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四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ  作者: さとー
ダイアモンドクラブ編
1/49

異世界ハーレムヒロインたち ①

 この世界では、星も月も動かない。


 俺がそのことを知ったのは、ついこのあいだのことだ。クッスレア王国の歴史書にこう書かれていたのである。


 今から二千年以上前のことだ。魔王は世界を闇で満たすため、空のてっぺんにいた太陽を西の海に沈めた。人々が祈ると、太陽は半日をかけて復活し、東の海から再び現れた。太陽は自分のもといた場所――空のてっぺん――をめざし昇ってゆく。しかし、魔王の魔法はあまりにも強力で、ずっと浮かんでいることはできなかった。太陽は空を昇りきるころには力尽き、ゆっくりと西の海に沈むようになってしまった。そしてまた半日かけて東の海から復活するのである。


 こうして世界に夜が生まれた。初めの頃の夜は、星も月もなく、正真正銘の暗闇だったという。魔王は闇に乗じて魔物を送り込み、たくさんの国を滅ぼしていった。夜襲どころか、夜すら経験したことのなかった人類は、慌てふためきなんの抵抗もできず殺されていったのだ。


 そんな中、クッスレア王国にいた一人の男が立ち上がる。のちに勇者と呼ばれるその男は、グリフォンの背に跨がって夜空を駆け、魔王と戦った。彼が聖剣から放つ光は、魔王を撤退に追い込み、戦功を示すかのように夜空へ小さな光を灯した。


 太陽が昇ってくると魔王は姿を消し、沈むとまた現れ、クッスレア王国の姫を攫おうとした。勇者は太陽が昇っているあいだに傷を癒やし、夜になると魔王と戦った。しかしそのあいだにも魔物は増え続け、大陸中を襲い、やがてクッスレア王国以外、すべての国が滅んでしまった。人類は滅亡の危機に瀕し、魔王は全ての魔物を引き連れて、クッスレア王国に攻め入ってくる。


 これが最後の戦いだと察した勇者は、聖剣に自らの命と名前を捧げ、強大な一撃を放った。聖剣から放たれた極大の光は、魔王を滅ぼし、夜空に特大の明かりを灯したのである。


 つまるところ、勇者が聖剣から放った光が星であり、魔王を滅ぼした特大の光というのが月であるらしい。だから月と星は動かないし、月はいつだって満月だ。


 そんな夜空を、俺はトイバー邸二階のテラスからじっと見上げる。均等に塗られた黒に向かって、白い絵の具を撒き散らしたように、星々が散っている。じっと目をこらすと、遙か遠くに薄い膜のようなものが見える。それはときおり揺らめき、今見ている夜空が、水面に映っている夜空であるかのような錯覚を俺に抱かせる。薄い膜に焦点を合わせたまま視線を下ろしていけば、やがてクッスレア王国を円形に取り囲む城壁にぶつかり、膜は消える。


 膜は、魔物がこの国に入らないよう、クッスレア王家が生み出した結界なのだそうだ。世界にたった一カ所しかない、魔物が入ってこられない安全地帯。始まりの国――クッスレア。


 そんな国、そんな世界に、俺はやってきた。右も左もわからない異世界だったが、物思いにふけりながら夜空を見上げることができるくらいには、ようやく落ち着いてきた。


「ライナ様」


 自分の名前ではないのに、当然のように振り返ってしまい、少し笑いそうになる。ライナと呼ばれることに、もうすっかり慣れてしまったらしい。


 テラスから室内に戻る。メイド服を着た高校生くらいの女の子が置物のように立っている。


「なんかあった?」


 声をかけると、女の子は整った顔をまっすぐ俺に向けたまま、淡泊な声を出した。


「いえ、ずいぶん長くテラスに出ていたので」

「今日は星が綺麗だったから、つい」

「でしたら、なにかお飲み物でも。小腹が空いているようでしたら、軽い食事も用意しますが」

「いや、もう寝るよ。ありがとな」

「おやすみなさいませ」


 彼女はぺこりと頭を下げて、物音一つ立てず、幽霊のようにふっと姿を消した。明かりを消すと視界に残像が浮かぶように、彼女の白いメイド服がぼんやりと網膜に残る。


 メイドのカンちゃん。魔女魔術の使い手で、屋敷内ならいつでもどこでも瞬間移動できる。料理や洗濯も一瞬でこなすし、侵入者がいればすぐさま気づき、捕まえるのも殺すのも思いのまま。ここトイバー邸の生活と安全を守る、スーパーメイドにして魔女。魔術というももの不思議さを体現したような女の子。


 魔術については暇を見て勉強しているが、いまだにわからないことばかりだ。この世界に来る前、パソコンってどういう仕組みで動いているんだろう、と気になって調べてみても、わからないことが増えていくだけだった。魔術について学んでいると、それと同じことを思う。


 勉強するべきことは山ほどある。この世界の常識にすらついていけていないのが現状だ。特に急がなくてはならないのは、ザイファルト家やハインツ家について。


 というのも、今日からちょうど一週間後、ダイアモンドクラブという会合が開かれる。クッスレア本国を代表する貴族が集まり、今後のクッスレアについて語り合う場らしい。今回はザイファルト家新当主との顔合わせが目的なので、そこまで真面目な話し合いはないだろうとカンちゃんは言っていた。とはいっても、その肝心のザイファルト家について、恥ずかしながら俺はなにも知らない。なにせ俺がこの世界にやってきてから二週間しか経っていないのだ。


 そんな俺が、あろうことか英雄としてダイアモンドクラブに呼ばれている。誕生パーティーすら参加したことのない俺が。元の世界では一度しか家から出たことのない俺が。親に殴られるか、漫画や小説を読むことしかしたことのない、十七年生きてきてなんの積み重ねもない、薄っぺらい人間が。何の才能も無い凡人が。英雄クニツ・ライナとしての初仕事。考えるだけで胃に穴が空きそうだ。



 翌朝、カンちゃんが用意してくれた朝食を口に運びながら、これまたカンちゃんが用意してくれたザイファルト家の資料を読みあさっていると、ステフが部屋を訪ねてきた。


 彼女は俺より二つ年上の十九歳で、クニツ・ライナが築き上げたハーレムの一員だ。いつ見ても着ている黒い修道服は、胸元が大きく膨らみ、それが足首までまっすぐ垂れ下がっているものだから、一見すると太っているように見える。しかし実際に太っているのかはわからない。やけにがっしりとした肩幅を見れば太っているようにも思えるし、しかし、顔は少しもぽっちゃりしていないものだから、判断がつかないのだ。


「その後、お加減はいかがですか?」


 ステフは金属製の杖を大きな胸で挟むように抱き、心配そうに俺の顔色をうかがってくる。


 俺は朝食のサンドイッチを勢いよく飲み込み、努めて明るく「元気元気」と言う。


 ステフはほっと胸をなで下ろしたが、それもつかの間で、すまなそうに頭を下げてくる。


「申し訳ありません。私の力不足で」

「ステフのせいじゃねえよ。それに体は元気なんだし。いつか記憶も戻るって」

「だとよいのですが」


 ステフの顔は晴れない。記憶喪失だと嘘をついているのが、途端に申し訳なくなる。


「こういった呪いは前例がなく、申し訳ありません」


 この世界には病気という概念がなく、全て『呪い』という言葉に置き換えられている。たとえば風邪なんかは『風の呪い』と呼ばれ、風に運ばれてきた誰かの悪い思念が弱った人間に呪いをかける、と考えられている。それを神聖魔術で治してくれるのがエイリス教の聖職者たちだ。要するに医者みたいなものだろう、と俺なりに理解している。


 ステフはエイリス教会に所属する大司教だ。大司教がどれくらい凄いのか俺にはよくわからないが、骨折程度ならものの数秒で治してくれたし、めちゃくちゃ凄いんだと思う。俺の記憶喪失を治すため、教会の資料庫に通い、知り合いのエイリス教徒にも片っ端からあたったらしいが、そもそも記憶喪失ではないのだから、当然治すことはできなかった。無駄な労力を割かせてしまい、本当に申し訳ない。今もこうして毎朝様子を見に来てくれるので、そのたびにやはり申し訳ない気持ちになる。


「ザイファルト家の資料ですか」


 机に散らばった紙束を見、ステフが話題を変えた。


「ああ。今度、ダイアモンドクラブが開催されるらしくて、俺、なんも知らないからさ、勉強しとかなきゃ」

「それでしたら、私がご説明いたしましょうか? 実は私が師事していた大司教がザイファルト家で専属の契約を結んでいまして。よく話を聞いていたのです」

「え? マジで? めっちゃ助かる」


 正直、資料に目を通すのは飽きてきたところだ。知らない単語もあって読みづらいし。


「それでは食後のティータイムがてら、サンルームでお話いたしましょう」

「わかった。ちょっと待っててくれ。急いで食い終わるから」

「いえ、ごゆっくりどうぞ。私も準備して参りますので」


 ステフは穏やかに微笑み、頭を下げてくる。物腰が柔らかく、丁寧で、見ているだけで心が癒やされる。そのうえ傷も呪いも癒してくれる。まさに清廉な修道女。こんな女の子に恋してもらえるなんて、ライナの野郎が羨ましくてしょうが無い。そう思っていると……。


「っしゃあ!」


 廊下のほうから、気合いの入ったステフの声が聞こえてきた。

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