星のライブラリー
近未来のお話です。
その正体不明の物体に遭遇したのは、我々の乗った宇宙船ガリレオが月の周回軌道のコースに乗ったときだった。コントロールパネルの警告灯が点滅し、モニター画面に円筒形の物体が映ったのである。
画面を見ていたカーターが私に首を向けた。
「ケン、これは船外活動の必要があるな」
私は物体を計測したデータ画面を確かめて、地球のどの国のものでもない物体であることを確認した。
「オーケー、ひと仕事してくるか」
と私は言うと、座席を離れて後部のエアロックへ移動した。
エアロック内部に入ると扉を遮蔽し、船外活動機と一体化した宇宙服を装着する。ヘルメットをかぶったところで内側の通話器の緑色のパイロットランプが点灯しているのを認めるとカーターに呼びかけた。
「月面基地に概略だけ報告を入れてくれ」
「了解」
カーターの返答がヘルメットのなかで聞こえた。
エアロック内部の酸素が排出されると、壁面の表示灯が消え、船の外側の扉がゆっくりと開いた。
ポリカーボネート製のヘルメットを透かして見えるのは、太陽の光を受けて白く輝いている月の姿だ。
私は、ひじ掛けのように宇宙服の左右から突き出た船外活動機のコントロールアームのレバーを静かに動かした。すぐに背中の装置が反応した。小さな孔から窒素ガスが噴射され、私の身体は宇宙船を離れて漆黒の空間に押し出された。
月は、視界いっぱいに拡がっている。
遥か昔の衝突の痕跡を見せているコペルニクスクレーター。その隣り合った箇所に『熱の入江』が確認できる。
問題の物体は、その月の視界を背景に漆黒の空間に浮かんでいる。
私の身体は物体に近づいた。
それは、長さ10メートル程の灰色の円筒形の物体だった。私はゆっくりと近づくと表面を観察した。文字の表記もアンテナ類も無い。ふと、表面に突起があるのに気がついた。それに手を触れた瞬間、円筒の中央にスリットが入って、内部への入り口が現れた。
「カーター、内部に入れそうだ」
私が言うと、
「気をつけろ」
と、カーターが返答した。
内部に入って最初に目についたのは、仕切られた棚だった。棚には、くぼみがあり、そこにアクリルを連想させる素材でできた立方体がはめ込まれている。手に取ってみると、それほど重くもない。それが棚のくぼみに沢山はめ込まれている。
私は、手にした立方体をしばらく眺めていた。すると、立方体の中に光が見える。まぶしい恵みの光。それは、陽の光だった。
大地には樹木が生い茂り、かなたには山の稜線が見える。群れをなした鹿のような動物の動きが見え、衣をまとった人影も認められる。私は、その人影の方向に歩み寄った。
私は、言った。
「あなたは、この星の人ですか?」
相手は若い女性に見えた。私の問いかけには答えず、にこにこと笑っている。私の手を取ると、どこかへ連れていこうとする。
その瞬間、強烈な光があたりの空間の視界を奪った。続けて得体の知れない力が私の身体を吹き飛ばした。女性は、その場で蒸発し、風景は一変した。
気づくと、大きな原子雲が空間に立ち昇った。土と埃が一緒くたになって大地を這った。
「ケン、聞こえるか!」
カーターの声で私は我に返った。
私は立方体を手にして、どうやら幻影を見ていたようだった。円筒形の物体の内部には、立方体の棚の他には、装置のようなものもなく、これを作った異星文化に関する手がかりもなかった。
「カーター、これから戻る」
私は通話器にそう言って、手にした立方体を宇宙服のポケットに収めると、物体からでた。船外活動機を操作して、ガリレオに向けて移動する。
「ケン、物体が何かを放出してるぞ」
カーターのその声で、わたしは背後に身体を向けた。見ると、円筒形の物体の中から、無数のきらきらと光る粒が放出されていた。
立方体だ。それは、例えて言えば星が拡散するように、漆黒の空間に撒き散らされているのだった。
私は、さとった。あの円筒形の物体は異星の文明を蓄積したライブラリーなのだ。
遠いどこかに存在した文明……核戦争で死滅してしまった、その文明の痕跡を伝えるために宇宙空間に放たれたメッセージ……。
きらきらと輝く光の粒は、未知の星の痕跡を確かに伝えていた。
読んでいただき、ありがとうございました!