10:一途な王太子
「アメリア聖女様。あなたは先月、グスタフ公爵家の舞踏会に、参加されていましたよね」
美しい音楽にあわせ、ステップを踏みながら、ルイ王太子が話しかけてきた。しかも突然、グスタフ公爵家の舞踏会に参加していたのかと聞かれ、考え込むことになる。というのも。
実は純潔を散らすため、誰か相手がいないかと、先月、舞踏会には結構足を運んでいたからだ。
公爵家の舞踏会には、相応の身分の参加者が多いため、純潔を散らす目的で参加はしていない。となるとお父様の指示で参加したはずだ。グスタフ、グスタフ……あああ、参加していた!
「はい。ルイ王太子様。確かにグスタフ公爵家の舞踏会、参加していました」
とある男爵家の仮面舞踏会に、私は参加しようと考えていた。その男爵家の仮面舞踏会では。顔がバレないのをいいことに、庭や階段の下などで、男女がよからぬことをしていると噂になっていた。
当然、お父様もこの噂を知っているから、この仮面舞踏会への参加を許してくれるはずがなかった。そこでグスタフ公爵家の舞踏会に参加すると言って屋敷を出て、そちらの舞踏会は早々に切り上げ、男爵家の仮面舞踏会に向かったという経緯がある。
「グスタフ公爵家の舞踏会には、わたしも参加していました。その時、実はあなたのことをお見かけしていました」
「え、あ、そう、なのですね……」
「あなたの姿を一目見た時、わたしは……もう目が離せなくなりました。でも、あなたは一瞬だけ顔を出すと、一曲目のダンスが終わるや否や、ホールを出て行ってしまった。わたしは……どれだけあなたの後を追いたいと思ったことか。話しかけたい、せめて一曲でいいから、ダンスを踊りたいと思いました……」
男爵家の仮面舞踏会に行きたかったから、確かにグスタフ公爵家の舞踏会は……。顔をちょっと出してすぐ辞していた。
それにしても。
もう、始まっているのか……。
そう。
君ヒロが人気な理由。
それはゲーム開始と同時に、最初から男性キャラが好感度MAXにも近い状態で、アプローチしてくれるのだ。まさに逆ハーも楽しめる乙女ゲーである。というわけで一途キャラのルイ王太子は、君ヒロのゲーム通り、切々と私への想いを語り始めていた。
!!
くるりと私を回転させた後、ルイ王太子は再び、話を続ける。
「ただ、わたしは国王陛下より、25歳になるまでは、どんな女性であろうと不用意に近づかないようにと言われていました。アメリア聖女様もご存知の通り、この国では聖女が誕生することを、いつも切に願っています。そして聖女が聖なる力に目覚めるためには、彼女を心から愛する男性が必要なことも、わたしは子供の頃より教わっていました。そしてその役目を、その時がきたら担えるようにせよと、国王陛下から命じられていたのです。ですからわたしは、恋を知らぬまま、この年齢まで育ってきたのですが……。あなたをグスタフ公爵家の舞踏会で見かけてしまい、国王陛下からの命令を守れるか、不安になっていました」
そう。
この、聖女がやってくるかもしれない……に引っ張られ、引く手あまたの王太子や筆頭公爵家の嫡男、騎士団の副団長が、婚約者も作らず、独身を貫いているのだ。だいたい25歳ぐらいまで、現れるかどうかも分からない聖女のために。ゲームの設定ととはいえ、かなりお気の毒だ。
「あの日からわたしは、寝てもさめてもあなたの顔が思い出され、執務もままならない状態でした。何より、聖女が前回現れたのは、今から百年以上前。現れるかどうか分からない聖女を待つ間に、あなたは他の男性のものになってしまうのではないか。いや、もしかしたら既に婚約者がいるのではないか。眠れない日々が続きました」
君ヒロにドハマリしていた。ルイ王太子が苦しい胸の内を口にするのも、何度も聞いて、文字として読んでいる。慣れているつもりだった。そう、慣れている……。
前言撤回。
慣れるなんて、無理!
普通にこんなことを正面切って言われたら、もう心拍数上がりまくりが必然。しかも金髪碧眼の王子様が苦しい表情で、私への想いを語っているのだから!
「聖女が誕生した――この一報を聞いた時は、ようやく聖女が、という思いと、もうこれであなたとは結ばれることは難しくなるかもしれない。その事実に思い至り、胸が張り裂けそうでした。聖女はどこの誰なのか。部下に尋ねると、聖女の証が現れたのは、ブラント公爵家令嬢だと言われました。そしてあなたの姿絵が、王宮にあることが分かったのです」
ルイ王太子の瞳が、キラキラと輝いている。
こんな美貌の王子様が、照れることなく感情を向けてくれるなんて……。ときめかないのは無理な話。
「姿絵を見て、驚きました。あの時のあなたが、聖女だった。この事実を知った瞬間……。私は天にも昇る心地でした。生涯をかけ、あなただけを愛し、あなたを助け、守ることを誓いました」
そこで曲が終わったが……。
もしこのままダンスが続いたら。
完堕ちするところだった。
ヤバい、本当にヤバイ。
本気の恋に落ちたら、待つのは暗殺なのだから。
ルイ王太子は熱い眼差しをこちらに向け、離れがたそうにしているが。
「ルイ王太子様」
すかさず筆頭公爵家のスチュワートが声をかける。
するとルイ王太子は涙を浮かべ、私から手を離す。
その顔を見ると、私まで泣きそうになってしまう。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は今晩、20時頃に更新します。
午後は睡魔との戦い……。

















































