4:18歳になる3日前。覚悟を決める
聖女になることを、完璧に回避する手段は分かっていた。
ただ、その方法はできるだけ避けたいと思っていた。
そのために思いつく限りの方法を試行錯誤した。
未開の地に渡ることや、聖女、神女、天女などの概念が存在しないような、原住民族がいるような国に逃げることも考えた。だが、そんなところに逃げこんだら、普通に生存できないという結論に至った。南極に向かう、無人島に向かうとか、もう次第に支離滅裂になってきて、悟りを開いた。
確実な方法をとるのが一番だと。
そう。
18歳になる前に、純潔を散らす。するともしその女性が聖女だったとしても、左胸に聖女を示す百合の聖痕が現れなくなる。
18歳の誕生日まで、あと3カ月を切っていた。
もはやこの手段も視野にいれなければ、まずい状況と言える。
そこで、まず身分を偽り、いわゆる娼館に潜り込もうとしたのだが……。この国では、「聖女聖痕確認の儀式」前の女性を娼館で雇ったとバレると、問答無用で全員死刑だった。娼館の経営者だけではなく、客もまた同罪。
さらに、「聖女聖痕確認の儀式」前の女性を働かせている娼館を密告すれば、一生遊んで暮らせるお金が国から支給される。だから正規の娼館も、ちょっと裏社会な娼館も、雇う女性の年齢確認や人相確認は念入りにされていた。そして私は、なぜかあっさり貴族の令嬢とバレてしまい、かつ儀式前だと気付かれてしまい、どこも雇ってくれなかった。
これは、いよいよ危機的な状況になってきた。
しかも18歳の誕生日が近づくと、その両親というのは、娘に対する警戒が尋常ではないほど高まる。それは特に貴族ではない街の人々には顕著だった。もし娘が聖女と分かれば、階級社会の底辺から一発逆転、貴族社会に仲間入りだって可能になるからだ。
我が家もそれは、例外ではない。
無論、私が聖女であることで、経済的な面で大きな期待をしているわけではない。ブラント公爵家から、聖女が輩出された。その栄誉はこの先永遠に語り継がれるものになる。だからもはや18歳の誕生日まで一カ月を切ると、屋敷と学校の往復以外の寄り道は、一切禁じられてしまった。しかもラシッド以外の護衛の騎士までついている……。
もうこれは切り札を使うしかない。
覚悟を決めたのは、18歳になる3日前のことだ。
寝る準備を整え、私は枕とクッションを並べたヘッドボードに持たれていた。執事も兼任しているラシッドは、私が飲み終えた紅茶を片付けたところだった。
「ねえ、ラシッド」
「なんだ、お嬢?」
ラシッドと二人の時。
お互いが信頼しあって素を見せる証として、ラシッドには「お嬢様」ではなく「お嬢」と呼ぶことを認めていた。
「今日は学校でいろいろあって。気持ちが休まらないの。……久々になるけど、お願いしてもいい?」
ラシッドは漆黒の瞳を私に向け、そして艶っぽい笑みを浮かべる。
「……もうその役目は不要になったのかと思っていた。違うのか」
「そうね……。私も、もう大人になったつもりだったけど、そうではないみたい」
「仕方ないですね。アメリアお嬢様。あなたはいけない子です」
急にいつもの執事の口調に戻ると、ラシッドはこの部屋の鍵を取り出す。そしてドアの鍵を静かにかける。さらに部屋の明かりを消すと、私がいるベッドの脇のサイドテーブルに置かれたランプだけが、灯った状態になる。
ラシッドは窓際に置かれたテーブルのそばへと移動する。懐中時計をズボンから取り出し、テーブルに置く。コトリと金属と木が触れ合う音がする。続けて両手につけている白手袋をはずす。ゆったりしたその動作を見ているだけで、なぜか胸がドキリとする。
着ている黒いジャケットを脱ぎ、椅子の背へとかけた。ジャケット脱ぐだけで、その鍛えられた肉体が、白いシャツ越しでもハッキリ分かり、思わず息を飲む。
シュルっという音を静かに響かせ、黒いタイをはずし、ベスト脱ぐ。さらに白シャツのボタンを三つほどはずす。その一連の動作に、思わずため息が漏れる。
サラサラの黒髪を揺らしながら、ラシッドがベッドに横たわる私のところへとやって来た。ゆっくりベッドに腰を下ろしたラシッドは、そのまま自身の体を横たえる。細いけれど、きちんと筋肉のついたしなやかな腕を伸ばすと、ラシッドは白いネグリジェ姿の私を抱き寄せた。左腕を私の背に回し、右手で私の頬を包み込む。