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四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ  作者: さとー
ダイアモンドクラブ編
25/49

リコとカンちゃん ②

 十字回廊の扉が本邸のどこに繋がっているのか、俺はまったく知らなかったが、開いてみればサンルームだった。サンルームは本邸から裏庭に突き出るよう建てられたガラス張りの空間で、日の光を浴びながら裏庭のガーデニングを眺めることができる。

 リコはガラス越しの花々を見て感嘆の声をあげた。

「季節の違う花が一緒に咲いてる。これもカンの魔女魔術なのね」

 そんなこと、俺は知りもしなかった。カンちゃんの抱えていた思いも同じだ。ライナは知っていたのだろうか? きっと知っていたんだろうな。それで、こんなうかつな真似はしなかったに違いない。あるいは、上手く仲を取り持っていた。俺は何も知らず、カンちゃんを傷つけただけだ。

「ごめんなさい、ライナ様。空気を悪くしてしまって」

「俺からも謝らせてくれ」

 リコとアメリゴがそう言って頭を下げてきた。

「いやいや、こっちこそごめん。カンちゃんがあんなふうに思ってるなんて、全然気づけなくて、ははっ、団長失格だよな」

 言ってから後悔する。馬鹿か俺は。自嘲したって向こうに気を遣わせるだけだろうが。

「まあとりあえず、座ろうぜ。ほら、お菓子と紅茶が用意してある。顔は見せづらいんだろうけど、カンちゃんも怒ってないってことだろ」

 無理して明るく振る舞いながら、スコーンを頬張って「うん、美味い!」と言ってみる。

 アメリゴも俺に合わせるように、こいつは美味い! と明るく言ってくれた。

「それでね、お姉様のことなんだけれど」

 スコーンを喉に詰まらせそうになる。まだその話を続けるつもりなのか。メンタル強いなこの子。

「私はね、お姉様と仲良くしたいと思っているの。姉妹のような関係に憧れていたっていうのも嘘じゃないわ。心の底からそう思っているのよ。でもそのためにはやっぱり、過去を清算しなければいけないわ」

 やっぱり、考えていることはプエルと同じなのか。しかしプエルの場合は、すでに終わっていた話だった。プエルの父がデイガールの父を殺し、デイガールがその仇を取った。それで終わり。プエルがやったのは、その確認に過ぎない。

 だが今回は原因であるところのカレンが生きている。それどころか活き活きしている。きっと、それも気にくわないのだろう。カンちゃんは命よりも大事な主人を亡くし、トイバー家そのものすら失った。そんな彼女を、ライナがなんとか立ち直らせたらしいが、悲しみは消えない。トイバー家への想いは未だカンちゃんの中にあり続けている。

「お母様が直接謝ればいいとは思うんだけれど、でも、お母様がここに来たらきっと殺されてしまうわ」

「いや、そこまで恨んではいないと思うけど……」

 言ってみたものの、カンちゃんならやりかねない。というより、カレンが素直に謝る姿が想像できない。カンちゃんの神経を逆なでするようなことを言って、さらに溝を深めそうだ。

「本当はね、お母様のことは一切口に出さず、うやむやにしたまま仲良くなろうと思っていたの」

 確かに、その選択肢もあったはずだ。そしてリコにならそれができただろう。俺なんかとは違って、コミュニケーション能力は抜群なのだから。

「けれど、ザイファルト家の悪名と戦っているお兄様を見たら、私もそうしなきゃって。お父様のことは大嫌いだから、知ったことじゃないし、お兄様にお任せするけれど、お母様のぶんくらいは、私が背負いたいと思ったの。だけど、上手くいかないものね。こういうことは得意だと思っていたけれど、ふふっ、ちょっとめげちゃいそう」

 かけるべき言葉が、一つも思い浮かばない。こういうとき、いったいなんと言えば良いんだろう。教えてくれよ、ライナ。

スター・イン・マイ・ハーツからリコを救ったことが、なんでもないようなことに思える。いや、実際なんでもなかったのだ。あんなことは、エルフェンランドさえあれば誰だってできた。やるべきことがはっきりしていて、それを叶える手段があからさまに手元にあった。なんて簡単な事だったんだろう。

 今はなにをどうすればいのか全く分からない。それは俺がクニツ・ライナじゃないからだ。人生経験も、彼女たちとの思い出も、何もかも足りていない。かつてライナに言われたように、小さな男だ。

純然たる事実としてそれを認めるのは、果たして正しいことなのか、それとも自虐的で悪いことなのか、それすらも判断がつかない。

「ごめんなさいライナ様。お姉様への謝罪もあるけれど、今日はお礼に来たんだったわ。暗い話は終わりにして、楽しいお話をしましょう」

 自然な笑みだった。でも絶対に気を遣っている。それを表情から読み取らせないのは、流石と言うほかない。今はその厚意に甘えておこう。このまま悩んだって、余計に気を遣わせるだけだ。

 いや、それでいいのか? 悩むべきなんじゃないか? つらいことから逃げているだけなんじゃ……。

「おやおや、天才の息抜きに来てみれば、客人ですか?」

 うじうじ悩んでいたのが、脳天気な声で一気に吹っ飛んだ。

「まあ、天才ルーン魔術師のクラミー・ヴォルフガング様ね! お会いできるなんて光栄だわ!」

 リコが大げさともいえる様子で喜ぶ。

「リコ・ザイファルト殿ですね。そちらはアメリゴ騎士団団長、アメリゴ・ベス殿とお見受けします」

 アメリゴが立ち上がり頭を下げる。

 リコはハイテンションでクラミーの手を引き、

「息抜きに来たのなら、是非ご一緒したいわ」

 と半ば強引に、いつのまにか増えていた椅子に着席させた。

「はっはっは、いきなり歓迎ムードとは。是非お邪魔させてもらいましょう。いやあ、天才天才」

 いやあ、失敬失敬、みたいなリズムでわけのわからんことを言うな。

 と心の中で言いつつも、正直助かった。このままだと空気を変えられそうになかった。今この場には、脳天気を絵に描いたようなこいつが必要だ。

「クラミー様は、息抜きによくここへ来られるの?」

「いえ、たまに、タイミングが合ったときにだけ」

「タイミング? どういう意味かしら?」

「あの植え込みの隙間をご覧ください」

 サンルーム周辺の花壇を取り囲む、背の高い植え込みの隙間から、ちらちらと人影が見えた。

「あれは……ステフか?」

 植え込みの隙間が小さいのでよく見えないが、たまに陽の光を反射する金色の何かが見える。たぶん、ステフの金髪だろう。

「ステフ殿がトレーニングに向かったとき、たまにこうして覗かせてもらっているのです。あの頑張っている姿を見ていると、自分も頑張ろうという気持ちになるのですよ。ああ、本人には内緒でお願いします。どうやら隠しているらしいので」

 まただ。これも知らなかった。早朝にトレーニングをしてるのは知っていたが、それ以外でも鍛えていたのか。隠していたのだからしょうがないといえばしょうがないのかもしれない。でも、クラミーは気づいていたようだし、団長であれば、団員が陰で努力していることにも気づくべきだろう。

「ステフ大司教の話ならアリアから聞いているわ。ああ、アリアというのはね、ザイファルト家が雇っている大司教で、私とお兄様の乳母よ」

「ええ、存じておりますとも。臨時で修道院長を務めたときは、クッスレア修道院で過去最高の卒業率だったそうで」

「お詳しいのね」

「天才ですので」

「しかしなるほど、これほど可愛らしいお嬢様がいれば、出世を蹴るのも納得です」

「どういうこと?」

「アリア大司教ほどのお人であれば、数年修道院長をこなして枢機卿に選ばれるのも夢じゃないのです。実際、教会側もそれを望んでいたようですし。臨時で修道院長を頼んだときも、臨時と言っておきながら、そのまま本当に修道院長にしてしまうつもりだったそうですよ。しかしアリア大司教はそれをきっぱりと断って、ザイファルト家に戻ったのです。よほどお二人を愛しているのでしょうね」

 クラミーの話を、リコはただただ驚きの表情で聞いていた。

「すごいわ。私でも知らなかったのに、どうして知っているの?」

「――天才ですので」

 ちょっと溜めてんじゃねえよ。

「ザイファルト家がアリア大司教を脅して手元に置いている、なんて噂も流れましたが、なんとも出来の悪いデマですね。アリア大司教は脅しに屈するお人ではないでしょうし、そもそも手元に置くより出世させた方が得ですから」

 おいおい、そういうこと言わないほうがいいんじゃないの?

「いやあ、あの頃のザイファルト家は黒い噂が絶えませんでしたからねえ。とはいえ、天才ながらそれもしょうがないと思うのですよ」

「しょうがないって、お前」そして天才ながらってお前。余計な台詞に余計な言葉を足すんじゃねえよ。余計なものしかないじゃん。

「いいのよライナ様。本当の事だもの。それに、天才たるクラミー様の意見は貴重だわ」

 怒っているようにすら見える真剣な表情で、リコは言う。

「しょうがない、というのは、お父様のことよね」

「まあ、それもありますが、そもそも立ち位置が悪すぎるのです」

「立ち位置、というと?」

「順番に説明しましょう。まず、ドン家はどん底に落ちた人間がすがる藁のようなものです。ドンだけに」

 流石のリコも笑わなかった。もしかすると、実は気を悪くしているのかもしれない。

 どん滑った(ドンだけに)ことも気にせず、クラミーは話を続ける。

「なによりドン家の実態を知る人間は少なく、普通に生きていれば関わることもありません。言ってしまえば無関心ですね。まあ、都市伝説的な噂話はちらほらありますが」

 秘密警察みたいなもんだからな。罪を犯さない限り関わることはないだろう。

「ハインツ家は芸事と魔術学校ですからね。イメージ戦略が有利なのは言うまでもないでしょう。それからトイバー家は、ほとんど人件費のかからない罪人を働かせ、港から格安の商品を提供しています。まさに民の味方ですね。これらに比べて、ザイファルト家の生業は金融業と陸路の貿易。金貸しが恨みを買いやすいのは言わずもがなでしょう。陸路の貿易についても、クッスレア周辺に魔物が多いせいで、隊商の護衛には莫大なコストがかかります。当然、取り扱う品も高額に。庶民には手の届かないものばかりで、恨めしいことでしょう。そんなこんなで、多くの民が曖昧に抱えているお金持ちや権力者への嫉妬は、ザイファルト家に集まるのです」

 なんだか話が長くてよくわからんかったが、リコは真剣な顔で「なるほど」とつぶやいていた。

「本当に、貴重な意見だわ。てっきりルーン魔術の天才だと思っていたけれど、クラミー様は本物の天才なのね」

「はっはっは、おみそれいたされました」

 なんて?

「さて、天才の安売りはここまでにしまして、リコ殿からもお話を聞きたいのです」

「あら、私の話が釣り合うかしら」

「もちろん。特に、ディエゴ・ベガという殿方には大変興味があるのです」

「ディエゴに?」

 あっ、完全に忘れてた。プエルとディエゴの情報を聞き出すんだった。何も伝えていないから偶然だろうが、よくやったぞクラミー。

「はい。天才の中で、要注意人物として密かに話題になっているのですよ」

 っておいおい、こいつもしかして気づいてるのか? だとしても、そんな直接的な聞き方じゃ、リコに怪しまれるだろうが。

「単刀直入にお聞きします。ディエゴ殿、ロリコンですよね?」

 要注意人物ってそっちか。

「そうよ」

 ばっさり答えたよ。やっぱロリコンなんだ。

「やはりそうでしたか。ランラン殿に警告しておかねば」

 ランランは合法ロリだからいいんじゃないの? 騎士団のみんなしか知らないだろうけど。

「いやあ、助かりました。天才の力をもってしても調べがつかず、参っていたのです。実際、何者なのです、ディエゴ殿は?」

 いい質問だクラミー。

 問いかけられたリコを、俺はじっと観察する。目が合った。微笑まれた。可愛い。

「実は私にもよくわからないの。物心がつく頃にはすでにザイファルト家にいたし。お父様の側近、だと思うんだけれど……恥ずかしい話、私はお父様を避けていたから。それにアリアがね、あのじじいには近づくなって。ロリコンだから」

 酷い言われようだな。異世界でもロリコンに人権はないのか。

「そうそう、ディエゴといえば、お兄様と二人でこそこそと、なにかしているみたいなの。もしかして、お兄様に悪いことでも教えてるんじゃないかって心配で。お兄様までロリコンになったらどうしましょう」

 それは深刻な問題だ。じゃなくて、いよいよディエゴ黒幕説が信憑性を帯びてきたな。

 その後も小一時間ほど話をして、まるで俺の意図をくんでいるかのようにクラミーが良い質問を繰り出し続けたが、めぼしい情報は得られなかった。

 俺の印象だと、リコは何も知らないように思う。とはいえ、リコが本気で演技すれば、俺なんかには見破れないだろう。自分の力なんて信じちゃいない。それに、リコを信用したいという気持ちが大きく影響している気もする。無自覚ながら、自覚している。

 リコは日が暮れる前に帰った。俺は彼女を正門まで見送り、軽く別れの挨拶をしてから、遠ざかっていく魔動車の後ろ姿をぼうっと眺めていた。

 結局、リコになにもしてやれなかった。カンちゃんにもだ。プエルやディエゴの情報だって、クラミーが来なきゃなにも聞き出せなかったと思う。

 無力だな、俺。

 せっかく可愛い女の子が会いに来てくれたのに、今日は落ち込んでばかりだ。

 正門から正面扉にまっすぐひかれた石畳の道を、なんとなく避けて、芝生を踏んで正面玄関まで歩く。ライナと出会ってから、ライナが消えるまでの一週間、何度もこの芝生に叩きつけられたことを思い出す。度を超したスパルタ訓練。肉体面でも精神面でもきつかった。六日目にはステフが入団して、骨折程度なら数秒で治るようになったせいで、訓練の過激さは増した。何度も骨を折られ、痛みで気絶したっけ。

 正面玄関を目指していたはずが、ふらふらと芝生の庭を歩き回っていたことに気づく。

 なに疲れてんだよ。こんなの、気の持ちようだ。身体は元気なんだから、しゃきっとしろ。頬をパンと両側から叩き、気合いを入れる。

 正面玄関をくぐると、カンちゃんが玄関ホールの中心で待っていた。

「お帰りなさいませ、ライナ様」

「ただいま、って言っても、庭に出てただけなんだけど」

 目をそらしながら冗談っぽく言うと、カンちゃんが深く頭を下げてきた。

「先ほどは申し訳ありませんでした。客人にあのような態度を……メイド失格です」

「いいって。リコもそんなに気にしてなかったみたいだし。むしろ、カンちゃんに気持ちをぶつけて欲しかったんじゃないかな。だから、一歩前進っていうか……」

「そうだと良いのですが」

 頭を上げたカンちゃんは、弱々しい表情をしていた。落ち込む彼女を見るのは初めてだ。

「ごめんな。俺、カンちゃんがあんなこと思ってたなんて、全然気づけてなかった。無神経で、ほんとごめん」

「いえ、どう考えても悪いのは私です。リコ様には関係のないことなのに、八つ当たりをしてしまいました」

「そういうときくらいあるだろ。誰だって」

 吐き出したいことの一つや二つあるはずだ。その方法は、正直、間違っていたとは思うけど。

「俺さ、今日、みんなのこと全然知らないんだなって、思い知らされたんだ。だから、聞かせてくれると嬉しい。カンちゃんの気持ち」

 本物のクニツ・ライナなら、聞かずとも察していたに違いない。だけど、俺にはこんな情けない方法しかできない。

「言いたくないこともあるだろうけど、知りたいんだ」

 クニツ・ライナという皮を被って尋ねている居心地の悪さから、カンちゃんの目を見るのが怖かった。盗み見るように、伏せていた視線をそっとあげると、カンちゃんの瞳が潤んでいるのが見えた。

「分かってはいるんです」

 ほんの少し声を震わせながら、しかし、決して涙はこぼさずに、カンちゃんは言う。

「間違っているのは私なんです。あの人は、何十年もトイバー家に仕えて、一度も屋敷から出ず、務めを果たしました。恩知らずだなんて、言われる筋合いはないんです。料理も洗濯も掃除も、客人への対応も、魔女魔術も、なんだって私より優れていました。私なんかよりずっとトイバー家に貢献してきたんです。血筋を途絶えさせた私なんかよりもずっと」

 それは違うだろ。頭に浮かんだ言葉は、何も知らないくせに、という言葉にすぐ打ち消される。

「カンを引退した人間は、止まっていた時間が動き出し、第二の人生を歩みます。トイバー家にも、ましてや私なんかにも、それを邪魔する資格はありません。本当は、私が許せないのはあの人ではなく、帰りを待つことしかできない自分、あのときクラリス様を止めることができなかった自分、なんだと思います」

 当時のトイバー家は、当主のベン、妻のヤーミン、娘のクラリスの三人家族だった。ベンとヤーミンの乗った船が海戦で沈み、行方不明になった二人の代わりに、一人娘のクラリスが海戦へ赴いたという。一人でこの屋敷に残されたカンちゃんが、クラリスの死亡通知を受け取ったとき、いったいどんな気持ちだったのか、想像するだけで胸が締め付けられる。

「トイバー家の後釜を狙おうと、たくさんの人間がこの屋敷を訪ねてきました。私はその全てを追い払って、止まった時間のまま、屋敷にこもり続けました。そうすることしか生きる意味を見いだせなかったのです」

「それを変えたのが、ライナなんだよな」

 言うと、カンちゃんは何が可笑しいのか、くすりと笑った。

「逆です。ライナ様はそんな私を認めてくださったのです。変わらなくていい、と」

 そうでした、忘れてしまったのですね。カンちゃんは小さく言って、俺の知らないライナのことを教えてくれた。

「ライナ様はこうおっしゃいました。生きる意味なんてものは、本当は、この世界に存在しない。極端な話、人間が生きていることなんて、路傍に石が転がっているのとなんら変わらない、ただの自然現象だ。だから、繰り返しになるが、路傍に転がる石に意味がないように、人間が生きていることには意味なんてない――なんて、否定するのは簡単だ。でも違う。そういうことじゃない。あるかなしかじゃなく、必要なんだ。帰らぬ主人を待つことに生きる意味を見いだしたのなら、そうすればいい。君にはそれが必要なんだから。俺はそれを否定しない」

 俺が言ったんじゃない。けれど、カンちゃんは俺が言ったのだと思っている。だからこそ、心のこもった言葉をくれる。

「救われました。誰も彼も、帰らぬ主人を待つのはやめろと言うばかりでした。ですがライナ様は違った。私の生き方を認めてくださったのです」

 俺は正直、カンちゃんの生き方は間違っているのではないかと思う。だってそうだろう。帰らぬ主人を待ち続けて、この屋敷に居続けるなんて、正しいとは思わない。カレンのように、第二の人生を歩むべきだ。

「だから私にとって、ライナ様と過ごすこの時間は、いつかご主人様が帰ってくるまでの、暇つぶしのようなものなんです」

 カンちゃんは冗談交じりの口調で言って、少し恥ずかしそうにこう続けた。

「……のようなものだったのですが、いつのまにか、第二の生きる意味、みたくなってしまいました」

 はにかむカンちゃんを見て、気がつく。

 ああ、そうか。ライナは知っていたんだ。カンちゃんの生き方が間違っていることは百も承知だったんだ。その上で否定をしなかった。たとえ間違っていたとしても、カンちゃんにはそれが必要だった。それさえあれば、カンちゃんはこうして笑えるし、他にも生きる意味を見つけられる。間違っていたはずが、いつのまにか正解をつかみ取れる。それをライナは知っていたのだ。

 敵わねえなあ。

「なんだか思い出話になってしまいましたね。でも、すっきりしました」

 カンちゃんは晴れやかな顔で俺を見る。俺という、クニツ・ライナの幻影を。きっと彼女は、また救われたのだろう。今目の前にいる俺じゃなく、過去のクニツ・ライナに。

「リコ様のお話でしたね。すみません、もう大丈夫です。もしまたいらっしゃいましたら、謝罪はもちろん、ご希望とあらば妹のようにかわいがって差し上げましょう」

 カンちゃんは指をいやらしく、胸でも揉むようにわきわきと動かす。

「実は私、女の子が大好きなんです」

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