悪役令嬢に転生したので悪役らしく「権力」と「腕力」を好きなだけ振るっていますが、なぜか好かれるんですが?
「この馬鹿力が……とっとと死にやがれッ!」
「まあ、酷い。うら若き乙女を捕まえて〝馬鹿力〟呼ばわりするなんて」
「突っ込むところはそこなのかよッ! クソ、なにも仲間を殺すことはねぇじゃねえかッ!」
何も殺すことはない? この男は一体何を言っているのだろう。
王城へ戻る途中だった馬車を襲った盗賊団は、全員が全員手に刃物を握っていた。馬車の中では従者と固まり震えている。
もしも無力な人間しかいなければ、狼藉を働くのは目に見えている。
「これでは窃盗団とは呼べない規模になりましたわね」
スカーレットの足元には、既に事切れている盗賊の仲間が血の海の中に沈んでいる。生存者は頭領と思われる中年男と、か細い腕で頭を掴み上げていた青年だけだった。
もとは真白だった手袋は鮮血に染まり、手のひらの中からくぐもった声が聞こえるが聞き取ることは出来ない。聞き取るつもりもないけれど。
「この私が王族と知っての蛮行でしょうに。まさか、死ぬ覚悟がないのに馬車を襲ったとでもいうのですか?」
「まさか、あの〝血濡れ姫〟が乗ってるなんて知ってたら、襲うわけねぇだろッ」
「それは残念無念でしたね。あの世で十分後悔なさってくださいな」
僅かに指先に力を込めると、グシャリと音を立てて頭蓋が砕けた。
指の間から眼球が弾け飛ぶと、スカーレットが着ていたドレスにあたり残り一人となった男の足元に転がり落ちる。
「さて、すぐに帰らなくてはならないのでお喋りはここまでにしましょうか」
「よ、よせっ! 殺さないでくれッ! 見逃してくれたら何でもやる! 先週奪い取った宝石のネックレスなんてどうだッ、アンタにお似合いだと思うぜ!」
「宝石? あらまあ、私、宝石に目がないんですよ」
「他にも沢山あるんだ、全部やるから、見逃してくれッ」
スカーレットの反応に、光明を見出した男はこれまで奪ってきた数々の宝石を饒舌に語りだした。聞くに堪えない自慢話を遮ると、一つ提案を持ちかけた。
実際のところ、宝石なんてただの石コロ程度にしか認識していないことは伏せておく。
「そうですねぇ。もしも私の欲しいものを持ってきてくれたら、見逃して差し上げてもよろしくてよ」
「本当かッ!?」
スカーレットには生前の記憶がある。正確に言えば、スカーレットとして転生する以前の記憶だ。
異なる世界の銃弾飛び交う戦場を、徒手空拳で駆け抜けていた自分は常にあるモノに飢えていた。
地位も名誉も金もいらない――その代わり、心から欲したものは何時だって血湧く命のやり取りだけだった。
どこかの戦場で呆気なく死んだと思ったら、なんの因果か誰も逆らえない権力と腕力を有してこの世界に生まれ落ちた。
死んで生き返り、性別が変わってもなお性格は変わらなかったようで、自我を取り戻してから人間の限界を遥かに超える能力を試したく、いつもウズウズしている。
「火炎竜の逆鱗をくださいな」
「……は?」
「で、す、か、ら、火炎竜の逆鱗ですって。千年の時を生きる伝説の龍の逆鱗は、この世で最も美しい輝きを放つと聞いてます。ですから今すぐに取ってきてください」
提示された条件を聞いた男は、自分が無理難題を吹っ掛けられてるだけだと気付くと、血溜まりの中で額をつけて命乞いを始めた。
「つまらない男」
しらけた気分でスカーレットは男の正面に立つ。
血塗れ姫の名に相応しく、ドレスはすっかり血に染まっていた。
「私は国王から、平民だろうが貴族だろうが、関係なく〝生殺与奪〟の権利を与えられた唯一無二の存在よ。欲しいものがあれば、権力と腕力を振るって手に入れてみせますわ」
別に本気でほしいとも思ってないが、その気になれば火炎竜だって屠ってみせる。
スカーレットはにこやかに微笑みながら手を伸ばした――。