7:二度と会うことはない
結局。
切り札だったラシッドの協力を得ることに失敗し、「聖女聖痕確認の儀式」の前日には、身を投げることまで考えていた。死なないために必死に行動してきたのに、身を投げようとしている自分に気づいた時は、あきれるしかない。もう完全に焼きが回っている。
ラシッドは最後の最後まで、つまりは「聖女聖痕確認の儀式」のために屋敷を出る時まで、本当に何事もなかったようにふるまっていた。そのことに安心しつつ、ここまであっさりした対応をとられると……。自分には本当は魅力がなかったのではと、心配になってしまう。
ラシッドと会うことは、二度とないだろう。
既に「聖女聖痕確認の儀式」は終わり、私の左胸には聖女の証である青い百合が出現している。そして既にクリスタル・パレスに連れて行かれた後だ。
こうなるともう、クリスタル・パレスにいる男性以外との接触は、一切禁じられる。クリスタル・パレスにいる男性と結ばれた後、つまりは婚儀を挙げ、無事真性聖女として目覚めた後に、自分の家族と会うことが許される。
家族と会うことを許されても、男性の友人・知人と会うことは許されない。真性聖女となったらなったで、その神聖を守るため、不貞など許されない。よって真性聖女となり、住まいを王宮内に設置された神殿に移しても、夫となった男性以外と、二人きりになることは許されない。
だからラシッドとも、会うことはない。というか、そうなったらもう暗殺まで秒読みだ。
そう思った瞬間。
ラシッドの執事然とした顔を思い出し、少し頭にきた。
彼の持つポテンシャルを見出したのは、私だ。その力を最大限発揮できる場を提供したのも、私だ。もちろん、その後に才能が開花したのは、ラシッド自身の努力の結果だとは分かっている。それに……私はラシッドを利用しようとしたのは事実ではあるけれど。
そうだとしても!!
多少なりとも私に恩義を感じるならば。公爵令嬢である私が、必死の思いで身を捧げようとしたのだ。
だったら。
応えてくれてもいいじゃない!! 絶対に相手がラシッドであるとバレないようにするつもりだったのだから。いくらラシッドがお行儀よくしても、公爵令嬢と一夜を共にするなんて、私以外をのぞいて無理だ。せっかくのチャンスだったのに! 無駄にして!!
――「お嬢、ちゃんと自分のことを大切にしてください」
ため息がもれる。
これが、ラシッドの本音だ。
自分が使える主への最大限の敬意……。
ラシッドに怒りの矛先を向けても仕方ない。
回避策その一とその二はダメだった。
そうなったら回避策その三「逆ハーを長引かせ真性聖女になるのを回避」。これで延命するしかないっ! そもそも両想いで結ばれないと、聖女は聖なる力に目覚めることができない。だから国王だって、さっさと選べとは言えないハズ。こうなったらもはや籠城だ。お婆ちゃんになるまで粘ってやる。
「アメリアお嬢様、どうしてそんな怖い顔をなさっているのですか!? せっかくの美貌が台無しですよ!」
ペグの声に我に返る。
真夜中に神殿で聖女であると認定され、その後にいくつかの儀式をこなし、明け方にクリスタル・パレスに入った。その後はもう爆睡。目覚めたら、5人の男性を紹介するための舞踏会があるから、ドレスに着替えるように言われた。そこで入浴し、今まさにドレスに着替えたところだ。
左胸の青い百合の聖痕が見えるよう、上半身はビスチェになっているプリンセスラインのドレスは、青、水色、白、ラメの多色のチュールをグラデーションで使用しており、とても美しい。
「ではティアラを飾りますよ、アメリアお嬢様」
ペグが恭しく、サファイアとダイヤモンドが散りばめられたティアラを、私の頭に乗せる。これは私が第62代聖女アメリアであることを、国王陛下が宣誓した「聖女誕生の儀式」で授けられたものだ。
既にメイクも終わっているし、ダイヤモンドのイヤリングとブレスレットをつけると……。
「完成です。アメリアお嬢様。本当にお美しいです……」
ペグが満足そうに微笑む。
私付きになった王宮から派遣されてきたメイドたちも、笑顔で私を見ている。
姿見を確認する。
普通に。聖女ではないとしても。殿方の心を溶かす美貌を持っていると思う。
……それなのに、ラシッドは。この体を手に入れるチャンスを易々と逃すなんて。
この期に及んでも、ラシッドへの恨み節が浮かんでしまう。
今頃……。ラシッドはどう思っているのだろうか。
まさか私が聖女だったのかと、驚いていることだろう。そして聖女に選ばれまいと必死にもがいていた私を見捨ててしまったと、懺悔しているだろうか……?
「アメリア聖女様、準備はできましたか?」
部屋に入ってきたのは、眼鏡に黒髪のお団子の頭のメイド長シンシア・アンダーソンだ。
キリッとしているが、眼鏡をはずし、髪をおろすと、相当美人だと思う。年齢は24歳ぐらいだろうか。
「はい。準備できました」
「では、ご案内します」
メイド長シンシアに連れられ、部屋を出る。
ちなみに私の部屋は、とても広々としたものだ。部屋といっても応接室、書斎、寝室、衣裳部屋、シューズイン・クローゼット、バスルーム、専用のダイニングルームと厨房、メイドの控え室、庭園につながるテラスと充実している。
その自分の部屋を出て、青絨毯が敷かれた長い廊下を進む。
左の窓からは庭園が見え、右の窓からは池が見えている。
庭園も池も、クリスタル・パレスの敷地内にある。
「こちらです」
メイド長シンシアが、磨き込まれた焦げ茶色の扉の前で止まる。
ドアの前には左右にメイドが立ち、扉を開けるために待機していた。さらにその扉の左右の端には、警備の騎士がそれぞれ立っている。
「では、開けますよ」
「はい」
覚悟を決め、胸をはる。
深呼吸をし終えたまさにその瞬間、扉が開けられた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次の更新は夜20時頃なので、もしお時間ありましたら。
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