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第8話 近付く終わり

 夏の終わりが近付くにつれ、エレインは物憂げな表情をすることが増えた。


 それもそのはず、彼女は形ばかりの静養を終え、王城へ帰らねばならないからだ。湖畔の街(ガーシュ)へ滞在するのは、今月いっぱいまでと最初から決まっていた。

 来月には王妹の結婚式があり、参列のための準備をする必要がある。


 王城へ戻れば、カラフとエレインは、騎士と王妃の関係に戻らなくてはならない。

 触れ合うことはもちろん、不用意に声を交わすことさえ許されない。


 だがエレインは、決して弱音を吐いたりしない。

 むしろ、『覚悟』を決めつつあるように思えた。カラフへの愛を断ち、良き王妃になるための覚悟を。


 カラフは、それが無性に寂しかった。


 涙の一粒さえも見せず、カラフが声を掛けると柔らかい笑顔を浮かべるエレイン。

 その健気な姿に胸を締め付けられると同時に、要領を得ない激情が湧き上がり、乱暴に引き寄せ、欲望のままになぶり、征服するように抱いてしまうことが多々あった。


 それでもエレインは、カラフがしてくれることはすべて嬉しい、と言わんばかりに受け止めてくれる。

 それがなおのこと、切ない。


 その日の晩も、カラフは胸の奥の激情を持て余しながら、エレインの元を訪れた。

 喜々として迎え入れてくれたエレイン、その少女のような笑顔が、ひどく眩しい。


 ――このひとと情を交わせるのは、あと幾度ほどだろうか……。

 そう思った瞬間、胸を掻き毟りたくなるような激情が噴出し、カラフを煽り立てた。


 抗い難い感情の正体を掴めぬまま、誘拐犯のようにエレインを(かか)え上げ、寝台へ押しつける。すぐさま覆いかぶさって、強引なキスを落とした。


 それはもはや、キスというより一方的な蹂躙だった。エレインの柔らかいくちびるに吸い付いては離しを繰り返したあと、口内をくまなくまさぐる。家探しする強盗のように無遠慮に、飢えた獣のように貪欲に。

 エレインは喉奥から苦鳴を漏らすものの、決して抵抗はしなかった。


「……カラフ、どうしたの?」


 口づけが終わると、エレインは胸を上下させながらも、陶然とカラフを見上げてくる。先ほどの猛獣のようなキスでさえ、嬉しくてたまらないというように。

 そのいじらしい様子に、カラフの胸はたまらなく締め付けられた。


「わたくしはあなたが欲しい、欲しくてたまらない……」


 自分でも驚くほど熱い台詞が口から飛び出した。はたと我に返ったカラフは、唖然としているエレインから目を逸らす。

 そのまま身を起こして逃げ出そうとしたとき、エレインのたおやかな手が伸びてきて、紅潮するカラフの頬をするりと撫でた。


「カラフ……なんて嬉しいことを言ってくれるの。どうか、あなたの思うままにしてください」


「……恐悦至極に存じます」


 (かしこ)まった返事をしつつ、理性で封じ込めていた獣欲を解放する。許可が出た以上、ためらう必要はない。


 再度エレインのくちびるを奪い、いつもよりも激しく、そして性急にことを推し進める。

 エレインは決して抵抗しなかった。嫌だとも言わなかった。

 すっかり挙措(きょそ)を失ったカラフを包み込むように、優しく背中を撫でてくれる。心の広い聖女のように、カラフのなにもかもを許してくれる。


「エレイン、あなたがわたくしのものでないことが口惜しい……。本当に、ほんとうに……」


 ぽろりと口からこぼれたカラフの本音。エレインは大きく目を見開き、それから微笑む。


「ありがとう。ありがとう、カラフ……」


 エレインはただ礼を述べただけで、決して『私もよ』とは言ってくれなった。

 すでに別離を覚悟しているから、言葉を抑制しているのだろう。最初の頃は、必死にカラフを求めてくれたのに。


 こみ上げてきた虚しさをかき消すため、カラフはエレインの細い身体を強く抱きしめた。

 もうすぐこの女を手放さなくてはならないのだと思うと、あまりに()瀬無(せな)かった。

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