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四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ  作者: さとー
ダイアモンドクラブ編
18/49

スター・イン・マイ・ハーツ ①

 

 十字路で右か左か迷っていると、邸内を見回っているディエゴとばったり出くわす。

「おや、リコ様はどちらに?」

「うっ……いや、その、幻滅されちゃって」

「ははあ。なるほど」

 おいこら、嬉しそうな表情が隠しきれてないぞ。

「幻滅っていうか、プエルから古い貴族の風習ってやつを教えてもらったし、むしろチャンス、だと思うんだが……」

「どうですかなあ。リコお嬢様が古い貴族の風習に憧れているのは本当ですが、それとは関係なく、ただ失望しただけということもありますからなあ」段々と言葉尻が弱くなる俺を追い詰めるように、ディエゴが意地悪く言う。

「た、たしかに……」

 俺を見下ろしたリコの目は、とても演技とは思えなかった。思い出すだけで膝から崩れ落ちそうになるほど冷たかったのだ。それに、怒っていたのは本当っぽいし。

 このままだと本当に膝から崩れ落ちそうだ。話を変えよう。

「そういうディエゴはなにしてんだよ」

「わたくしめは邸内の調査を。知っての通り、黒魔術には詳しいですからなあ」

 ディエゴは言うと、白い手袋を外してみせる。赤黒く変色した右手があらわになり、そのあまりにグロテスクな見た目に、太ももあたりからぞわりとした感触が這い上がってきた。

「いやはや、お坊ちゃまの前では話を合わせていただいて、流石は英雄様、話のわかるお方だ。このまま、我々は初対面だったということで、どうか合わせていただきたい。なにぶんわたくしめ、あのときはあの場にいなかったということになっている次第でして」

 なんだ? なんの話だ? 話が見えない。ディエゴの笑みが不気味に思えてきた。必死にライナに関する記憶を辿るが、なにも心当たりはなかった。

「あ、ああ。わかったよ」

「それでは、借り一つということで。いつかお返しいたしましょう」

 ディエゴは白い手袋をはめ、その手をぽんと俺の肩に置いてから去って行く。漆黒のマントを揺らすディエゴの背中が、恐ろしく俺の目に映った。

 言い知れぬ恐怖で体が硬直し、ディエゴが消えていった廊下の曲がり角を眺めていると、

「ライナ、廊下に突っ立ってどうした?」

 突然背後から声をかけられ、体がはねた。慌てて振り返れば、デイガールがいる。

「デイガール……」

「遅いから部屋を出てきてみれば、道に迷ったのか?」

「あ、ああ。そうなんだよ。待たせちゃったよな。ごめん」

「気にするな。昼間だったら私でも迷う。とはいえ時間が惜しい。そこの部屋でいいな?」

 デイガールがすぐ近くにあった客室の扉を開ける。客室と呼んではいるが、愛人と一晩過ごすための部屋なので、変に緊張してしまう俺だったが、リコと入った部屋とは内装がまったく異なって、その緊張も和らいだ。あの部屋にはベッドとシャワールームしかなかったが、この部屋にはベッドもシャワールームもない。テーブルをはさむように一人がけのソファが二つ。ソファにはサイドテーブルがついている。壁沿いの棚にはボードゲーム。遊技場とはまた別の、二人でゆっくり盤上遊技を楽しむための部屋のようだ。

「ほう、てきとうに選んだが、なかなか良い部屋だな」

 棚に並んだボードゲームを眺め、デイガールが言う。

「こういうの、好きなのか?」

 尋ねると、デイガールは懐かしむような口調で、

「ゴミ捨て場にあるものを見つけたときは、馬鹿みたいに喜んで、きょうだいたちと夢中で遊んだものだ」

 デイガールは貧民街の出身だ。きょうだいとは親の居ない子どもたちの集まりで、デイガールがドン・ヴァルロスに拾われるまでに全員死亡したと聞いている。

「さあ、遊んでる暇はない」

 なにも言えないでいる俺に気を遣ってくれたのか、デイガールはすぐに空気を変え、テーブルの上に警備の概要が書かれた紙束を広げた。まずは見取り図と、それに対応した警備の配置図を見る。

 邸内に階段は一つだけで、建物の中心を貫くように一階から三階まで繋がっている。

 一階は入り組んだ通路と、パーティー用の大広間、会議用の大広間、それから数え切れないほどの客室。警備本番では全ての部屋が開け放たれ、アメリゴ騎士団の騎士三十名が各部屋を覗きながら廊下を巡回する。階段にはアメリゴとその部下二名が待機。

 二階はシンプルな作りで、警備は騎士五名が巡回する。三階の見取り図は載っていなかった。

 また、カレンが魔女魔術により邸内の状況をリアルタイムで監視。一緒に居るプエルとマスターにそれを共有し、カレンの放送により指示を出す。ボディガードとしてディエゴも居るようだ。怪我人が出たときのために、ザイファルト家専属の大司教も待機している。資料には書かれていないが、リコもそこに居るのだろう。

 建物の外はドン家が取り囲み、デイガールがそれをまとめる。マスターの部下は魔術対策要員として各所にちりばめられている。

「邸内の警備は身内で固めて、必要な魔術対策要員だけ中に入れているといった感じだな。お前が自由行動なのは、警備に幅を持たせるためだろう。ランダム性と言ってもいい。機械的な動きは読まれやすいからな」

 デイガールは警備の配置をそうまとめ、参加者リストを手に取る。

「名前がある中で来ていないのは、アイネ先生だけか?」

「ああ、そういえばマスターが今日はいないとか言ってたな」

「そうか。残念だ」

「仲いいのか?」

「家庭教師をやってもらっていたことがある。私は貧民街の出身だったからな。色々と教養が足りていなかったのさ。厳しいが良い先生だった」

「魔術とかも教わったり?」

「基本的な理論だけな。私は破滅の十三の混沌魔法を受け継いでいるから、他の魔術は使えん。アイネ先生はどの魔術にも適性がなくてな。今思えば、私の家庭教師には色々とちょうどよかったんだろう」

 思わず驚いてしまう。ハインツ家といえば魔法の研究で有名な家だ。そんな一族に生まれて魔術が使えないのは、肩身が狭いどころの話じゃないだろう。

「それでも今の地位を築いているのだから、尊敬すべき人だ。並々ならぬ努力をしたのだろう。彼女の教え子を名乗れるのは、密かな自慢だったりする」

 デイガールは誇らしげな様子でアイネとの思い出を語ったあと、カレンの魔女魔術について書かれた紙をテーブルの中央に置いた。

「邸内の監視、あらかじめ登録した人間――つまりこの参加者リストだな――これに載っていない人間が邸内に侵入した場合の感知。音声の発信、その他数々の罠。他にも私たちに隠している魔術があるはずだ。流石はザイファルト家の魔女といったところか。こんな場所に盗みに入ろうなどと、命知らずにもほどがある」

 そうして、すべての資料を確認し終えたデイガールは、なにか気になったところはあるか? と尋ねてきた。そんなことを言われても、警備の配置は俺よりもずっと頭がいい人たちが考えた結果こうなったのだから、ケチをつけるのはおこがましい。しかし、気になるところは、あるにはあった。

「警備が偏りすぎてねえか? 二階と三階に人が少なすぎる。一階は三十人以上いるのに、二階と三階は数人だ」

「そこは私も気になったが、ここはザイファルト家の本邸だからな。あまり私たちに入って欲しくはないのだろう。それに、本邸の周辺に背の高いものはなにもない。屋根に飛び移ったり、二階の窓に飛び込む、なんてことも不可能だ。黒魔術といえど、飛行や瞬間移動ができるわけじゃないだろう。三階や二階にいきなり現れるなんてことはできないはず。であれば、やつが必ず通ることになる一階と外庭を人で埋めたほうがいい。実際、これだけの目があれば、カレン婦人の魔術がなくとも、ネズミ一匹見逃しはせん。そして、見つかりさえすればあとはこっちのものだ」

 ザイファルト家の精鋭たちに取り囲まれ、あっという間にゲームオーバーというわけか。

「そう言われると、無理ゲーだな」

「同感だ。こんな状況で盗みに入るなど、自殺行為に等しい。さて、ほかに気になるところはあるか?」

「特にないな。ああ、でも、参考がてら聞きたいことがある」

「なんだ?」

「もしデイガールが盗みに入るとしたら、どういうふうに突破する?」

 ちなみに俺だったら、なんの策も思い浮かばずやけくそで乗り込んで、あっけなく捕まるだろう。そんな俺よりも、こうして遠回しにデイガールの意見を聞いたほうがいい。

 デイガールはまぶたを閉じ、しばらくのあいだ考え込んでから、真っ赤な瞳を俺に向けた。

「正面突破だな。カレン婦人の魔術がある以上、本邸に入った瞬間気づかれるのは避けられない。そもそも外の警備を見つからずにすり抜けるのも不可能だ。魔女魔術によるトラップも手に負えん。そうなると、念動力で建物を破壊して、魔女魔術を土台ごと消し去るしかない。そうすれば、あとは残った連中をぶっ飛ばしながらスカイラインを持ち帰ることができる。私であればそれでいける」

 完全にテロリストのやり方じゃねえか。しかもそれでいけるのかよ。スター・イン・マイ・ハーツにデイガールほどの武力がないことを願おう。

「さて、夜明けまで残り三時間を切った。私は部下たちに警備の詳細を伝えねばならんが、その前にお前の動きも把握しておきたい。警備本番はどこにいる?」

 さて、どうしようか。

 うーん、とひとしきり頭を悩ませ、出てきた結論はこうだった。

「屋根の上」

「はあ?」とデイガールがあからさまに呆れた顔をする。

 しかし俺は揺らがない。なぜならちゃんとした理由があるからだ。スター・イン・マイ・ハーツは予告状を出してから盗みを働くような怪盗だ。まるで合理性のない、話題性にしか興味の無いようなやり口。そんなやつが現れる場所といえば、やはり屋根の上だろう。これはもう定番と言っていい。怪盗とは高いところに現れるものなのだ。なぜなら目立つから。

「夜明け前に、俺を屋根の上に投げ飛ばしてくれ」

「それは構わんが、さっきまでの話はどこへいった? やつが上から現れる方法はないと……ああ、いや、そうか。下の警備が足りている以上、万が一に備えるのか。なるほど、お前らしいといえばお前らしい」

 そんな考えはみじんもなかったが、納得してくれたらしい。確かにデイガールの言うとおりかもしれない。俺が下に居てもなんの意味も無いのなら、多少は意味のある行動をしたほうがマシだ。下に居たってゼロの働きなら、屋根の上で万が一、文字通り一万分の一の働きをしたほうがいい。

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