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四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ  作者: さとー
ダイアモンドクラブ編
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黒魔術 ④

 その後、クラミーは俺と話をしてくれなかった。当然だ。なんの言葉も持ち合わせていないやつと話すことなどあるはずがない。私室の扉をノックしても、扉越しに、あとのことは俺とデイガールに任せるとしか言わなかった。

 デイガールは午後四時過ぎに起きてきた。クラミーが私室に引きこもってしまったことを伝えると、安心とも心配ともつかない表情を見せた。しかしそれも数秒後には真面目な顔に変わる。

「向かうのはザイファルト家の所有する別荘だ。裁判所の近くにある。今から向かえば、日が沈む頃にはつくだろう。詳しい話は移動しながらでいいか?」

「ああ」

 クラミーのことがどうしても頭から離れず、落ち込んだ声で返事をしてしまう。

「しゃきっとしろ。らしくないぞ」

 デイガールがばしっと俺の背を叩く。エルフェンランドのおかげで痛くないはずなのに、背中に痛みを感じた。それに、らしくない、という言葉が心にも鈍い痛みを与えてくる。

 切り替えなければ。今はただ、プエルのことに集中しなければ。

 デイガールと一緒に魔動車に乗り込む。魔動車が出発すると、デイガールはさっそく話し始めた。

「別荘はアンドレアスが建てたもので、サンファン邸と名付けられている」

「サンファン? どっかで聞いた気が……」

「カレン婦人の旧姓だ」

「ああ、そうだった。ってことは、妻に別荘をプレゼントしたってことか?」

「表向きはな。本当のところは、二つ目の魔女の館を作るためだ」

 魔女の館というのは、魔女魔術の基板となる建物のことだ。基本的に魔女魔術は特定の建物内でしか使えない。カレンであればザイファルト本邸、カンちゃんであればトイバー邸、という具合に、それぞれが定めた場所でしか使えないのだ。例外的にカンの魔女魔術は庭まで範囲を広げてあるらしいが、場所の条件があるという点ではそう変わらない。

「今まで魔女の館を二つ持った魔女はいない。アンドレアスは実験的な意味でカレン婦人にサンファン邸を与えて、一ヶ月ほどそこに住まわせた」

「それで? 成功したのか?」

尋ねると、デイガールは意地悪く笑い、「それが面白いことにな、カレン婦人はアンドレアスに『なにぶん初めての試みだから、中にいる人間になにが起こるか分からない、だから誰も入れないで欲しい』と伝えたらしい」

 まあ確かに、本邸でも愛人が魔女魔術による罠で死にかけたらしいしな。危険なのは想像がつく。

「アンドレアスはそれを信じて、サンファン邸には入らないようにしていた。しかしいつまで経っても進捗報告が来ない。不審に思ったアンドレアスが部下にサンファン邸の様子を調べさせると、カレン婦人は魔女魔術の研究を一切せず、愛人と遊んで暮らしていたらしい」

「ひでえ話だな……」

「アンドレアスは激怒して、カレン婦人を本邸に連れ戻した」

「じゃあ、それからはただの別荘になったってことか?」

「いいや、それがそうでもない。アンドレアスが他国のあくどい商人を呼び込んだのは知っているだろう? そのあくどい商人というのが、ジェノバという男なんだが、サンファン邸はジェノバとアンドレアスの会合場所として使われていた」

「へえ、しかし、よくそんなことまで知ってるな」

 ドン家の構成員は正体を隠して色んな場所に潜入しているらしいが、それにしたって筒抜けすぎやしないか? アンドレアスはたった一代でダイアモンドクラブの座に登りつめたと聞いている。そこまで間抜けな男とは思えないのだが。

「人ごとのように言うな。調べ上げたのはお前だ」

 ライナが凄かっただけらしい。

「最後にアンドレアスを追い詰めた場所もサンファン邸だ。私はあの場所でアンドレアスを殺した」

 殺した。その言葉を聞いて、以前に抱いた疑問を思い出す。デイガールにとっては今更なんの意味も無い疑問だ。口にしてはいけない。頭では分かっていても、つい訊いてしまった。

「ライナは……いや、俺は止めなかったのか?」

 デイガールが急に無言になる。俺から目をそらし、窓の外を見た。

 気まずく思い、俺は自然とデイガールに合わせて景色を見ていた。茜色をしていた空が、いつのまにか紫色になっている。

 デイガールが窓を開ける。生ぬるい風が入り込んできて、彼女の金髪が川のせせらぎのようになびいた。

「お前はどう思う?」

 ずいぶんと間を空けて尋ね返してきたので、俺も思い出したようにデイガールに視線を戻す。彼女は俺を見ず、瞳に紫色の空を映している。

 止めたと思う。俺がそう口にすると、デイガールは、「そうか。だったら私は、間違えたんだろうな」と言葉を窓の外に放った。

 途端に後悔の念が襲い来る。止めたと思う、だと? 今更そんなことを言ってなんになる。デイガールは殺したのだ。それが間違っているというのは、確かに俺の本心だ。しかしそれを口にしたところでデイガールを後悔させるだけではないか。やはり、安易に口に出していい疑問じゃなかった。

「安心しろ」

 デイガールは横目に俺を見て、気遣うように言う。

「あの場にお前はいなかった。お前が駆けつけたとき、私はすでにアンドレアスを殺していた。全て私の独断だ。それにきっと、どちらにせよ私は殺していたさ。それがドン家を継ぐための覚悟、あるいはけじめだと思っていたからな」

 ふと思う。これはライナが犯した、たった一つの失敗なのではないか。デイガールがアンドレアスと対峙したとき、なんらかの理由でライナはその場にいなかった。間に合わなかった。デイガールがアンドレアスを殺すことを止めることができなかった。

 デイガールという名前は、ドン家の先代当主、つまり彼女の義父が名付けたものだという。日陰者の自分とは違い、太陽に照らされた人生を歩めるようにとつけられた名前だ。

 プエルは言っていた。デイガールが笑顔で町を歩く姿を見て、自分の夢が決まったと。彼女が浮かべていた、太陽のような笑顔で溢れる町にしたい。そう思わせるほどに、彼女は純朴で眩しい町娘だったのだ。そんな彼女が義父の仇とはいえ人を殺した。これが過ちでなくなんだというのだろう。

 それを止められなかったのは、やはりクニツ・ライナが犯したただ一つの失敗に思ってしまう。

 だとするならば、俺が思っているほどクニツ・ライナは完璧な男ではなかったのかもしれない。そう思うことで、背負っている看板の重みを軽くしたいだけかもしれないが。

 窓の外を見る。やめよう。こんなことを考えるのは。きっと意味の無いことだ。過去をただせるはずもなければ、どっちにしろクニツ・ライナの存在は揺るがない。俺はただ、必死にその背を追いかけるしかないのだ。

 日が沈む。うっすらと月が見え始める。その姿がはっきりする直前、俺たちの乗っている馬車が、巨大な衝撃と共に横転した。

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