぐおん、と扉が閉まる音が遠くから聞こえてくる。


 それでようやく、ジェナは手の中の鍵に視線を落とす余裕ができた。別に、これがなくたっていつでもこの場所に出入りすることはできる。しかしそれでも、立入許可証らしきものを得たことが身体を軽くさせた。


 とりあえず、隅々まで塔の中を周ってみようか。

 どうせ今日、他にやるべきことも見つかってないんだし。


 それにしても仲の良いきょうだいなんだな、なんて改めて思いながらジェナは幅の広い階段を上っていく。王族って、何だか勝手にもっと争い合っているイメージがあった。けれど本人がいないところで、姉も兄もアシュリーのことを気遣っている。前にハロルドが言っていた「上二人で弟を溺愛している」という話も、あながち嘘ではないように感じる。


 階段の先の廊下を行けば、次は壁沿いの螺旋階段が待つ。


 一応見上げてみて、ここは流石に後回しでいいかな、と思った。

 一度は通った道だし、あのときも確か周りにめぼしいものはなかった。上り下りにも息切れしそうだし、何も見つからなかったときのちょっとした「今日は頑張ったな」の言い訳作り用に、この階段は取っておこう。


 来た道をもう一度戻る。

 すると自然と、向かいの壁に掛けられた絵に目が留まる。


 そういえば、とそれで思った。

 あれ、何なんだろう。


 ジェナは階段を降りなかった。代わりに跳んだ。ぴょんと一足、少しばかり力を込めて宙に浮く。そうすれば見上げることもなく、真正面から至近距離で、その絵を見つめることができる。空に雲。飛ぶ鳥の下には花畑。


 それから、蛍みたいなきらきらした光。


 これは一体、何なんだろう。


「…………」

 しばらく見つめるが、結局それほど描き込まれているわけでもないらしく、近付いてみてもよくわからなかった。何だかそのことが無性にもやもやと胸に残る。精霊師も精霊祭も死に戻りも空に浮く卵も何もかもわからないからここまで来たのに、さらにわからないことが増えるのか。


 そのもやもやが無意識のうちに、ジェナの指をほんの少しだけ動かした。


 もういいや、と投げやり気味に床に降りようとしたタイミングと、重なった。


「あ、」


 触っちゃった、と焦った。


 次の瞬間、ジェナは全然知らない部屋の中に立っていた。



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