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四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ  作者: さとー
ダイアモンドクラブ編
16/49

プエルとリコ ③

 ふう、危なかった。

 第二ラウンドは激戦の末、理性の勝利となった。俺はクニツ・ライナじゃないからこれは受け取って良いものじゃない。この魔法の言葉を唱えた回数は、明らかに過去最多だったろう。詠唱速度も尋常じゃなかった。精神時間で換算して、一秒あたり百回は唱えていた気がする。

 リコは恥をかかせた俺に機嫌を悪くすることもなく、本邸の案内を続行してくれた。

「それにしても、ずいぶん入り組んでるよな。あれか? 侵入者を迷わせるためとか?」

「流石ライナ様だわ。その通り。ああでも、お母様が新しい愛人を作るたびに、新しいお部屋を作るの。そのせいもあるかしら。お母様ったら、お父様がお亡くなりになってから羽目を外しすぎよ。きっと明日にはマスターのお部屋もできているわ」

 ぎょっとする俺だったが、冗談だったのか、リコはいたずらっぽく笑って俺を見ている。

「からかってる?」

「さあ、どうかしら」

 ふふっ、と楽しげに笑い、リコは廊下を小走りで進む。冗談なのか、本当なのか、どっちともつかない。どうもこの国で愛人は普通のことらしい。力のある者がすべてを手にする、ということではなく、力のある者はそれだけ多くの人間を幸せにする義務がある、ということらしい。この世界でいう愛人とは、浮気相手のことではなく、そのまま愛する人という意味なのだとか。とはいえ、限度はある。カレンが男好きの魔女と噂になっているのも確かだ。

「さあ、次はこっちよ。一階で一番楽しいお部屋なの」

 先に行ったリコを追いかけ、次の部屋に入ると、これまでとは様変わりした内装が目に入った。

「ここは、遊技場か?」

「そうよ。ね、楽しい場所でしょう?」

 一見すると知っているようなものが並んでいるが、道具の一部が元の世界とは異なる。異世界オリジナルの遊戯だろう。たとえば卓球台のように見える台の上には、網目状に紐の張られた小さなラケットと、黒いゴムボールが置いてある。リコはそれらを手に取り、

「テーブルテニスはお好き?」と尋ねてくる。

「初めてだけど、興味あるかも」

「きっと楽しいわ。やりましょう」

 遊んでいていいものか少し悩ましかったが、さっきはもっと楽しいことを断ったのだ。これくらい許されるだろう。まだ明朝まで時間はある。

「ラケットでボールを打って、できるだけたくさんラリーを続けるの。ネットにかかったら失敗。打ったボールは一度もバウンドさせずに相手のコートに返さなきゃダメよ」

 名前の通り、卓球とほとんど同じルールっぽいな。一番の違いは、勝ち負けを競うんじゃなくて、どれだけ続けられるかを楽しむことか。

「それじゃあ、いくわ」

 ぽん、と軽い音を立てて、ボールが俺のほうへと飛んでくる。続けるのが目的だから、できるだけ返しやすいように……っと、っとっとっと?

 俺が打ち返したボールはあさっての方向に向かい、ラリーは一回も続かなかった。これには流石のリコも気まずい顔をした。

「き、気を取り直してもう一回。次はライナ様から始めましょう」

 床に落ちたボールを拾い、俺から始める。しかし、ネットにかかってしまう。

 ぽん、ぽん、ぽん、と台の上でボールのはねる音だけがむなしく響く。転がり落ちそうになったボールを、床に落ちる寸前でリコがキャッチする。彼女は急に真剣な顔になり、じゅっかい、とつぶやいた。

「じゅっかい、続けるまで、頑張りましょう」

 真剣な表情で、リコがラケットを構える。情けない気持ちでいっぱいの俺だったが、しかし十回なら……あっ、また返せなかった。うん、自分でもわかる。初めてでもこれは酷い。

「い、いくぞ」

 気を取り直し、俺からまたサーブを打つ。今度はネットを越えた。越えたのだが、ネットギリギリだったため、かなり前目に落ちてしまった。元の世界の卓球であれば、完璧なドロップショットだ。変な回転までかかってるし。

「ふんっ!」

 リコはものすごい勢いで前のめりにラケットを突き出し、なんとか返球してくれる。そのさい、発展途上の谷間が俺の視界を奪い、ボールへの反応を許さなかった。

「ひとまず、いっかい……」

 返せたことが嬉しかったのか、リコが小さくガッツポーズをした。

 再び俺からラリーを始める。今度はまともに飛んでいった。リコが返したボールも、なんとか返すことができた。早くも慣れてきたらしい、と油断した瞬間、ボールがあさっての方向へ。ああ、またやらかした。せっかく三回続いたのに、と勝手に終わった気になっていると、台の外へと飛んでいったボールを、リコが猫のように俊敏な動きで打ち返してくる。

「お、おおう!?」

 まさか返ってくるとは思わず、油断した俺はまたボールをあさっての方向へ、今度はさっきと逆サイドに吹っ飛ばしてしまう。

「ふんっ!」

 リコが飛びつき、ノーバウンドで返球する。すごい運動神経だ。それに俺の右側、つまり聞き手側へと綺麗に打球は返ってくる。なんだこの子、プロなのか?

「ふんっ!」「ほっ!」「はっ!」

 その後数十分、犬にフリスビーを投げて遊んでいるかのような感覚で、俺は異世界式テーブルテニスを楽しんだ。

「ふう、こんなに手応えを感じたのは初めてだわ」

 額の汗を手の甲で拭いながら、リコプロは満足げに漏らす。

「悪いな、汗かかせちゃって。自分でもびっくりするレベルで下手くそだったわ。はははっ」

 一周回って笑えてくる。

「いいえ、ライナ様がどんどん上達して、私もなんだか楽しかったわ」

「そう? じゃあ次は二十回目指して」

「それはまた今度にしましょう!」

 そ、そうか。実はちょっと楽しかったりしたのに……。残念だ。

「汗を冷ましたいし、次は頭を使うものにしましょう。お好きなのはあるかしら?」

 って言われてもな、知らないやつばっかり……って、お?

「これって、チェスか?」

「そうよ。お好きなの?」

 好きというわけではないが、ここにあるもので唯一やったことがある。初めてのものよりはいくらかリコプロの相手になるだろう。

 チェス盤にはすでに駒が並んでおり、テーブルを挟んで俺とリコプロが向かい合う。先手はテーブルテニスでMVPを取ったリコプロに譲った。リコプロがポーンを動かす。

 定石もなにも知らない俺はてきとうなポーンを動かした。その瞬間、リコプロが真顔になる。

「ごめんなさいライナ様、私、とても失礼なことを言うわ」

 リコプロが駒を動かす。

「ぜんぜんいいよ」

 俺も駒を動かす。

「その手は、私の知らない、ライナ様のオリジナル、あるいは、ライナ様の故郷で使われていた手、かしら?」

「くっくっく、さあどうだろうな?」

 てきとうだ。俺は感覚でチェスをプレイしている。

 会話を挟みながら、チェスは進行する。駒を動かすたび、会話が一つ進む。

「本当は口に出してはいけないことだけれど、殿方とチェスをするときは、勝てそうでも負けるのが淑女のマナーというのはご存じよね?」

「くっくっく、さあどうだろうな?」

 そうなのか、全然知らなかったぜ。

「でもライナ様、それは勝敗が明白になったとき、つまり、互いに数手先を読んで、その手前で敗北へと手を変える、そういう技術があることが前提、というのは当然でしょう?」

「くっくっく、さあどうだろうな?」

 話が難しくなってきて理解できねえぜ。

「ええと、どうあがいてもチェックメイトまでの流れが確定する手、その一歩手前で淑女は手を誤り、殿方に勝ちをゆずる。それが本当のミスなのか、それとも勝ちを譲ったのか、殿方には明らかにする術がない」

「くっくっく、さあどうだろうな?」

「……ないと思うんだけれど、まあいいわ。私が言いたいのはね、男とは女のすべてを知りたがる生き物。逆に言えば、女はすべてを知られたとき、男に飽きられてしまう。だからチェスの一つでさえ、淑女たるもの実力を明らかにはしないの」

「くっくっく、さあどうだろうな?」

 やべえ、俺の駒ほとんど残ってねえ。リコプロ強すぎやで。

「でもね、ライナ様、私、逆もまたしかりだと思うの」

「くっくっく、さあどうだろうな?」

 ていうかリコプロ、わざといたぶってない?

「さて、これであなたは丸裸」

「くっくっく、さあどうだろうな?」

 おいおい、ついに俺の駒、キング以外ないなったで。

「チェックメイト」

 リコプロの駒は無傷、俺の駒は全滅。あり得ない大敗北を喫してしまった。しかし俺は可愛い女の子と遊べたので大満足である。できればもう一戦お願いしたいところ。次はポーンの一つくらいは取ってみせ……。

「ごめんなさいライナ様。もう全部、知れちゃった」

 盤上から顔をあげれば、リコは椅子から立ち上がり、冷ややかな視線で俺を見下ろしていた。

「あなた、とってもつまらない男ね」

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