78:忘れられない。その男性(ひと)のことを
静寂を破ったのはロバートだ。
「……自分が聖女にならないよう、画策はされなかったのですか?」
「……それはどういう意味で、聞いているのですか? 聖女にならないで済む方法なんて、限られていますよね」
「それは……その通りです。失礼いたしました。女性に……聖女様にする質問ではありませんでした」
思いがけずロバートが素直に謝罪したので、拍子抜けしてしまう。
切れ者なのだから、鋭い追及を気にせず続けると思ったのに。
そのせいだろうか。
思わず、気が緩んだ。
何より、ずっと胸の内に秘めたことで、誰にも話したことがなかった。
誰かに話し、楽になりたかった……のかもしれない。
もはやここまできてしまったのだから。
「聖女にならないで済む方法。最も手っ取り早い方法は、純潔を散らすことです。でもそれは、乙女な女性にとっては、とても勇気がいること。本当に自分が聖女なのか、分からない状況でありましたが、もう自分が殺される瞬間の夢も何百回も見ているのです。ですからもう、聖女になり暗殺される――それが自分に起こる未来と確信し、聖女にならずに済む方法を試そうと思ってしまいました」
そこで浮かぶのはラシッドだ。
最後の最後で恥をかかせてと思ったが。
――「お嬢、ちゃんと自分のことを大切にしてください」
間違いなく、あの一言は私を気遣っての言葉だ。
ラシッドは悪くない……。
「最も手っ取り早い方法は、成功しなかったわけですね」
「ええ、そうですね」
「協力してくれる相手がいなかったのですか」
「そうです。『聖女聖痕確認の儀式』前の女性に手を出せばどんなことになるか、皆、知っていますから」
ロバートは紅茶を一口飲み、静かに尋ねる。
「協力を依頼しようとしても断られた……ということですね」
「見ればお分かりになりますよね。この証があり、私はここにいるのですから」
「……協力してくれなかった相手を……憎いと感じ、許せないと思わないのですか?」
かなり踏み込まれた質問をされている。
答えたくないと一蹴することもできた。
とてもデリケートな話題なのだから。
私が答えることを拒んでも、ロバートはそれ以上追及できないはずだ。
でもなぜだろう。
答えてしまった。
もうずっと一人で抱え込んできて、疲れてしまっていたのかもしれない。
もしくは。
人の懐に入り込むのが上手いロバートの手腕に、うまくのせられていたのかもしれないが。
「それは……こちらだって後ろめたいことを頼んでいるのです。断られるかもしれないということは想定しています。ですから断れたとしても、『ああ、やはりダメだったか』と思うぐらいです」
そこで思わずため息が漏れてしまう。
「……憎いとか許せないとか、そんな気持ちはないです。怒りは……ありましたよ。一応、自分の女性としての魅力は自覚していたので。これで落ちないなんて!と。ただ、重い罪になるから拒否する人が大半だとしても。心から私のことを気遣い、拒んだと分かってしまってからは……。忘れられないです。その男性のことを」
もう会えないと分かっているのに。
ラシッドを思い出してしまう理由。
それはラシッドの優しさを理解してしまったからだ。
私は打算的に彼を利用しようとしていたのに。
ラシッドも私が利用しようとしていると気づいたのに。
それでも最後の最後まで、私を気遣った。
間違いない。ラシッドは本当に優しい人だったのだ。
「憎んで恨めば楽になれるでしょうに。アメリア聖女様はお人好しですね」
「……ロバート様、それは失礼では?」
「申し訳ありませんでした。……それで、あなたは自身が暗殺されるかもしれないということを、誰かに打ち明けたのですか?」
なぜ、そんなことを聞くのだろう?
思わず眉をひそめてしまった。
「暗殺者から身を守るなんて、非力なあなた一人でできることではないですよね? もちろんこのクリスタル・パレスには、精鋭と言える警護の騎士もいます。でも夢の中で、あなたは暗殺されているのですよね? となると、腕の立つ人物に守ってもらう必要があるのでは?」
分厚レンズ越しに、ロバートが私をじっと見ている。
お読みいただき、ありがとうございます!
もう1話、お昼の時間帯で更新します~
引き続きよろしくお願いいたします。
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