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四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ  作者: さとー
ダイアモンドクラブ編
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ダイアモンドクラブ ②

 家の窓から橋が見えた。遠目に見てもさび付いているのが分かるほど古びた鉄橋だ。ずっと行ってみたいと思っていた。その橋は、幸せな場所に繋がっているように思えた。でも、絶対に家から出るなと、父親も母親もしつこく言い聞かせてきたから、怖くてなかなか行けなかった。それでも一回だけその橋に行ったことがある。母親が帰ってこず、父親は酒を飲み過ぎ大きないびきをかいている夜だった。こっそりと家を抜け出し、最初は足音をしのばせていたのが、家から離れるにつれ足は速まり、気がつけば全力で走っていた。


 橋に辿り着くと、俺は恐る恐る、欄干にしがみつくようにして橋の上に足を踏み入れた。石橋を叩いて渡るように、鉄橋が崩れてしまわないか片足で何度か踏んでみた。崩れそうにないことに気がつくと、なんだか急に興奮してきて、欄干から体を離して、すげえ、すげえ、何度も言いながら鉄橋の真ん中で飛び跳ねた。


 欄干を握っていたせいか、手のひらからさび付いた匂いがしたけど、それすらも興奮した。すげえ、すげえ。小声で何度も言い、もっとさびの匂いをつけようと欄干に近寄った。すると、川の水面にいくつも光の粒が浮かんでいるのが見えた。すげえ、という言葉すら忘れて見とれた。宝石がたくさん沈んでる、最初はそう思ったが、光の正体は水面に映った星々だった。


 見上げると、満天の星空だった。漫画や小説に励まされるのとは違う、とても静かな温かみを感じた。吹き抜ける風は俺の頬に手を添え、頭をなで、慰めてくれているように思えた。空気は澄んでいて、タバコの匂いも、酒の匂いも、きつい香水の匂いも、母が知らない男と交じり合うたびに漂ってくる得体の知れないすえた匂いもしない。なにもかもが美しかった。そこにいるだけで、世界の美しさというものを全て知ったような気になった。


 しばらくして、この橋を渡ってしまえば、もしかしたら逃げられるんじゃないかと思った。漫画や小説で知った学校や異世界というものが、この橋を渡った先にあるんじゃないかと思った。なぜ渡らなかったのかは、今でも思い出せない。


 そういうことがあったせいか、この世界に来てからも、橋の上にいると心が落ち着く。


「すみませんライナ様、お待たせいたしました」


 魔動車の扉が開き、ステフが声をかけてきた。


 ステフが泣き崩れてしまったので、一度魔動車を停めたのだ。ちょうど農業区と都市部を隔てている太い川を渡っているところだったので、化粧を直しているあいだ、俺は外に出て、川に反射する夕日を眺めていた。


 そこから目を離し、魔動車へと戻る。ステフの顔を見ると、赤くなった目元を隠すためか、初めより化粧が濃くなっている。


「お時間を取ってしまい申し訳ありません」

「気にすんな。橋の上って好きだから」

「ありがとうございます」


 ステフは言って、窓のほうを見る。橋を渡りきるまで、二人して外の景色を眺めていた。


「終わってしまいましたね」

「帰りも停めていいか?」


 あそこでなら、俺はライナじゃなくていられる。


「はい。そのときはご一緒しても?」


 俺はうなずき、「今度は俺が泣くかもな」独り言のつもりで言った。


「それは、どういう意味ですか?」

「いや、なんでもない」


 あのとき、橋の上では一人だった。そしてそっちのほうがいいと思っていた。俺が知っている人間なんて、クソみたいな両親だけだったから。一人の時間だけが安らぎだった。けれど、今は違う。もし今、ステフと橋の上に並んだら、感極まって泣いてしまうかもしれない。そういう意味の言葉だった。


 もちろんステフには理解できず、不思議そうな顔をしている。その顔を見ていると、俺のこれまでの人生を猛烈に語りたい衝動に駆られた。両親から、まるでそれが日々こなすべきタスクであるかのように殴られ、家からは出してもらえず、外の世界のことなんてまったく知ることができず、異世界や学校というものがあることを漫画や小説で知り、猛烈に憧れ、そしてそれが叶い、物語に登場する主人公のような男――クニツ・ライナに出会い、生まれて初めての友達になった。そしてある日、唐突にわけもわからないままクニツ・ライナになっていた。この、今でもわけの分からない、なにひとつ理解のできない人生を、ステフに聞いて欲しい衝動に駆られた。


「ライナ様?」


 はっとする。ライナ様。そうだ、俺は今、クニツ・ライナなのだ。俺の言動はぜんぶライナのものとして捉えられる。だから俺の過去なんて話すべきじゃない。


「悪い、ぼーっとしてた」


 後ろにある窓から、遠ざかる橋を見つめる。ブロック状の石を積み上げた古風な橋。あの日渡れなかった鉄橋とは似ても似つかない石橋。なのにどうしてか二つの橋が頭の中で重なる。それどころかあの日の自分すら見えてくる。錆びた手すりから身を乗り出し、川を眺めている、今よりちょっと背の低い自分。やがて顔をあげ、橋の先をじっと見据えて、渡ろうか渡るまいか、必死に考えている。その真剣さと不安が入り交じる表情を見ていると、無性に声をかけてやりたくなった。


 渡れたよ。遠ざかっていく橋に、自分に、言い聞かせるように声をかけ続ける。渡れたんだよ。渡った先にあると信じていた、幾度も夢想した世界に俺はいるんだよ。だから、頑張れ。

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