第13話 病める明星
その晩、カラフは何度も血を吐きながら、今までのことを思い返していた。
――新王妃の名がマルゴだと? エレインの侍女だった、あのマルゴ? 副騎士団長の妹だと?
小柄で、素朴な顔立ちの若い女だった。湖畔の街でエレインと肉欲に耽った日々、そこには必ずマルゴの仲介と助力があった。
エレインが故郷から連れてきた、信頼のおける侍女だと言っていた。
なのに、なぜ……。
そういえば、副騎士団長もカラフ・エレインと同郷だった。同じ師の元で剣技を学んだ、いわば兄弟弟子。王とも同様の仲である。
これで、全員の関係性が明らかになった。
――すべて、仕組まれていたのか?
――だとすれば、いつから? 誰が仕組んだ?
先王が取り決めた、現王とエレインの婚姻。それが意に沿わなかったのはエレインだけではなかったということか?
王とマルゴはずっと昔から想い合っており、エレインを廃する方法を模索していたのか?
エレインがカラフに想いを寄せていると知った上で、王はカラフをガーシュへ派遣した?
そしてマルゴは、エレインをけしかけた。カラフへの想いを遂げる、最初で最後のチャンスだと。
二人の関係が一度限りになってしまわないよう、カラフのこともそそのかした。
マルゴは、エレインの許されぬ恋を応援する素振りをしながら、裏でしめしめと舌を出していたのか?
王都へ帰還後、マルゴが証人となり、二人の不義密通を告発する気だったのか?
エレインに懐妊の兆しがあったから、それは為されなかった?
エレインが自殺しようとすることまで織り込み済みだったというのか?
まさか、副騎士団長までもが今回の件に一枚噛んでいた?
なにもかもが信じられず、なにもかもが恐ろしかった。
姉が頻繁に様子を見に来てくれなかったら、カラフは悩乱のあまり部屋を飛び出し、どこかで首を括っていたかもしれない。
***
王とマルゴの婚約を知ってから、数日後のこと。
体調を悪化させ、臥せるカラフの元に、緊張した様子の姉がやってきた。
「カラフ、辛いと思うけれど、起きなさい」
「姉上……いかがなさいました?」
重い瞼を懸命に持ち上げようとしたが、うまくいかない。しかし――。
「畏れ多いことに、国王陛下がお見舞いに来てくださいましたよ」
姉の言葉に、あれだけ重かった眼が一瞬にして開いた。ぼんやりしていた頭も急激に冴えた。
「姉御殿、無理をさせずともよい。とりあえず、二人きりにしてくれるか?」
威厳に満ちた声を発したのは、部屋の隅に腕組みして立つ偉丈夫。
「かしこまりました、陛下。お忙しい中、我が愚弟のためにお時間を割いていただき、誠にありがとうございます」
恭しく頭を下げる姉に対し、王は寛闊な笑みを浮かべる。
「なに、気にすることはない。カラフと私は、同じ師のもとで剣を学んだ仲だ。並み居る騎士たちの中でも特別な存在なのだ」
「まぁ、なんとも畏れ多いことでございます」
姉はひどく感激した様子で部屋を出ていった。
彼女の足音が遠ざかっていくにつれて、室内に漂う空気がずしりずしりと重みを増していく。体調が万全であれば、脱兎のごとく逃げ出していたかもしれない。
だが今のカラフには、そんな気力はこれっぽっちもなかった。王の御前だからといって起き上がることもせず、寝台に身を沈めたまま息を詰めていた。
寝台の傍らに立った王は、無遠慮にカラフを覗き込みながら言う。
「ずいぶんと痩せこけてしまったな、カラフ。せっかくの美貌が台無しだ」
口元にはからかうような笑みが貼り付いており、病人を心配しているふうではなかった。まことに愉快でたまらないといった様相。
「……わたくしを八つ裂きにするために来たのですか?」
恐怖を押し殺しながら尋ねると、王は呵々と大笑する。
「どうして、そのように思うのだ? 私の大切な『明星の騎士』よ」
人を食ったような態度に、カラフはただ昏い目をして黙り込むことしかできなかった。
王は顎髭を撫でながら、相変わらずの笑顔でカラフに問いかける。
「しかし――昨年の夏は、なかなかに『羽を伸ばせた』ようだな?」
やはり『その話』をしにきたのか、とカラフは息を呑んだ。覚悟を決めて、問い返す。
「……マルゴから聞いたのですか?」
「どうかな」
「国王陛下……あなたは、どこまで知っておられるのです……。どこまであなたの企ての通りだったのです……」
「さてな」
震える声で尋ねても、王はのらりくらりとかわすだけ。
主君の真意がまったく掴めぬカラフは、苛立ちさえ覚え始めていた。不義を断罪するならばさっさとそうすればいいものを、言葉でなぶるつもりか、と。
ふと、王の口元から笑みが消えた。鋭く瞳を光らせ、低く落ち着いた声で言う。
「カラフよ。私はこれだけ伝えに来た。エレインの消息だ」
「な……!」
思わず身体を起こしかけたカラフだが、すぐさま王に押し留められた。動くことも、反論も許さぬというように。




