6:私に何をお望みですか?
黒豹のようなラシッドが私に尋ねる。
「アメリアお嬢様は、私に何をお望みですか?」
「それは……」
私は死にたくなかった。
本能として生存を望んでいる。
左胸に、聖女の証である青い百合の聖痕が現れることを、回避したいと思っていた。そのためには18歳の誕生日を迎える前に、純潔を散らす必要がある。だから……。
ラシッドは私の切り札。
最終的にすべての策が失敗した時。
彼に私の純潔を捧げようと思っていた。
そのため、私を女性として見るように仕向けてきたのだ。
添い寝と体に触れさせることで、二人の距離も縮めておいた。
そして。
こうやって添い寝し、私の体に触れるのは、1年ぶりだ。
この体は、公爵令嬢として磨き上げられたもの。
1年間のブランクを経て、今、体の隅々に触れることを許容している。
きっとラシッドはこのまま、私の純潔を散らしてくれるに違いない。そうすれば私は、聖女にならない。死なずに済む。
もちろん、私の純潔を散らしたのがラシッドであると、言うつもりはない。
「聖女聖痕確認の儀式」では形式的に「あなたは穢れなき乙女ですね?」と問われると聞いているが、そこで「いえ、違います」と答える者はいない。そんな答えをしたら死刑だ。
さらに「はい、乙女です」と答え、それを疑うことはない。確認なんてしようとして、聖女かもしれない女性の、大切な体に傷をつけるわけにはいかないのだから。
よって当事者同士が口をつぐめば、絶対にバレることはない。
だから。
18歳の誕生日まで、残り3日を切っている。
もう、私にはラシッドしか残されていない。
「ラシッド、私のことを」
「お嬢、オレが気づかないとでも?」
突然耳元に顔を寄せ、いつもより低い声で、ラシッドが囁いた。
耳元で響く声と言葉に、心臓がドクンと大きな音を立てる。
「オレはお嬢の執事で護衛だ。ずっとお嬢を見てきた。お嬢は、自分のことを女としてオレが見るように、ずっと導いてきたよな? わざと脚や胸元を見せたり、眠れないという理由で、添い寝するよう誘導した」
ギクッと思わず体が震える。
気づかれて……いた……。
添い寝は……誘導したつもりはない。
でもそれ以外は……。
自覚がある。
「目論見通りですよ、アメリアお嬢様。私の心はすっかりあなたのものです。完全に心が虜にされています。ですから、あなたに手を出すなんてこと、できませんよ。本気でアメリアお嬢様が私を求めない限り、手を出すつもりはありません」
ラシッドはそれだけ言うと、素早く体を起こした。
そしてそのまま窓際のテーブルへと歩いて行く。
今の言葉は本気……?
執事としての口調で話すラシッドは、自身の本心で話さない。素の言葉で話す時しか、本当の自分を見せない。だから今の言葉は……嘘をついている。私が傷つかないようにするため。手を出さない理由を、尤もらしく言っただけ。
「なぜですか、アメリアお嬢様? 『聖女聖痕確認の儀式』で、青い百合の聖痕が現れたのは、前回は今から百年以上前だと聞いています。アメリアお嬢様に聖痕が出る確率なんて、限りなく低いはず。それなのに私を使い、自身の純潔を散らそうとするなんて」
ラシッドは手早くシャツのボタンをとめ、ベストを着た。シュルッと音をさせ、タイを身に着ける。まるで数分前の動作を、巻き戻しで見ているみたいだ。
「アメリアお嬢様は聡明なはず。そのお嬢様が、自分が聖女であるかどうかも分からないのに、自身の大切なものを投げ出すような行動をされる。理解に苦しみますよ。それに万一聖女だったとしても、何の問題があるのですか? 歴史に名を残すことになるのですよ。皆から愛され、崇められるのに」
ジャケットを羽織ったラシッドは、ほんの数分前と何も変わりはない。さっきまでこのベッドに横たわっていたことなど、微塵も感じさせない。最後に手袋をはめると、懐中時計をしまい、扉の方へと歩いて行く。そして部屋の鍵を開けた。
私は……てっきり受け入れてくれると思っていたラシッドから拒絶された上に、これまで彼に対して自分がしていたことがすべてバレていると分かり、もうこの場から消えたい気持ちになっていた。
ラシッドは……。
執事としても護衛としても、すべてを完璧にこなしている。今晩の出来事を明日にひきずることはなく、朝になれば普段通りに接してくれるはずだ。
ラシッドは、自身の与えられた役割に忠実であろうとする。だから私に、手を出せなかったのだ。そう思い、自分の気持ちを立て直すことにする。
気持ちを立て直すことにした。それに明日になれば、何事もなかったようになる。そう分かっていても、今、ラシッドと顔を合わせたくない。気づけば私は、掛け布の中に潜り込んでいた。とにかく眠ってすべて忘れてしまいたかった。
……。
気配を感じる。
ラシッドが、私のいるベッドの方へと歩いてきた。
身動きはせず、掛け布を両手でぎゅっと握りしめる。
カチリと音がして、サイドテーブルのランプを、ラシッドが消したのだと理解した。
「お嬢、ちゃんと自分のことを大切にしてください」
掛け布越しにラシッドの声が聞こえ、心臓が止まりそうになった。
おはようございます!
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは11時頃に公開しますー。